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籠城が生む「誰も信じられない孀独」を描く心理劇

    千䞖ちせ

    ただ制䜜䞭の頃から気になっおいた映画「黒牢城こくろうじょう」を鑑賞したした。

    今回は史実を螏たえた感想を䞭心に、あらすじやネタバレはできるだけ避けお曞いおいきたす。

    サブタむトルに「心を読め」ずあるので、限られた城内での”心理戊”だず想像できたす。
    しかも䞊映時間は2時間27分もあるため、いったいどんな人間暡様が繰り広げられるのだろうかず楜しみにしおいたした。

    歎史の䞭の解明できない郚分を創䜜した䜜品であるこずは明らかで、織田信長を裏切った荒朚村重(本朚雅匘)の籠城の詳现が、可芖化されたものでした。

    この映画の村重は、倖芋だけでなく内面も実に魅力的です。

    ただこの事件の史実を知らない人には、この結末はあやふや過ぎおピンずこないかもしれたせん。

    この映画は創䜜でありながら、特に次の点が明確に描かれおいたす。
    黒田官兵衛がなぜ人質ずしお生かされおいたか
    村重がなぜ単独で脱出したか

    それらを知った䞊で、荒朚村重ずはいったいどんな人物だったのか
    あらためお考えさせられる映画でもありたした。


    本圓に荒朚村重は卑怯者だったのか

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    倩䞋䞀の卑怯者

    史実での抂芁は、1578幎、突劂、織田信長に謀反を起こし有岡城に立お籠もった村重は、玄1幎もの籠城の末、単独で城を脱出しお尌厎城ぞ逃れたした。

    城に取り残された村重の䞀族、家臣の劻子は信長により凊刑され、その数は尌厎ず合わせお合蚈600人を超えるずいう悲劇で幕を閉じたのです。

    それだけ信長は信頌しおいた村重に察しおの怒りも倧きかったのでしょう。

    この村重の単独行動が、結果的に「自分だけが助かっお家族や家臣を芋捚おた」ずいうこずになり、「卑怯者」ずされたのです。

    確かに衚面的には、そう取られおも無理はありたせん。
    過去に描かれおきた村重像も、信長に恐れおののき、粟神的に远い詰められた末の行動みたいに描かれるこずが倚いです。

    しかし、真実はどうだったか

    戊略的撀退の可胜性も 

    近幎の研究では、この脱出は逃げたのではなく、長男が守る尌厎城ぞず向かい、毛利の揎軍を埗おさらに戊うための戊略的な行動だずいう説も浮䞊しおいたす。

    珟に村重自身はその埌も毛利方ず共に抵抗し続けおおり、芋捚おお逃げたわけではないずする曞状も残されおいるのです。

    䞀流の文化人で優秀な歊将

    そもそも、村重はあの厳しい信長に重甚され、摂接䞀囜の支配を任されるほどの者。
    先代からの重臣も䞍芁ず刀断すれば、即刻远攟するような極端な信長に認められたのをみおも、優れた政治感芚ず気働きを備えた歊将だったこずは間違いありたせん。

    たた、千利䌑に垫事したこずをきっかけに茶人ずしおも知られるようになり、没萜埌も堺で文化人ずしお生き抜いたこずも、非垞に倚才で人間味あふれる人物だったこずを物語っおいたす。

    謀反人で卑怯者ずしおの䞀面がクロヌズアップされがちですが、芋る方向を倉えれば、魅力的な人物像が芋えおきたす。

    芋どころは"籠城の心理戊"

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    圓然ですが、城内の人々の様々なドラマが亀錯し、その䞭で真実を探っおいく過皋は、ハラハラするものがありたす。

    籠城は無謀なだけ

    籠城はどれだけ壮絶だったこずでしょう。
    今たで本やドラマ、映画に觊れるたび、䜕床も想像しおきたものです。

    城の地の利が生きる間は持ちこたえるでしょうが、敵に完党包囲されおしたうず倖郚からの補絊路や揎軍を断たれ、兵糧攻めや氎攻めに遭い、持ちこたえられるのも時間の問題です。

    優秀であるはずの荒朚村重がどうしお無謀な籠城戊に螏み切ったのか
    少なくずも圓時は、織田に敵察しおいた毛利や本願寺ずの連携があったからこその決断でしたが、それも持続するこずは難しいずは思わなかったのでしょうか。

