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九九に囲まれて眠る

    実家に僕の部屋はない。

    妹に取られた。
    だから、実家に帰っても、帰る部屋がない。

    寝る場所は、母が始めた塾の和室だ。
    母は退職してから、リビングの隣の和室を改装して、
    こじんまりとした塾を始めた。
    僕が帰省すると、その部屋が僕の寝室になる。
    学習机を端に寄せて、布団を敷く。

    机の上には、何もない。

    壁には九九と漢字と、
    学習のための掲示がびっしりと貼られている。

    僕は、小学校の教員だ。

    でもここに僕の戦いはない。

    それなのに、何もしないでいると落ち着かない。

    なんかしなきゃ、と思う。
    本を手に取る。ページを開く。目が文字を追う。
    でも、入ってこない。
    読んでいる、という動作だけがある。

    壁の九九が、視界の端に入る。

    落ち着く場所のはずだった。

    子どもの頃、実家には友達がいっぱい来ていた。
    誰かがいて、声があって、ただそこにいた。
    戦うとか、戦わないとか、そういう感覚はなかった。

    今は、塾の生徒が来る。
    子どもたちの声はある。
    でも、それは僕の知っている生活の声じゃない。

    実家に何日か帰ると、ここに生活はない、と感じる。
    戦う場所じゃない、という感じがする。

    母が、夕飯を作っている音がする。

    包丁の音、換気扇の音。
    台所の音は、子どもの頃から何も変わっていない。

    本を置く。
    布団に横になる。

    休もう。戦いに備えて。

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    割り切れないものを書いています。 エッセイと、私小説のようなもの。

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