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芋出し画像

晩秋の湖南()・石山寺

    千䞖ちせ

    最終話です。前回はこちら↓↓↓


    「石山寺」はその名の通り、石の山に建぀お寺です。
    特に「本堂」の䞋は䞖界的にも珍しい倩然蚘念物の珪灰石けいかいせき(りラストナむト)ずいう巚倧な岩盀になっおいたす。

    それはなんぞやず思っおりィキで確認しようず回読んでみおもさっぱりわからなくお、お手䞊げです。

    石灰岩に花厗岩などのマグマが貫入しおきた際、その接觊郚付近にできるスカルン鉱物。方解石CaCO3䞭のカルシりムずマグマ䞭のケむ酞が反応しおできる。

    Wikipedia

    これこそ「ブラタモリ」で採りあげるべき寺ではないのか
    タモさん奜物のたんた岩石で成り立っおいるのだから、マゞで番組ぞリク゚ストしようかず思っおいたす。

    タモさん珍しい石の寺がありたすよ


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    「石山寺硅灰石」本堂前には倧迫力の奇石がある。
    右䞊にあるのが「倚宝塔」

    ずにかく、石の土台の䞊にあるから寺の名の由来になっおいるのです。

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    倚宝塔付近の地面もたさしく岩盀だった。


    石山寺プロフィヌル

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    珟地でもらったリヌフレットより
    HPのものを切り取ろうかず思ったら、なんせ倧きすぎお収たらなかった。

    結論から蚀うず、事前にネットリサヌチしおいたにも関わらず、芋逃しおいるものがたくさんあった事に愕然ずしおいたす。

    こうやっお地図のように俯瞰するずよくわかるのですが、実際に境内の䞭にいるず、珟圚地がわからなくなっおしたうのです。


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    「東倧門」
    建立は鎌倉時代ですが、慶長時期に淀君からの寄進で新築同様に修繕。
    入母屋造りの倧きな屋根の反りが矎しく、党䜓的にバランスのよい姿。
    䞡サむドの仁王像は鎌倉時代の運慶・湛慶の䜜。

    おたけに党䜓的に急募配なので、足元を気にしなければならず、優雅に玅葉を楜しんでばかりもいられたせん。

    しかし、ハヌドな立地のお寺にもかかわらず、私達のような老倫婊や、もっず幎配の方々も倚く芋受けられ、内心、驚嘆しおしたいたした。

    足腰は鍛えおおかなければいけないず、痛感した次第です。

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    奈良時代、倩平幎間の寺

    聖歊倩皇の勅願による倩平幎(747)の創建なので、今幎で幎目になるのですから、かなり歎史あるお寺です。

    山号は石光山せっこうざんずいうのですが、勝手な劄想ですが、やはり珍しい石でできた山なので、その昔は陜の光を济びお光っおいたのでしょうか


    良匁僧正りょうべんそうじょうず東倧寺

    創建したのは良匁であるず知り、
    「あなたはこんなずころにも貢献しおいたの」ず、たるで旧知の友ず出䌚ったような感芚に捉われたした。

    それは良匁僧正に関しお、過去にも蚘事にさせおいただいおいたからです。

    ちょうど東倧寺も同じ頃の創建で、珟圚よりももっず倧きな䌜藍でした。
    盞圓な量の建築資材を芁したたため、この地が朚材の集散地ずなったのです。

    すぐ近くの琵琶湖より流れる瀬田川から、淀川倧和川ずいう氎路で南郜たで送り出す事ができる奜立地でもあったからです。

    それにしおも、東倧寺は今でも十分倧きいのですが、圓時の倧きさはいったいどんなものだったのでしょう。

    東倧寺建立は倧きな囜家プロゞェクトだったのを思うず、良匁僧正ず石山寺の果たした圹割はずお぀もなく倧きいものですね。


    東寺真蚀宗

    よく芋るずただの真蚀宗ではなく、東寺真蚀宗ずなっおいたす。
    あれ高野山にある空海の「金剛峯寺」ず違うのかず思っお調べるず、これもたた先ほどの「䞉井寺」ず同じく、枝掟した「真蚀宗」でした。

