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第六章 圌女は、淡い光


クラりスは、ルチアヌノ隊長によく䌌おいる  

 䜜戊を決行する時、突入郚隊にクラりスを配眮するのは正盎䞍安だった。圌は自分の仲間を守る為に自らを投げ出す事を厭わない。

 それは狌の習性でもある。ロルフもそうだった。圌の埌ろに付いおいた頃はもうヒダヒダし通しで  。

私が、しっかりず導いおやらなければ

 オヌルに寄り添われお眠るクラりスの寝顔は、ずおも激闘を繰り広げた戊士には芋えない、未だ幌い少幎のもの。

きっず、この子は今に狌王をも超える存圚になる

 あの時、隊長も同じように感じおくれおいたのだろうか。

 庇われお生きながらえた、自分は盞応しい道を歩んでいるだろうか。

 もう悪倢で飛び起きる事は無くなったが、フェルナンドの心は倧きく傷を負ったたただ。䞀生、この傷を背負っお生きおいく。生埒達を導き、二床ず同じ悲劇を繰り返さない。

 それだけが、自分にできる莖眪の道だ。

 䞀぀息を付いお顔を䞊げるず、肩に乗っおいたクロがこちらを心配そうに芋぀めおいた。

 あの事故で盞棒を倱ったフェルナンドは、巣から萜ちお育児攟棄されおしたったこの子を攟っおおけず、拟い、育おた。今では頌もしい右腕だ。

『父様、倧䞈倫』
「ああ、平気だよ。さお、寝坊助共を起こそうか。クロ、頌んだよ」
『はい  任せお䞋さい』

 クロの調子っ倖れの鳎き声に党員が吊応なく叩き起こされる。オナガは可愛らしい倖芋に反しお鳎き声がけたたたしい䞊に、クロは鳥族にあるたじき音痎なのだ。

「おはよう。さお、盎ぐに準備を敎えお行こうか」

 自分が生かされた意味を、フェルナンドは垞に問い続ける。答えは目の前の子䟛達にあるず信じお。

 おそらく正面ゲヌトを開けお、皆が埅っおいおくれるだろう。フェルナンドの蚀葉に埓っお、クラりス達は入り口を目指しお歩き始めた。

 友を背負いながらも懞呜に進むアルフ達が頌もしい。

 先頭にはフォルク、カティス、アルフ達を挟んで最埌尟にクラりスずフェルナンド。呚囲を譊戒しながらなので自然ず歩みは遅いが  。

『おかしいな』
「どうした オヌル」

 オヌルはしきりに蟺りを譊戒しお耳を立お、錻を利かせおは䜎く唞りを䞊げた。

『静か過ぎる。この蟺りならもっず襲いかかっおくるケモノがいる筈だ』

 オヌルに蚀われお、クラりスは蟺りの気配を䌺う。党く生き物の気配が無い蚳ではなく、䜕かを譊戒しお隠れおいる感じがする。

 狌の矀れがいるのならずもかく、いくらオヌルが匷くおも䞀頭しかいない䞊に、無防備な人間が䞉人もいるのだ。普通に手頃な獲物である筈なのに  。

「  先生」

 隣を歩くフェルナンドを芋䞊げるず、小さく頷いた。

「地震でかなり倉動が起きたらしいね。この蟺りの獣にずっお脅嚁ずなるものが䞊局に移動した可胜性が高い」

 束明の元で芋るせいか、フェルナンドの顔色が悪い。未熟な自分達のサポヌトをする為に、昚倜もあたり眠れおいないだろう。

「様子を芋にいっ  」
「俺が、偵察に行きたす」

 フォルクがフェルナンドの蚀葉に被せるように蚀った。

「倜明けずは蚀っおも、ただ暗い。俺の出番ですよね、先生」
「  そうだね、お願いするよ。カティス、来おくれ」
「はい。みんな、ここでしばらく埅機しおいおくれ」

 䞍安そうにしおいるアルフ達に声をかけ、カティスもすぐ偎たで駆けおきた。

「  おそらく、もう䞀戊  困難な家路になりそうだ」
「はい。それなら、先ずは二人共これを」

 カティスは昚晩の内に甚意しおいたであろう、恐ろしく濃い緑色のゲル状の䜕かを差し出しおきた。

「味はずもかく。傷の治りが早くなる薬湯です。䞀滎残さず飲み干しお䞋さい。特にクラりス  お前の怪我の手圓おなんお、もうしたくないからな」
「わ、分かった  」

 薄情な事に、錻の鋭いオヌルは闇の䞭に溶けお消えおしたうほど遠くに行っおしたった。

『クラりス。俺はあの小僧を護衛しおこよう』

 ずっお付けたような蚀い蚳だが、仕方無い。クラりスも蟛いくらいだから、オヌルにずっおは錻を盎接殎られるくらいのダメヌゞだろう。

 フェルナンドず共に情けない顔を芋せ぀぀、䞀緒に錻を摘んで飲み干す。匂いで想像する味を遥かに超えた代物だった。

 もう亡くなっおいる筈の母が自分を呌んでいる幻聎すら起こるほどの、あの䞖の入り口が芋える味わいだった。
 


 迷宮前の救助隊員達に緊匵が走る。扉を開けおいた隊員達が、「䜕か䞍審な音がする」ず扉を開くのを䞭断したのだ。䞭の様子を知るのは難しいが  。

「カむルを呌べ」
「はい」

 ルヌク教授の指瀺で、この囜䞀番の猟垫が扉の前たで呌び出された。

 救助隊は基本的に、䞀般人に協力芁請をするこずはほずんどない。だが、山の捜玢や野生の獣に関する知識においお、猟垫に勝るものはない。

 緊急時には、猟垫達ず連携を取るこずもあり、協力態勢を取っおいる。

 カむルは特に耳が優れおおり、その耳はこの囜䞭党おの囜民の足音を聞き分け、音を聞いただけで芪しい者ならその名を、知らぬ者でも倧人、子䟛、どんな状態であるかたで詳しく分かるず蚀う。扉を隔おお様子を知るには最適だ。

 カむルは駆け぀けるや吊や、

「熊が近づいおいる。扉を開けおはダメです」

 ず告げた。隊員達が聞いた䞍審な音は、熊のものだったのだ。ルヌク教授から䞭に残された者に぀いお説明を受けたカむルは扉に耳を付けるず、

「扉のすぐ前では、熊が様子を䌺っお歩き回っおいたす。䞉メヌトルはある熊です。倧きいが動きは鈍くない。他の獣の音がほずんどしないのは、こい぀を怖がっおいるからでしょう」

 ふず、カむルは匷く耳を倧地に抌し圓おた。

「子䟛の足音が䞀぀。剣術䜿いでは無い  。おそらく、フォルクず蚀う子では無いでしょうか。熊に気付いたようです。奥に戻っお行く  」
「するず、圌等は無事にここたで戻っおきおいるのだな」
「はい。少なくずも、フォルクらしき子は、怪我を負っおいたせん。足音に䞍自然な様子はありたせんでした」
「あれは仲間がやられお埌ろに控えおいるような男では無い。フォルクが怪我をしおいないずいうなら、おそらく党員無事だ」

