
寒い夜の天ぷら日和
仕事帰りの夜風が、
今日はいっそう冷たかった。
街路樹の枝をすり抜けて、
細い笛のような音を立てている。
手袋の中の指先がじんじんして、
息を吐けば白い ───
この季節の空気は
どうしてこうもまっすぐに
胸に刺さるんだろう。
そんな途中、
駅の階段を降りた瞬間にふと頭の中に浮かぶ。
「 なんか、天ぷらが食べたい 」
突然の衝動だった ───
誰かが隣でサクッと音を立てたわけでも、
天つゆの香りを嗅いだわけでもない。
ただ冬の冷たさの中で
油の温かい匂いと湯気を想像したら、
もう止まらなかった。
そのままスーパーに寄って、
野菜売り場をひと回り。
舞茸にしようか。
さつまいもにしようか。
悩む時間すら、凄く楽しい。
小さな袋をカゴに落とすたびに、
体の中にじんわりと「帰る」気持ちが灯っていく。
海老も三尾だけ。
「自分で揚げるにはちょっと贅沢かも」と
思いながらも、
今日はその「ちょっと」が欲しかった。
家の玄関を開けると、猫がすぐに駆け寄ってきた。
まるで「遅かったじゃない」と言いたげに、
尻尾をピンと立てて足元をくるくる回った。
寒い外から帰ってきた体に
ふわふわの毛並みが触れるだけで、
少しほっとする。
キッチンに立ち、鍋に油を注いで火をつけた。
「ジュワ」っと小さな音がして、
すぐに部屋が温かくなる。
粉を溶きながら窓の外をちらりと見ると、
ガラス越しに見える夜空には、
薄い雲の向こうに まあるい お月さま。
白く光るその形が
まるでミカヅキの瞳みたいで、
思わず笑ってしまう。
温度が上がり、
試しに一滴落とした衣が油の上で踊った。
いよいよ、出番 ───
最初に舞茸を入れると、香りが一気に広がった。
「パチパチ」と音を立てて、油が跳ねる。
さつまいもにししとう、そして最後に海老。
衣の中からふくれる湯気に、
寒さで縮こまっていた体がゆるむ。
油の音がまるで暖炉の火みたいに、
温かさが部屋を満たしていく。
「ねぇミカ、いい匂いがするでしょ?」
足元に座って見上げているミカヅキは、
しっぽをゆっくり揺らしている。
油の弾ける音と、
時計の秒針の音だけが静かに響く時間。
外の風の音が嘘みたいに遠く感じた。
皿に盛りつけて、天つゆを少し薄める。
おろし大根を添えて、いざテーブルへ。
ひと口目で、
思わず「おいしい」と声が漏れた。
衣がサクッと音を立てて、
中の舞茸はふわりと香る。
ししとうの苦味にさつまいもの甘み。
そして海老の弾力と日本酒が、
外の寒さをすっかりと忘れてしまうほどに ──
ミカヅキがテーブルの端に
前足をかけて、じっと見ている。
「これはあげられないの、ごめんね」と言って、
代わりに少しだけカツオ節をあげた。
カリッと音を立てて食べたあと、
ミカヅキは満足そうに私の膝の上で丸まった。
湯気の残る台所と、膝の上のぬくもり。
外はきっと、まだ風が強い ───
でもここは
小さな灯りと油の匂いで満たされた、
私だけの「冬の避難所」だ。
食後に熱いほうじ茶を淹れて、
夜空の月をもう一度見る。
白い光はさっきより少し傾いて、
雲の切れ間から覗いていた。
ああ、
こういう夜が冬の中でいちばん好きだ ───
また、次の投稿でお会いしましょう。🍤✨