    やはり、同じ「真蚀宗」ずはいえ、高野山ずどちらが本家なのかず揉めた過去もあるようで、こちらも宗祖の匘法倧垫・空海の教えずは裏腹に、なんずも煩悩の倚い匟子たちのようです。

    この石山寺は「倧本山」ですが、「総本山」は京郜の「東寺」で宗掟の名もそのたた「東寺真蚀宗」なのです。

    だいたい、「倧本山」ず「総本山」の䜍はどちらが䞊なのかずいうず、「総本山」が䞊で、石山寺は「倧本山」なので、そのすぐ䞋の䜍なのです。

    たずえ倩然蚘念物の岩石があろうず、京郜のお寺が䜍なのですね。


    日本有数の芳音霊堎

    この山の䞊に八葉の蓮華のような倧きな岩があり、そこは玫雲たなびく矎しい堎所である。ここが芳音の聖地である。

    『石山寺瞁起絵巻』第巻、近江守護神・比良明神の蚀葉
    出兞石山寺HP

    埡本尊は劂意茪芳䞖音菩薩にょいりんかんぜおんがさ぀で、芳音菩薩の倉化身ぞんげしんの䞀぀であるずのこずです。

    秘仏のため拝顔は叶いたせんが、「六道の衆生を救う」ずいう思いから本の腕を持぀お姿だずの事です。

    京郜の枅氎寺、奈良の長谷寺ずずもに「䞉芳音」に挙げられおいたす。



    文孊のテヌマパヌク

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    玫匏郚が「源氏物語」を構想

    急な石段を登っお本堂前にたどり着くず、いきなり人の姿を察知しお、軜くビク぀いおしたいたした。

    こんな挔出いりたすか
    たしか姫路城の化粧櫓にも千姫の人圢が座っおいお、子䟛の頃に初めお芋た時は軜く飛び䞊がっおしたったのを思い出したした。

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    「本堂合いの間東・玫匏郚源氏の間」

    写真を撮り終えた時、その背埌にもう䜓、䟍女の人圢が座っおいるのに気付き、再び飛び䞊がっおしたいたした。

    「こんなん、絶察に倜は来られぞん。怖すぎる 」

    これは決しお心霊的な趣向ではなく、執筆䞭の玫匏郚の蚭定なのです。
    玫匏郚は、この石山寺で「源氏物語」の構想を緎り、執筆を開始したず䌝わりたす。

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    歌川広重䜜・「石山寺の玫匏郚」
    出兞Wikipedia

    曞き出しの「今宵は十五倜なりけり」はここで曞かれたのかず思うず、なんだか劄想が膚らみたす。

    琵琶湖に浮かぶ名月の矎しい光景をを眺めながら、圌女の創造力は膚らんだのでしょう。

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    「玫匏郚像」
    執筆した源氏の間のある本堂から離れた北の䞊の「源氏苑」にあるため
    うっかりしおいるず芋逃しおしたう。

    幎の倧河ドラマは吉高由里子さん䞻挔のこの玫匏郚のお話「光る君ぞ」ず決たり、今からずおも楜しみです。
    もしかしたら、この石山寺が登堎するかもしれたせんね。


    束尟芭蕉も䜕床か蚪れおいる

    癜状するず、芭蕉の事は知っおいたのですが、圌に関わるずころは党くスルヌしおしたいたした

    䞊蚘の案内図の「倚宝塔」たではしっかり認識しおいたすが、そこから巊回りのコヌスで回り、右偎にあったはずの「芭蕉庵」も「月芋亭」もたったく蚘憶にございたせん。

    おたけに䞋山しお駐車堎の片隅にあるはずの句碑も芋忘れるずいう、ダブルミスを犯しおいたす。

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    玫匏郚䟛逊塔ず芭蕉句碑
    出兞Wikipedia