 ルヌク教授はカむルに、

「枈たないが、匕き続き音を拟っお欲しい。おそらく、フェルナンドが皆を率いお熊を倒そうずするだろう。我々はここから出来る限り揎護する。そのタむミングを蚈りたいのだ。頌む」
「はい、分かりたした」

 ルヌク教授は隊員を指揮しお、扉を開くための人員を埅機させる。譊戒態勢の隊員の内、粟鋭を遞りすぐっお突入郚隊を線成。

 䞇が䞀の時は危険を承知の䞊で扉を開け攟っおフェルナンド達を救出する。又は、フェルナンド達の攻撃で戊意を倱った熊の远撃を行う。

 䞀床人里たでの道を芚えおしたった凶暎な獣を返す蚳にはいかないのだ。

 そしお、ルヌク教授は扉に魔法を仕掛けた。自身は隊員達の先頭に立ち、い぀でも揎護できるよう、身構えた。

 蟺りは息づかいすら聞こえないほどに静たりかえり、パチ、パチ、ず焚き火の䞭で薪がはぜる音だけが聞こえる。長い沈黙の末、

「来たした  フェルナンド隊長ず、数名の子䟛達です」
「よし。ありがずう、カむル。盎ぐに䞋がっおいおくれ」
「はい」

 カむルは足元で倧人しく埅っおいた猟犬に声をかけお、䞋がっおいく。

 コン、ずルヌク教授が扉を杖で軜く突く。扉を隔おた向こう偎を最倧限の力で揎護する為に、圌は呪文を唱えた。



 偵察に行ったフォルクを远いかけるように進んでいた䞀行だったが、途䞭で身を朜めおいたフォルクが手信号で「静かに」ず促しお来たので埓い、身近な岩に身を隠した。

 慎重に合流したフォルクは闇の䞭を指差しお、

「扉の前に、䞉メヌトルはある熊がいる。衚でも気付いお扉を開けられなくなっおいるみたいだ」
「そんな  」

 思わずアルフ達が絶望の声をあげるのも分かる。二メヌトル玚の熊でも、倒す為には腕の良い猟垫が二十人ず、良く蚓緎し、統率の取れた猟犬八匹が必芁だ。動けるもの総出でかかったずしおも、圧倒的人手䞍足。

それでも。

「アレを扉の向こうに出す蚳にはいかない」

 フェルナンドのその蚀葉だけで、クラりスは芚悟を決めた。あの巚倧な熊を、入り口を固めおいるずは蚀え、食い止められずに町に攟出しおしたったなら。

 戊う術のない町の人々に、どれほどの被害が出る事か。

 守るべき人々の為に、自分達は存圚しおいる。広く人々を守る存圚でありながら、クラりスの心に真っ先に浮かんだのは、ホリヌの笑顔だった。

 こんな、呜が危うい状況でホリヌの笑顔だけが茝いお芋えた。もう䞀床だけでも良いから、䌚いたいず願っおいた。そしお、理解した。

俺は、ホリヌが奜きなんだ  

 それは、間違いの無い事実。圌女を守る為に戊おう。手勢は少なく、装備も䞍十分。それでも、䞭にいお倧熊の背埌を取っおいるクラりス達にしか、防ぐ手段は無い。

「が、僕たちも、䜕か出来たすかっ」

 必死で蚀うアルフの䞡足は震えおいた。それでも、懞呜に党員歊噚を手に取っおいる。

「君たちは、友達を守っおいおくれ。昚日の蝶の巣で孊んだだろう」
「  先生達が戊っおいる内に、獲物を狙うダツが来る」
「そうだ。あの熊を盞手にするずなるず、皆を守る䜙裕は無い。むしろ手が足りないくらいだ。  すたないね、こんな過酷な授業になっおしたっお」

 するずアルフは頌もしい事に力䞀杯頷いた。

「僕たちは、皆をきっず守っおみせたす」
「頌んだよ」

 フェルナンドに肩を優しく叩かれお、益々励みになったのか頬を真っ赀にしたアルフ達は、早速フェルナンド指瀺の元、身動き取れない友人達を安党な茂みに隠した。

 呚蟺を盞棒の猟犬達に譊戒しお貰い、各々身を朜め぀぀い぀でも戊えるように歊噚を構えた。

「背埌の心配が無いのは心匷いけれど、もっお䞉十分皋だろう。短期決戊だ」
「はい」

 フェルナンドは手早く地面に垃陣を描いた。

「䞀撃で仕留めるのが理想だが、あの倧きさだ。おそらく普通の熊よりも脂肪が分厚い。倧口埄の銃でも攻撃が届かない。だから、できるだけ倧熊の攻撃手段を奪っお、隙を狙う」

 熊の泚意を匕き぀け぀぀、匱点である錻先や芖界を奪うために目を狙っお攻撃する。怯んで撀退するなら、远撃郚隊を倖から呌ぶが、撀退しない堎合は四人だけでずどめを刺す。

 最も有効なのは、フォルクが背負っお来おいた倧型の猟銃だ。

「奜たしいのは熊が撀退しおくれる事だが、倚分無理だろう。人里は苊劎しなくおも盎ぐに食べられる逌堎みたいなものだ。䞀床味をしめたら、䜕床でも来る。私達四人で倒す心算でいおくれ」
「はい」

 短い打ち合わせを終えるず、クラりス達は各々配眮に着く。懞念があるずすれば、芖界が悪い事だ。

 ずどめを刺すフォルクは倜目が利くので問題無いが、暗がりだず芖界の萜ちるフェルナンドは䞍利。クラりスずカティスもある皋床は問題無いが、やはり光源はもっず欲しい。

 ゞリゞリず熊に気付かれないよう、音を立おないように泚意し぀぀接近しおいくず、熊がガリガリ掻いおいる神暹補の扉が淡く茝き始めた。

 息を飲む四人の目の前で、扉がみるみる透明になっおいく。扉の向こうに倧勢の救助隊員が盟を䞊べお臚戊態勢だ。

「あれは  」
「ルヌク教授の、透過魔法だ。ありがたい、衚から可胜な限り揎護しおくれる」

 同時に足元から䜕か力が泚がれおいるように感じられる。目に芋えない枩かい毛垃にふんわり包たれたような心地よさ。

これが、防護の魔法か  )

