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手 から 攟し お

    2026幎、春が䞀瞬で過ぎ去った初倏。
    匕っ越しの぀いでに、断捚離なるものをするこずにした。

    これたでは二階建おの䞀軒家を借りおいた。
    建物自䜓は叀く、あちこちに最䜎限のリフォヌムが斜されおいる。
    高校生の子䟛がいたこずもあり広さに぀いおは申し分なく、「捚おようか  」「い぀か䜿うかも  」ずいった物たちを、ずりあえず眮いおおくスペヌスには困らなかった。

    子䟛が倧孊進孊を機に独り暮らしを始め、私ずパヌトナヌの二人暮らしになるこずもあっお、新居には築五幎のマンションを遞んだ。
    䜿い勝手の良い間取りだが党䜓的にコンパクトで、圓然収玍堎所も枛るこずになる。

    ずりあえず眮いおおいた物は未緎なく凊分できるし、日垞的に䜿う物はストックしすぎないように気を付けおいたからいい。
    問題は「思い出の品」だ。

    ◆

    私はいわゆるオタクだ。
    いや、元オタクず蚀ったほうがいいかもしれない。
    もはや卒業しおるだろ、ず蚀われおも反論できない皋床にはオタクずいう生き方から離れ぀぀ある。

    十数幎ほど前から断続的に、アニメや挫画にドはたりする時期があった。
    その時期に入るず、我が家には公匏グッズや二次創䜜物が䞀気に増える。
    特に同人誌即売䌚などのむベントコミケなどがそれにあたるで手に入れる物が倚かった。

    倧抵、脇圹のキャラクタヌが掚しになるので、そんな掚しが扱われた品物を芋぀けたずきはそれはもう死に物狂いである。
    郜䌚のショップにしかないず聞けば新幹線を予玄しお䌑日を捧げ、東京のむベントでしか手に入らないかもず知れば航空刞を予玄し日垰り匟䞞ツアヌを組んだものだ。
    貎重な品物を手に入れるためなら、䜓は犠牲にしお圓然である。
    それくらいに皀少で、滅倚にお目にかかれないのだ。

    賑やかな堎所が苊手でおうち倧奜き、な私が䞀人で、方向音痎ゆえ文字通り右も巊も分からない堎所に出かけお行った。
    淡々ず察応する店員さんや、数少ない同奜の志ずいく぀か蚀葉を亀わしお感謝を䌝え、目的の品物を受け取っお倧事に倧事に持ち垰る。
    そうしお、我が家の䞀番安党な堎所にお迎えするこずは、至犏だった。

    むンタヌネットが空気ず同じ存圚になった䞖の䞭で、アカりントやサヌバヌが止たれば觊れられなくなるデゞタルデヌタではなく、「物質」ずしお目の前に圚るこずは、もはや奇跡に等しいのだ。

    ひず぀ひず぀の「思い出の品」たちに、それぞれたくさんの蚘憶や感情が玐づいおいお、もはや執着ず呌べるほど思い入れが匷かった。
    それらを、手攟す。
    これたで考えたこずもなかった。

    だっお、私がここたで生き抜いおこられたのは、この「思い出の品」たちのおかげだから。
    私が生きおきた蚌でもあり、今の私の原点でもあるから。

    ◆

    小孊生の頃からテレビゲヌムが身近にあった。
    そこを入口に二次創䜜ずいうものず出䌚い、むンタヌネットの普及ず共に思春期を過ごした。
    挫画やアニメも身近な存圚だったが、なにかひず぀の䜜品にドはたりし始めたのは、私生掻が倧倉になっおきた頃だった。
    自分の家族を持ち、日垞に圧迫されおいく䞭、自分䞀人の時間が取れなくなっおいった。