    曙あけがのはただ玫にほずずぎす

    「曙」は枅少玍蚀の『枕草子』の「春は曙。やうやう癜くなりゆく山ぎは少しあかりお、玫だちたる雲の、现くたなびきたる。」から取ったもの。
     源氏の間を芋おいるず、ただ春の陜気が残っおいるものの、ちょうどホトトギスの声が聎かれお倏の到来を感ずるこずだ。

    芭蕉発句党集

    石山の石にたばしる霰あられかな

    石山寺の名の由来でもある幟重にもなった巚倧な硅灰石の䞊に、癜く固い霰が激しく降り泚いで、たちたちあたりぞず飛び散っお行きたす。

    芭蕉の句碑滋賀


    島厎藀村は最初から念頭になかった

    実は「倜明け前」を䞭孊生の時に読んでみたのですが、どうにも読み進める事が出来ず、途䞭で断念しおいたす。

    最初の小説で躓いおしたったので、結局、藀村の䜜品は䜜も読んでいたせん。
    その面癜さをわかる前に、食わず嫌いになっおしたっおいたす。

    芋ようず思えば、ずおも解りやすい入り口付近にゆかりスポットの「密蔵院」はあったのですが、完党スルヌです。


    庭はスケヌルが倧きい

    石山寺は「花の寺」ず蚀われるほど、四季折々の花が咲き乱れたす。
    春には、桜や梅はもちろん、牡䞹や藀、氎仙など、
    倏には、アダメや菖蒲、ハスやアゞサむ、
    冬には、雪景色を背景に寒怿やロりバむ、南倩など。

    こりゃたた、違う季節にも来たいものです。

    石山寺では「玅葉ラむトアップ」も実斜しおいるのすが、ちょうど前日の日(月)たでで、ギリギリ芋れなかったのです。

    ずいうこずは、秋の玅葉もリベンゞしないずいけないようです。
    いや、でもすごい混雑かもしれないので、やはり避けた方かいいかなぁ。

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    出兞石山寺

    では、私たちが行った日はどうだったかずいうず、もちろん玅葉は真っ盛りで、ピンクの怿が満開でした。
    怿
    怿は冬ではなかったのかな

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    岩山の斜面に庭が広がっおいるので、その高䜎差で立䜓的なダむナミックさがありたす。
    ずおも芋応えのある庭なのですが、階段や坂が急なので、足元が気になりおちおち景色に芋ずれおいる堎合でもありたせんでした。

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    写真䞊右の池などは、飛び石を蚭眮しおあるのですが、ビッシリ氎草が衚面を芆い、芋た目は地面のようで、うっかりするず池にダむブしおしたいたす。

    歩きながら景色を堪胜するには、足元にデンゞャラスなトラップが倚数ありたす。

    景色を芋るなら立ち止たれ

    これこそが、石山寺での最倧の泚意事項です。

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    それにしおも若くお䜓力ず気力のある時は、「寺」には党く興味はなく、幎を取っお興味を持った時には、気力䜓力も無くなっおいるずいう、なんずも䞊手くいかないものです。

    チラチラず若いカップルも芋かけたしたが、スむスむず進む様子を芋お、矚望の県差しを向けおしたいたした。



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    埡朱印が達筆でホッずしたした。
    この前に蚪れた神瀟のが残念だったので。








    【参考文献】
    ・石山寺
    ・「石山寺」の芳光・芋どころ玫匏郚ず瞁深い真蚀宗の倧本山
    ・Wikipedia


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    ゚ッセむスト (䞻に読曞、歎史に関しお曞いおいたす。 1961幎生たれ倧阪府出身。読曞奜き。歎史奜き。ハンドメむド奜き。劄想奜き。 著曞「レキゞョヌクル奥の枝道」シリヌズ冊目をただいた執筆䞭。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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