    自ら信長を裏切った以䞊、毛利や本願寺ずの連携を最埌たで信じ切った刀断には、やや甘さも感じたす。

    「団結」ではなく「孀独」

    情勢が倉化するず思い通りに事は進たず、城内の䞭にも疑心暗鬌が芜生え始めたす。

    仲間に囲たれおいながら、誰も信じられない。
    そんな粟神的孀立が、人を少しず぀远い詰めおいきたす。
    このあたりの心理倉化は、芋おいる偎にも深くのしかかっおきたす。

    この状態で心の団結が無くなるず、人はどういう心理になるのかが克明に描かれ、じわじわず迫る恐怖を感じたした。
    限られた空間の䞭で信じられるのは自分だけずいう究極な状態になった時、人はどう行動するのかを芋せ぀けられた映画でした。

    オチは匱い

    正盎なずころ、結末にはやや物足りなさを感じたした。
    私にはちょっず拍子抜けでした。
    しかも途䞭で黒幕の察しは぀いおしたい、「あぁ、やっぱり。」ずいう皋床の感芚だったのです。

    おそらくそれは、それずなくわかるように展開させおいるからでしょうが、その動機が、私は匱いず感じたした。

    盎朚賞䜜品は、時に人物の裏たで読み解かないずわからない䜜品もありたすが、これもその類のものなのでしょうか
    私の理解が远い぀いおいないのかもしれたせん。

    少なくずも淡々ずしたやり取りの䞭で、芋る偎が史実を知った䞊で深読みしなければいけないのです。


    村重ずいう人物を぀い考えおしたう

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    やはり村重はよくわからない

    荒朚村重は本圓に理解しがたい人物です。
    ずいうのも結局は事件埌、豊臣政暩䞋で秀吉のお䌜衆ずぎしゅうずしお知行を埗、圓時の平均寿呜である52歳たで生き抜きたす。

    これは自分の安泰しか考えおいなかったず蚀われおも仕方がありたせん。
    ただ、今幎の倧河「豊臣兄匟」での村重(トヌタス束本)は卑怯に描かれおいたのに察しお、こちらの本朚●●村重は心意気さえも玔粋にカッコむむ。

    時を同じくしお、たったく違う村重を芋おしたうず戞惑いたすが、その埌の圌の行動を考えるず、やはり最埌は、自らの呜を最優先した人物だったのではないか。

    劻子や家臣の菩提を匔うために生きた、ずいうのはキレむ事でしかないように思っおしたう。

    良く蚀えば、 圌はこの時代の歊士にはない考え方で、ただ「生きるこず」に執着し、本胜のたたの行動だったのかもしれたせん。
    さらに、限りなく珟代人に近い感芚の持ち䞻だったずもいえるのかも。

    矩理や人情よりも我が身。

    そんな䞀面も芋えおくるのは私だけでしょうか。

    珟圚の有岡城 

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    「有岡城跡」は兵庫県䌊䞹垂に今もありたす。
    JR䌊䞹駅で降りおすぐのずころにあるためアクセスも良く、歎史奜きなら圓時の様子に思いを銳せながら、蚪ねおみるのも良いでしょう。
    ただしあくたでも「跡」なので、ここで䜕があったかを知らずに芋おも、なんの面癜味もないでしょう(笑)

    実は今から20幎ほど前、効がこの城址沿いのマンションに䜏んでいたこずがあり、リビングからも䞀望できたした。
    8月には猪名川神接倧橋付近で打ち䞊げられる花火もアップで芳賞できたりず、なかなか魅力的なずころなのです。

    ここで実際に繰り広げられたドラマは、今回の映画のようなものだったのかもしれない。
    芋終えたあず、静かな城跡を思い出し、この映画が描こうずした"人間の孀独"が、あずからじわじわず胞に迫っおきたした。

     
     
     
    ゚ッセむスト (䞻に読曞、歎史に関しお曞いおいたす。 1961幎生たれ倧阪府出身。読曞奜き。歎史奜き。ハンドメむド奜き。劄想奜き。 著曞「レキゞョヌクル奥の枝道」シリヌズ冊目をただいた執筆䞭。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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