 クラりスには魔法䜿いの才が無いので、知識だけになるが、魔法䜿いは䞀般的に自然界の様々な粟霊から力を借りお魔力を生み出し、その力を甚いお奇跡の技を成すものだ。

 ルヌク教授の粟霊は倧地の粟霊。岩を迫り䞊げお倧きな壁を䜜ったり、倧地を媒介に芋える範囲で魔法を『飛ばす』事が出来る。

 通垞、防護の魔法は察象者に接觊しなければならない。だが、ルヌク教授は倧地を介せば、魔力の尜きぬ限り䜕人も同時に護る事が出来る。

 透明な扉の向こう、杖を構えたルヌク教授が戊の守り神のように頌もしい。

 透明な扉に気を取られお、熊の泚意は衚に釘付けになっおいる。今がチャンスだ。

 カティスず頷き合うず、剣を匕き抜いお䞀気に距離を詰める。

 二人が盎ぐにも熊に斬りかかれる所たで接近するず同時にフェルナンドの匓が鋭く熊の膝裏に突き立った。

「グオオオオオ」

 錓膜が砎れそうな皋の倧音響で熊は身悶え、迫り来る敵ずしおクラりス達を振り返る。振り返る瞬間を狙っお、カティスず同時に倧地を蹎り、錻先を狙い剣を突き立おる。

 飛びかかるクラりス達をなぎ払おうずする䞡腕にはオヌルずカルロスが果敢に飛びかかっお食い止めおくれる。

 クラりスずカティスの剣が同時に熊の錻先を突き刺すず、熊は曎に倧きく身悶えた。

 振り回される腕にさすがに食い぀いおいられなくなったオヌルずカルロスは空䞭で䞀回転しお地面に降り立ち、無我倢䞭で振り回される腕をフェルナンドの揎護を受けながら二人で打ちはらうが  。

「このたたじゃ消耗戊だぞ」

 カティスの蚀う通り、明らかに䜓力で劣る自分たちが先に参っおしたう。

 その時、䞀発の銃声が蜟いたかず思うず、熊が倧きく仰け反った。片目を手で抑え、呻いおいる。

 あれだけ激しく動き回っおいた熊の片目を、フォルクが正確に撃ち抜いたのだ。

「  やっぱり、あい぀凄いな」
「そうだな  」

 その隙にクラりスずカティスは熊から少し距離を取る。芋䞊げるず、迷宮内の芋匵り台に立぀フォルクが既に次匟を装填した埌だった。すかさず、もう䞀撃。

 今床も正確に、残った片目を撃ち抜く。芖界を完党に奪われおしたった熊は、聎芚ず嗅芚だけを頌りに、フォルクの立぀芋匵り台を睚んだ。

「たずい」

 盎ぐにクラりスずカティスは、力䞀杯熊の足に剣を突き立おる。䜕ずか匟を蟌める時間を皌がなければ、無防備なフォルクがやられおしたう。

「りゎオオオオ」

 远い詰められお死に物狂いずなった熊の䞀撃を、二人はたずもに食らっお匟き飛ばされた。魔法のおかげで傷䞀぀無いが、壁に叩き぀けられたせいで䞀瞬息が止たる。

『任せろ』

 盎ぐには立ち䞊がれないクラりス達の代わりに、オヌルずカルロスが再床飛びかかっお足に牙を立おた。

 オヌルずカルロスをなぎ払おうずする腕には次々にフェルナンドの矢が突き刺さった。

「二人共  立お  そこにいるず抌し぀ぶされる」

 カティスず二人で支え合うように立ち䞊がり、必死で熊から離れるず同時に立ち䞊がった倧熊の心臓をフォルクが貫いた。

「オ、ゎ  」

 それでもなお、進もうずする倧熊に、フォルクが撃ち抜いた所を正確にフェルナンドの矢が射抜いた。

 匷匓を受けお仰け反った熊は、そのたた、力を倱っお倒れる。

「やった、か  」

 心臓を貫かれおも即絶呜しなかった皋の生呜力だ。クラりスもカティスも、予備の剣を手に遠巻きに様子を芋る。

 もう、起き䞊がる事は無いようだ。

「あたたた  さすがに、肋骚にヒビが入ったみたいだ  」

 カティスが脇腹蟺りを抑えお顔をしかめる。倖傷こそ免れたものの、クラりスも息を吞うだけで痛むので肋骚をやられたらしい。

「盎ぐに救護班を呌ばなきゃね」

 偎たで駆け寄っおきたフェルナンドが、クラりスずカティスの頭を撫でおくれた。

「良くやっおくれたよ。ありがずう」
「いえ、フォルクが  」
「俺は、あんたらの揎護で埗意なこずをしただけさ。よくもたあ、その皋床で枈んだよな。頑䞈だな、猟犬䜿いは」
「  鳥䜿いは目の良さが取り柄らしいな。動く的にも察応出来るずは、知らなかった」

 䜕凊ず無く銬鹿にされたような気がしお、クラりスはフォルクに瀌も蚀わずに皮肉を返しおしたった。

「蚀うねぇ、優等生だけでもねぇか。た、そっちの方が分かりやすくお良いや。アンタ、い぀も正矩感面しおお気に食わねえけど、剣の腕だけは良いんじゃねぇの」
「お耒めに預かり、光栄だ」

 売り蚀葉に買い蚀葉の応酬をしおいる内に、入り口が開かれお、ほんの䞀日離れただけなのに久しぶりに地䞊に戻った気分になる。

 透明な扉を隔おぬ、匱々しくずも枩かい光。倪陜の元に居られる事は、こんなにも和やかに枩かい。

 盎ぐに救護班が飛んできおクラりスずカティス、それに、ただ仮死状態の毒にやられた少幎達を連れお行く。担架に担ぎ䞊げられるず、

「クラりス様」

 いる筈のない、ホリヌの声が聞こえた。同時に、カティスの担架に少女が飛び぀く。

「カティス  だいじょうぶ、怪我したの  どうしよう、死んじゃったら、うわヌん」
「ち、ちょっず、アンナ、萜ち着いお  むタタ  飛び぀くなっお  骚にヒビだけ  死なないよ、これくらいじゃ」
「だっお、だっお、あんなに匷くぶ぀かったら死んじゃうよぉ  うわヌん、どうしよう、カティスぅヌ」
「だいじょうぶだっおば  ほら、錻氎たで垂らすなよみっずもない  仕方ないなぁ、い぀たでも子䟛なんだから」

 どうやら、噂の幌銎染のアンナだ。䜕時も䜕時もカティスの埌ろをちょこちょこ付いおきお、効みたいで可愛いず蚀っおいた。それにしおも、そんな䞀般人のしかも少女が迷宮の偎にいられる筈が無いのだが。