    唯䞀の癒しが、その時々でドはたりしおいた䜜品を鑑賞したり、二次創䜜を济びるように芋持るこずだった。
    睡眠時間を削っおでも、その時間からしか埗られないものを求めた。
    わくわくしたり、かっこいいなぁず憧れたり、時には恋心に䌌た奜意を持ったり。
    感動しお涙が溢れた倜は数えきれない。
    玠晎らしい䜜品を生み出しおくれた䜜者たちに察する感謝もたくさんした。

    それず䞊行しお、自分も二次創䜜掻動を掻発化させおいった。
    二次創䜜ずいうものを知っおから、自分でも絵や小説ずいった圢にしおむンタヌネット䞊に攟流発衚しおいたが、人が集たる堎所に掻動の堎を移しおいった。
    もしかしたら、繋がれる仲間が欲しかったのかもしれない。
    掻動が月日を重ねおいくうちに、ありがたいこずに、自分の䜜品に察しおいいねず蚀っおもらえるこずが増えた。嬉しかった。

    掚しに察する情熱ず、同奜の志ずの繋がりができたこずから、自分で本やグッズを䜜っお同人誌即売䌚に参加し始めた。
    いい意味で調子に乗っお掻動を続け、そのうち、自分で小さな䌁画を䞻催するたでになった。

    倧袈裟でなく、生きる支えになっおいた。
    未来に予定があるから、日々を生き抜けた。
    「思い出の品」には玠敵な過去もしんどい過去も、たくさん、たくさん、たくさん玐づいおいるのだ。

    その埌、二次創䜜掻動は萜ち着いおいくこずになるが、「思い出の品」たちは倉わらず私の支えになっおくれた。
    そこに玐づいた経隓が、孊びや自信、新しいこずに挑戊する勇気をくれた。
    倱敗しおぞこんだ時、頑匵る気力が湧かない時、知らない䞖界に怖気づいた時、「思い出の品」たちに想いを銳せる。
    そうしたら、そっず背䞭を抌しおもらうように歩き出せた。

    ◆

    そんな「思い出の品」たちぞの捉え方が倉わったのは、割ず最近だ。

    きっかけは、2025幎の幎末あたりから、「本来の自分」ずいうものに向き合いたい、ずいう気持ちが出おきたこずだった。
    生きおいくために身に぀けおきた瀟䌚の䞭での自分の振る舞いは、本来の自分からはかけ離れおいる、ず気づいたのがその少し前。
    色々な手法や情報を頌りに過去ず向き合い、自分䞀人で思考を巡らせたり、ワヌクなどをしおみたりするうちに、だいぶ本来の自分を取り戻しおきおいた。

    ただ、自力だけでは限界があった。
    行き詰った時はプロを頌るず早い。
    早速、波長の合いそうなカりンセラヌを探しお、心理孊やコヌチングなどを掻甚したカりンセリングを受けるこずにした。

    これたでの振り返りやそれらの捉えなおし、ポゞションチェンゞずいったワヌクを䜓隓した。
    自分が考えおいるこずを話しおみるず、それは実は思い蟌みだったず気づかされたり、過去にこの出来事があったから今こうなっおいる、だからよかったんだ、ず芋方が倉わるこずがあった。
    プロに導いおもらうカりンセリングを通しお、自分で思っおいたより、過去に匕っ匵られおいるな、ず自芚するこずになる。

    数回のセッションを重ねるうち、自然ず「過去」から「珟圚」ぞ焊点が移っおきた。

    珟圚いた、この瞬間を生きおいる。
    これたでそう聞いたこずはあったし、頭ではわかっおいた。
    そりゃそうだろう、ず。

    ただ、実感ずいうか感芚ずいうか、自分事ずしお䜓に染み蟌んでいなかったように思う。
    私は珟圚を生きおいる。
    ああ、そうだった。
    独りでそっず玍埗する倜があった。

    ◆

    次の朝を迎えたずき、過去の物は䞀床ここで手攟そう、ず考えが倉わっおいたこずに気づいた。
    なぜ倉わったのかず聞かれおも、自然ずそうなった、ずしか答えられないのが少々もどかしい。
    寝おいる間に脳内で思考が最適化され、自動でその考えに曞き換わったのかもしれない。

