
想像を絶するド偏食
さらにおいしくなりました
たまにインスタント食品が独自においしさを極めてくる。
おいしくせんでくれ。
インスタント食品には「味が変わらないコト」を求めてる。
どん兵衛がリニューアルした際にはお客様相談室に、麺もおあげも前のペラペラのヤツに戻してくれないかと懇願した。
最後に年齢を聞いて59歳と判明した日清お客様相談室の男性は「はい…それではそのようなご要望があったことは伝えさせていただきたいと思います、はい」と言った。あれから8年も経っているが、どん兵衛はペラペラに戻っていない。
日清の麺にコシを出そうとする姿勢が、コシ皆無うどん文化の宮崎で育ってきた私にとってはとても深刻で、危機感さえ芽生えてきている。
赤いきつねもだしの旨味をアップさせたりなんかして味を変えてしまっている…関西では売ってる店が少ないカップスターも味わいをアップさせた。どうしたものか…死活問題である。
安心して食べられる私の食事は「味の変わらないインスタントラーメン」しかないのに、その種類がまた減りそうだ。
ロングセラー商品には使命があるのだ。
何も変えてはいけないという使命が。
いかに時代が変わろうとも、世代による味覚の違いがあろうとも、お客様のクチにロングセラー商品が合わせる必要はない。当社比による「おいしくなりました」の改革も必要ない。
お客様がロングセラー商品にクチを合わせるのだ、昔から何も変わらないどん兵衛をクチにすることで得る「あぁ、何も変わっていない…懐かしい」これが、ロングセラー商品の使命なのだ。
「あの味」をいつまでも変えないことが、いかに難しいことかはよくわかる。原材料にも変化はあろう。しかし企業努力を「変えない」ことに注いではくれまいか。
飽食のこの時代に変化なくして新たな客層の取り込みをはかれば、一抹の不安もあろうかと思う。しかしロングセラー商品なのだから、何もしなくてもいい、何も変えないで。
「変わらない」ことの恩恵を、私は受けている。
ド偏食の民は食べられる物がこの世に、少ない。
ほとんどの食べ物が、味を変えてしまうから。
『先日伺いました布亀の者がお伝えしているとは思うのですが、こちらの担当になりましたのでご挨拶に参りたいと思います。今日のご予定などはいかがでしょうか?』
1か月ほど前に置き薬の布亀が数年ぶりにやって来て賞味期限切れまくりの薬を一新して行ったのだが、その時のオッチャンが「今後は若い担当者が来ますんで~」と言っていたその若い担当者からのアポ取り電話である。
「ハイハイあの時のオッチャンにき~てるで、若い兄ちゃんが来る、て。ウチ最初の1回だけ絶対に見えない忍者屋敷やねんね、やから近くまで来たらもっかい電話くれる?そしたら道路まで出るわ」
一通りの置き薬チェックが終わると、営業のお時間。
担当者が変わったから、私の情報は何も共有されていないと思う。
難病人であることも、ド偏食であることも。
「試飲させるよね?一応、説明聞くわね」
「こちらの商品がこれからの季節…」
「酸っぱいヤツ?」
「あ、はい」
「あ~飲めない飲めない」
「こちらのサンプルもあるんですが…エナジードリン」
「炭酸やね?」
「はい」
「炭酸飲めへんねんゴメンな」
「お嫌いですか?」
「たぶん吐くね」
「え?!炭酸、吐くんですか?!」
「ん~炭酸つ~か…甘いモノを吐く」
「甘いと吐くんですか?」
「うん…この世の食べ物の殆どを、吐く。甘いからね」
「えーーーーー」
「たぶん想像を絶するド偏食やと思うで?」
「そうなんですか?」
「うん。主食がちょっとしか食べれない、ごはん甘いからね」
「え?!ごはん?!それじゃ大変じゃないですか?」
「大変やで」
「じゃぁ、主食どうするんですか?」
「麺やね」
「あぁパスタとか?」
「食べれないパスタと食べれるパスタとあって、食べれないことが多いね」
「じゃぁ他の主食て…何あります?」
「うどん、パン」
「あ~~~」
こんなに米飯以外の主食て、知られてないの?
そうか…小麦て関西ではおかずやったな。