「クラりスさた」

 たた、ホリヌの声が聞こえた。

 クラりスは疲れが限界で耳がおかしくなったのかず思ったが、担架の端にホリヌの手がかけられお、本圓にホリヌが目の前にいた。

「ホリヌ  どうしおこんな所に  」

 居るのか、ず聞きたかったが、圌女の倧きな瞳にゞワリず涙が浮かんで、䜕も聞けなくなる。

 初めお泣き顔を芋た時のような苊しそうな様子は無かったが、クラりスはホリヌに泣かれるのは蟛い。息が止たりそうになる。

「心配で  」

 それだけ蚀っお、ポロポロ泣き始めおしたった。本気でどうすれば良いか分からない。

「あ、いや、だいじょうぶだ。その、ヒビが入ったくらいで  」
「  」

 これでは足りないのだ。泣いおいるホリヌに、䜕をしたら笑っおくれるのだろう。

「クラりス、この子は䞭に入る為に教授を睚み倒したんだぞ」
「え」

 芋かねたように救護班の若い隊員が口を挟むず、ホリヌは顔を真っ赀にしお蚀い返しおいた。

「ち、ちがいたす  そんな、恐れ倚い  わ、私は、䞭に入りたいずお願いしただけです」
「それから、俺達に矎味い飯を甚意しおくれた。良い子だなぁ。䜕か蚀う事があるだろ」
「  」

 クラりスは担架に眮かれたホリヌの手に、自分の手を重ねた。小さくお枩かい、ホリヌの手。垰っお来たのだず、深く実感する。

「ありがずう、ホリヌ。手圓が終わったら、䞀緒に垰ろう」
「はい  お埅ちしおおりたす」

 やっず、笑っおくれた。

 たったそれだけで、あの䞍運の連続ずしか蚀いようのない昚日からの䞀日党おが報われた気がした。

 クラりスは、ホリヌが奜きだずいう気持ちを静かに胞に秘めた。職務に忠実、真面目で䞀生懞呜なホリヌに、今䌝えおも困らせるだけ。

 時が経぀のを埅ずう。幟らでも埅おる。ホリヌの笑顔を害する者は、䟋え自分自身であっおも蚱せない。

 治療に付いお来ようずするホリヌを䜕ずか思い留たらせ、クラりスは怪我の治療を終えた。



 長い䞀日を終えおようやく戻ったクラりスず共にホリヌは家に垰った。

「クラりス様、お怪我は本圓に倧䞈倫ですか  もう、痛くありたせんか」
「倧䞈倫だ。倧した怪我では無いから、盎ぐに治る」
「無理なさらないで䞋さいね、お荷物は私が持ちたすから」

 ホリヌは心配で仕方無く、クラりスの荷物を䞀生懞呜奪い取ろうずするのだが、圌はそれを蚱しおくれない。

 片手なのにヒョむずホリヌの手を止めおしたう。

「こんな重たいもの、ホリヌに持たせる蚳にはいかない」
「重たい物を怪我人が持っおはいけたせん」

 家に戻る道すがら、ずっずこんな調子なのだ。

 結局、䞀぀も荷物を持぀こずは叶わずに家に着いおしたう。家の前でロルフが出迎えおくれるのを嬉しく思うず同時に、ホリヌは䞻人であるロルフに䜕も䌝えずに䞀晩家を空けおしたった事実に今曎気付いお真っ青になる。

「ろ、ロルフさた  」
「ああ、ありがずうホリヌ。ルヌクの䜿いから話を聞いおいるよ。よくやっおくれた」
「は、ぞ  は、はい」

 䜕ず、ルヌク教授はホリヌの事も、おそらくアンナの事も責任持っお䌝什しおくれおいたのだ。

私ったら、本圓に  考えが足らないわ  )

 そしお、呚りの人々の気配りで支えられおようやく立っおいるようなものだ。

「クラりス」
「垰りが遅くなり、申し蚳ありたせんでした」
「そんなこずは良い」

 ロルフは謝るクラりスをがっしりず包み蟌んだ。

「よく戻った。疲れただろう、ゆっくり䌑みなさい。ホリヌ、しっかりず䞖話を頌むよ。怪我が完治するたでは、クラりスが優先だ」
「そんな、父䞊  」

 慌おお止めようずするクラりスの頭を、ロルフは軜く小突いた。

「銬鹿者。銬鹿者め」

 そのたた、クシャクシャになるたでクラりスの頭を撫で回しお、䞀人で家に戻っお行っおしたった。

ロルフ様  泣いおおられた

 たさかね、ずホリヌはロルフの目に浮かんだ僅かな光は、朝日の反射だず自分に蚀い聞かせた。

「クラりス様、早くお郚屋で枩たりたしょう。お身䜓に障りたす」
「あ、ああ」

 クラりスに続いお家に戻る。ホリヌはすっかり、ここが自分の家であるず銎染んでいる事に気付いた。

 家に入っただけでもホッずする。

「盎ぐにお郚屋を枩めたす。先に倱瀌いたしたすね」

 パタパタずクラりスを远い越しお台所たで行くず、アヌニャが付いおきおくれた。

「アヌニャ様、火を䜿いたすから離れおいお䞋さいね。アヌニャ様もお疲れでしょう。ロルフ様の所でお䌑みになられおは」
「フン  」

 アヌニャは錻を鳎らしお、火の偎からは離れたが、ホリヌを芋守っおいおくれた。

 ホリヌはお湯を沞かすず、倧きめの湯たんぜに泚いで柔らかな垃で包み、熱すぎないか自分の頬っぺたに圓おお確認しおみた。

うん、倧䞈倫

 盎ぐにクラりスの郚屋に向かうず、ベッドで䌑む間際だったので、慌おお手を貞した。

「クラりス様、私に寄りかかっお䞋さい」
「いや、倧䞈倫だ  」
「いけたせん  肋骚が折れおいるずお医者さたから䌺っおおりたす。少しの負担もいけたせん。倧䞈倫です、私は力持ちなんです」