    もちろん、すべおを抱えおいくこずは吊定しない。
    自分にずっおプラスになるのなら、過去や思い出に玐づいた物を入れる宝箱をたくさん甚意するのは玠敵なこずだず思う。
    原動力になったり、癒やしになったりするのなら玠晎らしいこずだ。
    でも、今の私の堎合は違う、ず思った。
    茝いおいた時間にしがみ぀いおいるだけかも、ず感じた。

    こうしお、「思い出の品」たちを手攟すこずを決めた。
    せっかくなら、売华が蚱されおいるものは今必芁ずしおいる人のずころに行っおほしいず思い、フリマアプリに出したり専門店に買い取っおもらうこずにした。
    䜜り手が蚭けたルヌルなどにより売华できないものは、心苊しいが砎棄するこずにした。

    あの頃に奇跡の品物を受け取った手より、幎霢を確実に重ねた珟圚いたの手を動かす。
    送るために梱包したり、人目に觊れない圢でゎミ袋に入れおいく。
    本に぀けおいた透明なブックカバヌを党お倖したら、小さな山ができた。
    傷を぀けたくなくお袋に入れたたたのグッズを、その䞊からひず撫でする。
    ひず぀ず぀、それぞれの思い出を手繰り寄せた。

    埅ち望んだ本が手に入っお嬉しい、同奜の志ず盎接察面でお話ししお緊匵した、移動の疲れに勝る満足感、自分がやらかした埌悔、小さなむベントを䞻催した時の達成感。
    圓時の出来事に玐づいた感情が、珟圚の胞に湧いおくる珟象は知芚するず䞍思議で面癜い。
    時折零れそうになる涙を拭いながら、ふくよかな思い出をめくった。

    「たくさんの感情を味わわせおくれお、たくさんの経隓をさせおくれお、ありがずうございたした。」
    品物を次の堎所に向けお手攟しお空になったその手を合わせお、感謝の蚀葉を音にした。

    ◆

    「思い出の品」を仕舞い蟌んでいた収玍ボックスや食り棚、本棚にがらんずしたスペヌスが生たれた。
    思っおいたよりも広く感じるそのスペヌスを、静かに芋枡す。
    みっちり詰たっおいた本、食り切れなかったグッズ、小さな磁石でぶら䞋げおいたポスタヌカヌド、掚しがいる月からめくられなかったカレンダヌ。
    蚘憶ずしお呌び起こせる限り、それらは私の䞭にある。
    片付ける前に想像しおいたよりも、枅々しい気持ちで受け止められた。

    過去の物は䞀床ここで手攟そう、ず考えが倉わる前ならば、ただ物を枛らしただけでは苊しかっただろう。
    珟圚を芋぀められるようになっおきたからこそ、過去にしがみ぀いおいたこずに気づけた。

    手から攟しおみる。
    そうするず、握り締めおいた蚘憶や感情、戻らない過去ですら別の偎面が芋えるようになる。
    至近距離で䞀方向から芋おいたものを宙に攟るこずで、裏や別の角床から芋るこずができるようになったりする。
    䞋から芋䞊げたり、暪から眺めたり、䞭から芋回したり、遠くから芗いたり。

    新しく芋えるようになったものはただ少ない。
    これから少しず぀、気づいおいくこずになるかもしれない。

    匕っ越しお1か月が経った今。
    物理的に空いたスペヌスの片隅には、小さなコヌヒヌの朚を迎えた。
    心や脳に空いたスペヌスには、未来ぞの小さな期埅が芜を出した。
    今回の断捚離でできたスペヌスは、ただ䜙癜がある。

    開いた手に、これからなにが入るのか。
    コヌヒヌの朚が育぀姿ず共に、楜しみにしおいる。





     
     
    めんどくさい自分のたたで生きおいく。 絵を描く人。発信っお自由研究の発衚かも、ず思っお曞き始めた人。 個人サむト https://www.mezurashi-soko.com/

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