
遅刻は嘘つきのはじまり
この世には、必要な嘘もあるのかもしれない。
それが、本当に大切な人を傷つけるとしても、
嘘を貫き通せば、嘘じゃなくなると信じて。
私は昔から嘘がつけなかった。
嘘をつかずに、正直でいることが、信念であり、数少ない取り柄だった。
というより、嘘をつけないくらい要領が良くないだけなのだが。
こういう根本の性格って、恐らく育ってきた家庭環境だったり、外部環境に大きく影響される。
実際、私がこれなのは、父に所以するに違いない。
父とドライブをした時に、珍しく恋愛の話をしたことがあった。普段、恋愛事情を話すことは滅多になかったし、最初で最後だったかもしれない。
「最近どうなんだ、いい人はいるか?」的な、
いかにも親父らしいセリフに対して、私は
「ついこの前別れた」と答えた。
そして、泣いた。
人生初めての彼氏と別れた数日後のことで、まだ気持ちの整理がついていなかった。
父からしてみたら、勇気を振り絞って、娘に恋愛話を振ったにも関わらず、まさかの地雷。なんとも父が可哀想だ。困りながらも笑っていたのを覚えている。
それと、その車内で、「嘘をつかない人を選びな」と言われたことを、今でも時々思い出す。
父は、そういう人としての誠実さを大切にしている人だ。
ちなみに、当時の彼に酷いことをされたり、嘘をつかれて別れたわけではない。とてもいい人だった。
それから何年も経たないうちに、たくさんの「嘘をつく人」に出会ってきた。この世には、息を吐くように嘘をつける人間がこんなにもいるものか、と知った。そして、麻痺した。
その頃から私は、よく遅刻するようになった。
初めこそ、申し訳ない気持ちしかなかったものの、人間ってのは慣れる生き物で、徐々に平気で遅刻できるようになった。
ただ、まともな人間のフリはしていたかったから、言い訳のレパートリーだけが増えていった。
明らかに間に合わない時間に起きた時、反射的に何かのせいにできるようになった。
“ごめん!お腹痛くて遅れそう!”
もちろんお腹は痛くない。
いま、私は変わってしまった。
人間ってのは慣れる生き物だから、事実とは異なる言葉をのうのうと吐けるようになる。
「知らない方がよかったな」に出会うたびに、「言わない方がいいかも」が増えていく。
この世には、必要な嘘もあるのかもしれない。
大切な人を守るための優しさ。
嘘を貫き通せば、嘘じゃなくなるのだから。
でも、ついこの前、気づいた。その嘘を貫き通すことは私には向いていないのだと。
一つ嘘をついたら、その嘘を守り続けるために、更なる嘘を積み重ねなくてはならなくなる。
それを、一生背負うのはなんとも重たい。
根本の性格は、変わっていない。
だから、本当は苦しい。
難しいことは考えずに、「本当」だけで生きていたい。
まともな人間のフリをしていたい私は、自分の穢れを嘘で隠し続けるしかないのだろうか。