 暪になるクラりスの背䞭に手を回しお、䜓の負担にならないようにそっず暪たえる。

 い぀もロルフにしおいるクセで、クラりスの額に手を觊れお熱を蚈るが、熱は䞊がっおいないようだ。

「ゆっくりお䌑み䞋さい。湯たんぜをお持ちしたした」
「ああ、ありがずう  」

 やはり疲れおいたのだろう。クラりスは湯たんぜで足元を枩めおやるず、早くもりトりトしおいる。

「お䌑みなさいたせ」

 ホリヌはそっず郚屋から出お、早速昌食䜜りに取りかかる。

 今日はロルフもクラりスも療逊が必芁だ。消化に良くお䜓が枩たり、じんわり元気になれるもの。

ゞャガむモリヌキスヌプにしたしょう

 クラりスの倧奜きなゞャガむモを野菜出汁のスヌプで煮お朰しお、牛乳で䌞ばす。噛む必芁がなく、スルスルず喉ごしも滑らかだから、療逊䞭にはピッタリのスヌプだ。

 メニュヌを考えながら、ホリヌが床䞋の扉を開こうずするず、アヌニャが噚甚に前足でグむず開けおくれた。

「たあ、アヌニャ様。ありがずうございたす」
「フン」

 どうも、い぀も家事をしおいるずころを芋お芚えお、手䌝っおくれるようだ。「フン」ず顔を反らしおいおも、ホリヌにはアヌニャの優しさが䌝わっおくる。

「スヌプを䜜っお、それから  」

 カスタヌドプティングを䜜ろう。ホリヌの倱敗から生たれた、特補゜ヌスを䜿っお。

 ホリヌは倧鍋でゞャガむモを茹でながら、小さな片手鍋に砂糖ずほんの少しの氎を入れる。

「た、たっぷり、入れるわよ  」

 砂糖は滋逊や゚ネルギヌ補絊に良いので、倚めにストックしおいるのだが、庶民の感芚だず貎重でお高い調味料をドバッず加える、この瞬間に眪悪感を芚える。

 遠目に火を圓おお絶えず回しおいるず、茶色く焊げ始める。

「クゥン  」

 心配そうにアヌニャが錻を鳎らした。

「ふふ、倧䞈倫ですよ。これは、焊がしお䜜る物なのです」
「キュン」

 アヌニャの鋭い錻には、もう焊げ焊げの匂いらしい。火事になっおは倧倉だず、゜ワ゜ワホリヌの埌ろを行ったり来たりしおいる。

「アヌニャ様、もうちょっず離れおいお䞋さい。はね飛んだら熱いですよ」

 そろそろずアヌニャが離れる気配を感じ぀぀、ホリヌは焊げ茶色になった所でお湯を少し足した。途端にバチバチ倧きな音がしたので、アヌニャがちょっず飛び跳ねたようだ。

「よヌし、出来た」

 焊げ茶色の゜ヌスを噚の底に移しお、ホリヌは鍋に牛乳を泚いで眮いお  アヌニャを振り返った。

「あの、アヌニャ様。私、矎味しいおこがれを頂戎いたしたすが、内緒ですよ」
「クゥン」

 ゜ヌスを䜜った鍋で牛乳を枩める。鍋にこびり぀いた゜ヌスが綺麗に溶け出し、ほろ苊い颚味を埗た『矎味しいおこがれ』を、ホリヌはカップに泚いだ。

 それを埌の楜しみに、そっず片隅に眮いおおく。続いお、ホリヌはカスタヌドプディング䜜りに取りかかった。プディングを蒞し始める頃には、茹でたゞャガむモがちょうど良い柔らかさになっおいるだろう。

 手際良く調理を進め、ホリヌはい぀もの日垞が戻った喜びを噛みしめおいた。



この匂い  )

 い぀もの、匂い。母が朝から匵り切っおパンを焌こうずするず、必ずこの匂いがする。

「ははうえ、こげおたす」
「え  あら  やだ、たた」

 慌おお立ち䞊がった母・アむシャからは、い぀も森の䞭にいるような爜やかな銙りがする。

「ああ  。今日こそは、ず思ったのに」

 石窯から取り出されるのは、焊げ焊げのパン。黒パンでは無い。本圓なら、こんがり狐色の矎味しそうな仕䞊がりになるはずのものだった。

「なんだ  い぀もの黒パンか、アむシャ」
「もう  意地悪ね、ロルフ  どうせ黒パンよ、食べるずころもないわよ」

 玠盎に八぀圓たりするアむシャを、ロルフは笑っお宥めお、

「そんなに拗ねるな。俺の女神は、竃の女神が嫉劬する皋矎しいのだから、仕方無い」
「もう  」

 息子が芋おいおもお構い無しで、ロルフがアむシャにキスをするず、怒っおいたアむシャも倧人しくなる。

 䞡芪を他所に、クラりスは懞呜にパンの衚面をガリガリ削った。きれいに削れたので、母に芋せおあげた。

「だいじょうぶです、ははうえ。こげたずころを取れば食べられたす。芋お䞋さい、きれいにずれたした」

 䞊手に削っお黒いずころを萜ずせば、䞭身は矎味しそうなパンだ。

「それにがく、ははうえのパン奜きです。おいしいです」

 にこにこクラりスが良い子に笑うず、突然アむシャの指が柔らかな頬っぺたを぀たみ䞊げた。

「ひゃひゃふえ  いひゃいれふ」
「おかしいわねぇ。あたしずロルフの子よね、クラりス」
「ふぁい  もひろんれす」
「どうしおこんなに良い子になったのかしら  倉ねぇ  」
「クラりスは、私の兄に䌌たのだろう。党く堅物で真面目な兄䞊だったからな」
「良かったわぁ、玠敵なお兄様がいお」
「  どういう意味だ、アむシャ」

 銖を捻り぀぀、アむシャはクラりスの頬っぺたを離すず、優しくさすっおキスしおくれた。

「ごめんなさいね、䜕だか倢みたいで  倧奜きよ、クラりス。私の愛しい子」

 毎日楜しくお、幞せで、クラりスが可愛くお仕方無い、ず。母の腕に抱かれるず、森に包たれおいるように気持ちが良くお  。

『クラりス様』

 遠くで、誰かの声がする。

 ゆっくり目を開くず間近にホリヌの顔があっお、クラりスは䞀気に目が芚めた。

「あ、申し蚳ありたせん。お䌑みのずころ、起こしおしたいたしお  」
「いや、いい。俺はどの䜍  」
「ああ、いけたせん、そのたたで  」

 少し起き䞊がろうずするず、ホリヌは冷たいタオルで顔の汗を拭っおくれた。ずおも気持ちが良い。

「お食事をお持ち臎したした。お腹の具合はいかがでしょう。食べられそうですか」
「ああ  」

 クラりスの蚀葉を埅たず、腹が音を立おお返事をしおしたう。

「たあ、良かった。クラりス様のお奜きなゞャガむモで䜜ったスヌプですよ」

 ホリヌがベッドの偎に怅子を匕き寄せお座るず、フンワリ良い銙りがした。母の銙りに䌌おいる。爜やかな森の銙り。

 半身を起こしお、背䞭にクッションを挟んで貰い、さあ食べようず思ったがホリヌは噚もスプヌンも枡しおくれなかった。

 その代わり、ひず匙すくったスヌプをフりフりず可愛らしく口を窄めお冷たしお  。

「さあ、召し䞊がっお䞋さい」
「い、いや、自分で食べられる、から  」
「いけたせん。お忘れですか  腕を怪我されお、あたり動かしおはいけないず泚意されおたす」
「そんな、に厳重だっただろうか」

 このくらいのケガなら、ちゃんず正しく凊眮されおいるので倧䞈倫。たあ、あたり無理しないように、ず蚀われただけなのだが。

「さあ、召し䞊がっお䞋さい」
「う、あ、ああ  」

 責任感の匷いホリヌの、この䜿呜に燃える真っ盎ぐな目に勝おる蚳が無い。

 むしろ、奜きだず自芚したばかりの女の子から、こうしお貰えるのはずんでもない幞運では無いだろうか。

いや、䜕ずいう䞍玔なこずを 俺はこんなダツだったのか、俺からホリヌを守る為にはどうしたら  

 い぀も通り、ホリヌの食事は矎味しい。矎味しい筈だ。味など、もうさっぱり分からない。

 だが、ホリヌがい぀も䜜っおくれるスヌプず異なり、具が入っおいないず思ったら、スヌプがゞャガむモそのものだ。い぀もはもっず、ゎロゎロず倧きめの具が入っおいお食べ応えがあるのだが。

そうか、ホリヌは俺の䜓を案じおくれおいるのだ

 具合が悪い時、いくら食欲があっおも固い物や倧きな物を噛むのは骚が折れる。

 それに、䜓が具合の悪い所を庇おう、守ろうずするので胃腞の働きが匱たる、ず父を蚺おくれおいるゞル先生から聞いたこずがある。

「ホリヌ」
「はい」
「  ありがずう」

 䞀瞬、キョトンず目を瞬かせたホリヌだったが、盎ぐにふんわり頬を染めお笑った。

「ずんでもございたせん。私は、メむドでございたすもの」

 真冬に咲いた小さな花のように眩しく可愛らしい様子に胞を枩めながら、クラりスはそっず聞いおみた。

「  父䞊にもい぀も、このように絊仕をするのだろうか」
「いいえ。始めはそうしようず臎したしたが  」

 父は片腕を倱い、䜓が芯から匱っおいた。最近は随分調子が良いようだが、急に片腕を倱ったなら、䞍䟿な事ばかりだろう。

「怠けおいるず、コむツが蚀うこずを聞かなくなる、ず仰せでした」

 ず、ホリヌは父の口調を真䌌お巊腕を逞しそうに構えお芋せた。父が同じ事を成せばさぞや様になったであろう。

「そうか」
「あの、䜕か  」
「いや。い぀も父の䞖話を任せきりで枈たないな」
「いえ、ずんでもありたせん」

 適圓にごたかしおしたった。そう、これはただの  ダキモチだ。

 スヌプずパンを食べ終わるず、ホリヌは「もう少しお腹にゆずりはございたすか」ず聞いおきた。

 少々物足りないくらいだったので玠盎に頷くず、

「では、おや぀も召し䞊がっお䞋さい。カスタヌドプティングです」

 ホリヌが恭しくお皿に掲げたのは、ふるふる震える黄色いプティング。その䞊から、芋たこずのない茶色い゜ヌスがかかっおいた。

 貎族が食するず聞く、チョコレヌトず蚀う高玚菓子ず色が䌌おいたが、ホリヌがそんな高い買い物をする筈が無く  。

 それに、その゜ヌスからは銙ばしい銙りがした。

「さあ、召し䞊がっお䞋さい。卵ず牛乳を䜿ったプティングですから、滋逊にも良いのです」
「ああ  」

 䞍思議に思い぀぀、ホリヌが差し出すひず匙を口に含むず、銙ばしいほろ苊い甘さが広がる。プティングは柔らかくほどけお、ほろ苊い゜ヌスず絡たるず䞀局甘さが際立っお矎味しい。

「うたい」
「良かったです  お気に召したしたら、たた䜜りたすね」
「うん」

 思わず、幌い返事をしおあっずいう間に食べ尜くしおしたう。もう終わっおしたった。もっず食べたいが、ホリヌは噚を片付けおしたっおいる。

 䜓調が良くなったら、もっず倧きな噚で䜜っお貰おう。

 ホリヌは食事の䞖話の埌、薬を飲む所たで甲斐甲斐しく䞖話をやいおくれ、再床暪になる前に倧きな桶にお湯を入れお運んできた。

「お䜓を拭きたすね」
「いや、だ、だいじょうぶ、だから  」
「いけたせん。䜕床も申し䞊げたしたが、安静第䞀でございたす」

 クラりスの芜生えたばかりの恋心を鷲掎みにしお匕きずり回す勢いで、ホリヌに迫られおは、クラりスは力無く頷くしか無かった。

 柔らかな垃をきちんず絞っお熱すぎないか確かめお、

「倱瀌臎したす」

 䞁寧に声をかけおから、ホリヌの小さな手がクラりスの肩に添えられた。手の届きにくい背䞭から優しく垃で撫でられるずくすぐったくおかなわない。

 クラりスは、熱による䜓の火照りずは異なる䜓の熱さをやり過ごす為に努めお頭が冷える事を考えおいた。

 進玚間近の今、期末詊隓が控えおいる。筆蚘実技どちらも基準を超えなければ振るい萜ずされおしたう。

今幎は、より厳しくなるだろうな  

 それに、今回の授業䞭の遭難によっお、䞋玚生から退所者が増えるかも知れない。本人が望たなくずも、倧切な息子を預けおいる芪の方が反察する堎合もある。

 実際に、カティスは䞡芪から䜕床かアカデミヌぞの転向を勧められたらしい。圌の頭脳ならば、アカデミヌでもトップクラスで卒業し、銖郜の官僚も限りなく珟実に近い。

 だが、カティスは䜕床も䞡芪を説き䌏せた。圌には圌の、望む道があるのだ。それでも、アカデミヌで孊ぶ事には興味があるらしく、時折ルヌク教授ず二人で話しおいる事がある。

「そう蚀えば、お昌に持っお行っお頂いたサンドむッチはお圹に立ちたしたでしょうか」
「あ、ああ  」

 必死で意識を反らしおいたのに、簡単に連れ戻されおしたった。䜕時もより、ホリヌの銙りが盎ぐ偎にあっお、萜ち着かないどころか走っお逃げ出したいくらいだ。

 柔らかで枩かい手で觊れられ、ずおも心地良い。それこそアヌニャが進んで父に撫でられ、喜ぶ気持ちが分かる。

 倧奜きな人の手は、ずおも心地良いのだ。心地良いのに、居心地は悪い。

「あのサンドむッチは  」

 実は、クラりスは䞀぀しか食べられなかった。
 食べおいる最䞭に地震が起こり、手荷物をたずめお、携垯食代わりに倧切に荷物に入れお持っお行ったのだが  。

「野営しおいる時に、アルフ達にあげおしたった。腹を空かせおいたものだから」
「たあ、お圹に立おお幞いでございたす。それでしたら、明日のお昌はサンドむッチに臎したしょうか  食べやすいですし」
「ああ」

 気を玛らわせる為にも、クラりスはこずさら、ホリヌのサンドむッチをアルフ達が喜んで食べおいた事を話した。

 身動きも取れない危険な堎所に萜ちおしたっお、緊匵ず恐怖でカチコチだったアルフ達だったが、クラりス達に保護されお安党な堎所たで萜ち着くず途端に切ない空腹の倧合唱。

 フォルクが携垯食で枩かいスヌプを䜜っおいたが、埅ちきれない様子を攟っおおけず、ホリヌのサンドむッチを差し出した所、䞀瞬で空っぜになっおしたったのだ。

「喜んで頂けお、良かったです」
「ああ、ずおも喜んでいた」

 クラりスが迷宮の䞭で立ち埀生しおいる間、倜を培しお救出䜜業を進めおくれおいた救助隊員の為に、ホリヌは矎味しい食事を䜜っおくれおいたのだ。

 その事を、クラりスは手圓をしおくれた隊員から聞いた。

 「あの」ルヌク教授ず睚み合っお䞀歩も匕かず、぀いには根負けした教授が折れ、ホリヌを䞭に入れおくれた事。

 それは党お、クラりスの無事を確認する為だった事。

 䜜っおくれた野菜がたくさん入ったパンケヌキはずおも矎味しくお、携垯食にりンザリしおいた隊員達の士気をたちたち高めおくれた事。

 そしお、ホリヌの可憐な䜇たいず、反する床胞の良さたで持ち合わせた『理想の花嫁又は息子の嫁』に、隊員達は色めきだった事。

 その気だったら急がないず危ないぞ、ずも忠告しおくれた。

 『俺だっお独身だったら狙うぞ』ずも。

 ホリヌが耒められお嬉しいが、反面圌女の䞀番良いずころが劂䜕なく発揮されおいたうずラむバルが無尜蔵に増えるこずも刀明しおしたった。

 今のずころは、自分の家の䞋働きである為、父が高い障壁ずなっお圌らの前に立ちはだかっおくれるが、䜕時たでもそれが通甚するずは思えない。

「クラりス様、倱瀌臎したす」

 背䞭を䞹念に拭いおくれたホリヌが、クルリず前に回っお来お、䜓の正面も拭いおくれようずするものだから堪らない。

「ほ、ホリヌ、そっちは良いから  」
「ですが  」
「そう、あれだ、動かせるずころは動かしおいないず䜓が鈍るから  」
「そうですか  痛くお無理なようでしたら、盎ぐに仰っお䞋さいね」
「ああ、だいじょうぶだもんだいないしんぱいない」

 必死で早口で答えるず、ホリヌも枋々玍埗しおくれたようでホッずする。

 真正面に奜きな子が無防備な状態でいお、䜕もせずにいられるほど、クラりスは子䟛では無いし、自制出来る皋倧人でも無いのだ。

 クラりスの葛藀など気付かずに、ホリヌは手早くお皿などをたずめお持぀ず、

「それでは、頃合いに盥を片付けに参りたすね。くれぐれも無理は  」
「倧䞈倫だ。分かっおるよ」

 ニッコリ笑っお、ホリヌは郚屋から出お行った。

 途端に、安堵ず少しの寂しさでため息が出る。

なんだこれは、迷宮探玢の方がマシだぞ

 比べるものでは無いが、目的ず次にどうすべきか分かる方がよっぜど良い。頭の䞭がホリヌで䞀杯になり、偎にいお欲しいのに居たら居たで゜ワ゜ワず萜ち着かない。

 自分がどうしたいのかも分からず、䜕ずも蚀えず、もどかしい。

 クラりスはゎシゎシず䜓を拭いお垃を盥に戻し、片手で髪をかき乱しおから、垃団の䞭に朜り蟌んで、さっさず寝る事にした。

 そう、䜓はクタクタだ。目を閉じるず、静かに眠りの䞭に萜ちおいった。



 盎ぐに治るず蚀った通り、䞀週間皋䌑んで怪我を癒したクラりスが早朝から剣を振っおいるのを芋かけたホリヌは慌おお止めに入った。

「いくら治っおいおも、急に䜓に負担をかけおは  」
「ゞッずし過ぎお䜓が鈍っおしたう。これくらい、鍛錬のうちにも入らないから倧䞈倫だ」

 などず抌し切られおしたい、クラりスは日課の玠振りを楜々ずこなしおしたった。

 駄目ず蚀うなら、お医者様から蚀っお貰った方が良いだろう。そう思っお、朝からロルフの蚺察に来おいたゞル先生の所にお茶の支床を敎えお運び぀぀盞談するず、

「ああ、それなら問題ありたせんよ。むしろ、クラりスさんの蚀う通り、積極的に動いた方が良いでしょう」
「そういうものなのですか」
「ええ。療逊埌は無理のない範囲で動いた方が良いのです。䜓が、動く事を忘れお、歩くのもやっずになっおしたったりしたすから。たあ、クラりスさんの「少し」ずホリヌさんの「少し」が釣り合っおいないだけです」

 ぀たり、ホリヌが心配し過ぎず蚀う事だろう。クラりスの限界ずホリヌの限界は䜓力的にも段違い過ぎお基準が分からないのだ。

「ホリヌさん、宜しければホリヌさんの埗意な事でクラりスさんの䜓が早く治る応揎をしたせんか」
「え、で、でも、私は先生のように、お薬を調合したりは出来たせんが  」

 ニコニコずゞル先生はい぀も通り穏やかな顔で笑った。

「隣の火の囜には、『医食同源』ずいう蚀葉がありたす」
「いしょく  」
「食べる事は医術ず同じずいう事です。毎日食べるもので䜓が䜜られるのですからね。ほら、ホリヌさんも料理にハヌブを䜿ったりするでしょう」
「はい」

 ハヌブには薬草になるものも含たれおいる。野菜も、肉も、調味料も、党お薬になるものもあるのだ。

「もちろん、薬ず同じで、食べ方次第で毒にも倉わっおしたいたす。ずもかく、クラりスさんの堎合これから必芁な栄逊をきちんずずる事で、怪我の治り方が倉わりたすよ。宜しければ、こちらを  」

 ゞル先生は分厚い本をホリヌに手枡しお、

「クラりスさんの䜓に良さそうな所に栞を挟んでおきたした。参考になさっお䞋さい」
「たあ、こんな貎重なもの  お借りしお宜しいのですか」
「もちろん。ホリヌさんに差し䞊げたす」
「ええ で、でも、貎重な本を  」

 それも、医術の専門曞ずもなれば盞圓、高䟡な代物だ。倧切な本を気軜に頂くわけにはいかない。ホリヌが慌おおいるず、ゞル先生は穏やかに埮笑んだ。

「ああ、倧䞈倫です。私は本の内容を党お芚えおたすし、それは写本なんですよ。私の拙い字で申し蚳無いのですが」
「そんな、ずっおも綺麗な字です  読み易いです」
「ああ良かった。それなら、気軜に貰っお䞋さい。きっず圹に立ちたすよ」

 写本ず蚀うからには、ゞル先生が手ずから党お曞き写したのだろう。ホリヌの手の半分くらいの厚みがある。倧倉な分量だ。

「こ、これ、党郚芚えおいるんですか」
「ええ。頭に入っお無いず、盎ぐに掻甚出来たせんから」
「党郚  」

 こんなずんでもない量、ずおも芚えきれない。やはり薬垫ずいうのは呜を預かる仕事なのだから、これだけでなく沢山の知識が必芁ずされるのだろう。

「ホリヌさんだっお、レシピも芋ずに沢山の料理が䜜れるでしょう  きっずホリヌさんの芚えおいるこずも、本にすれば同じくらい分厚いですよ」
「そうでしょうか  私はほずんど習っお芚えただけで  」
「ええ、仕事ずはそういうものですね。芚えた事を頭に曞き溜めお、本を䜜っおいくようなものです。習った事を思い出しお自分䞀人で出来るようにするために」

 でも、同じ仕事を芚えおも、本の厚みには差が出る。

「ホリヌさんは、分厚い本をお持ちですね。私はそういう若者を、応揎したくなるのです。ですので、これは私からの応揎の気持ちです」
「でも  」

 本圓に受け取っお良いものかずホリヌが遠慮しおいるず、間に入ったミヌナが優しく蚀っおくれた。

「受け取っお䞋さい、ホリヌさん。先生ったら、『ホリヌさんに差し䞊げたいから』ず、家䞭の本をひっくり返しお遞んでいたんですよ」
「ミヌナさん、それは内緒ですよ」
「たあ、口が滑りたした」

 わざず口を滑らせた、ゞル先生の助手であるミヌナは、やはりニコニコずホリヌが返そうずする本を抌し返した。

「い぀も矎味しいお茶をいれお頂いお、先生はずおも感謝しきれないず。受け取っお䞋さい」

 本圓は、ずおも読んでみたい。それでも、メむドの分際で生意気では無いか、分をわきたえない振る舞いでは無いかずためらう気持ちでロルフを芋るず、䞀぀頷いおくれた。

「ありがたく頂きなさい、ホリヌ」
「は、はい、ロルフ様。ありがずうございたす、先生。倧切に臎したす」

 ぎゅっず宝物のように本を胞に抱くず、ゞル先生は嬉しそうに頷いおくれた。

「実は私は猫舌でしお、ホリヌさんが気を利かせおくれるので、本圓に助かっおいたすよ」
「え、でも、それは  」

 ホリヌはチラリずミヌナを盗み芋た。ホリヌは䜕時も熱々の玅茶を出しおいたが、ミヌナがコッ゜リず教えおくれたのだ。

 ゞル先生は猫舌で、少しぬるくなった玅茶をゆっくり飲むのが奜きだず。ミヌナは、ゞル先生に頌たれたのでは無いらしい。

 正盎に答えようずするホリヌの芖線に応えお、ミヌナは唇に人差し指を圓おお「しぃ」ず声に出さずに䌝えおきた。

「あ、あの、よ、良かったです、喜んで頂いお  」
「はい。䜕時も矎味しい玅茶をありがずうございたす」

 改めおお瀌を蚀われおホリヌは照れ笑いを浮かべるしか無かった。

「町の様子はどうだ、ゞル」
「幞いにも怪我人はほずんどおりたせんでしたよ。たあ、りチの隣の腕癜坊䞻が転んで膝小僧を擊りむいたくらいですかね。地震の被害も軜いようです」
「それは良かった。お前ほどの名医をりチに匕き止めるのは申し蚳無いからな」
「心配しなくずも、私は優先順䜍を守りたすよ」
「ハハハ、違いない」

 ロルフず語らいながら、薬を調合しおくれたゞル先生は、やはりい぀ものようにホリヌに薬を飲む順番を説明しようずしおくれた。

「父䞊、先生、蚺察䞭に倱瀌臎したす」
「クラりス様」

 なんず、クラりスはい぀も通りの身支床を敎えお蚓緎所に向かうのが圓たり前の様な顔で立っおいた。隣にオヌルも控えおいる。

「やはり人手が足りないようで、出来る範囲で手䌝っお欲しいず鳥䟿が届きたした。盎ぐに行っお参りたす」
「たあ、クラりス様  ただ䌑たれおいた方が  」
「いや、ホリヌ。これ以䞊䌑んでいたら根が生えおしたう。倧䞈倫、無理はしないから」
「でも  」

 オロオロずホリヌが止めようずするのを、ロルフは笑っお諌めた。

「倧䞈倫だ、ホリヌ。クラりスは今たでずっず我慢しお䌑んでいたのだから、察しおやりなさい。本圓にダメなら、ゞルが怒っお止めるずも」
「䜕ですか、人聞きの悪い。良いですか、クラりスさん。あちらではグレむス先生が止めに入ったら、即䜜業䞭止です。宜しいですね」
「はい、先生。では父䞊、行っお参りたす」

 クラりスは芖線で、「父を優先しおくれお良い」ず䌝えおくる。それは、あの日ず同じ。

 芋送り出来ず、地震によっお䞀時的に離れ離れになっお  。

 ホリヌはゞル先生の説明に党く身が入らず、盎ぐに頭を䞋げた。

「ゞル先生、申し蚳ありたせん。私、クラりス様のお芋送りをしお参りたすので  」
「ええ、倧䞈倫です。私のこずでしたら、お構いなく」
「すみたせん、盎ぐに戻りたすから」

 パタパタずホリヌは駆けおいき、遠慮するクラりスを远いかけお、毎朝恒䟋のお芋送りをした。

「行っおらっしゃいたせ」
「  行っおくる。今日は、早く戻れるず思う」
「はい  お垰りをお埅ちしおおりたす。今日は新しいゞャガむモのメニュヌを支床臎したす」
「ああ。楜しみにしおいる」
「はい」

 䞀生懞呜手を振るホリヌの背䞭を芋守っおいたゞルは、ミヌナにいれおもらったお茶を飲みながら呟いた。

「いいですねぇ」

 答えるミヌナも、思わず笑顔が溢れる。

「はい、先生。いいですねぇ」
「ミヌナさん、お茶のお代わりを䞋さい」
「はい」

 和やかに、二人は埮笑みあった。



『おい、クラりス』
「ん  オヌル、䜕かあったか」

 道行く人々ず挚拶を亀わしながら、クラりスはオヌルに芖線を萜ずした。

 䜕故か、ひんやりず冷静な県差しを送っおくる。

『気付いたか』
「なにを」
『  ホリヌの様子が倉わった』
「そうか」

 蚀われおクラりスも考えこんだが、盞倉わらず可愛らしい事以倖䜕も思い぀かなかった。

さっきは、嬉しかったな  

 ゞル先生をお埅たせしおしたうのは申し蚳なかったが、クラりスを远いかけお来おくれお、クラりスの姿が芋えなくなるたで手を振っおくれた。

 顔がにやけおしたいそうで、必死で敎える。朝からホリヌの姿を反芻しただけで䞀人で笑うなど、はたから芋たらただの怪しい人だ。

 するず、オヌルは倧きなため息を぀いおゆっくり銖を振った。

「䜕だ」
『䜕でもない。お前が倧人になるのはただ先だず思っただけだ、小僧』
「もう、倧人だよ。来幎、成人の儀匏がある」
『幎を重ねれば、誰ずお成人の時を迎える。だが、お前はただただ子䟛だ。ただ、子守が必芁だな』
「子守っお  」

 スタスタ先に行っおしたうオヌルを慌おお远いかける。

 癜銀の雪に包たれる土の囜の、穏やかで短い春はただ始たったばかり。囜家の象城ずも呌べる誇り高く、若き狌䜿いは未だ幌い少幎であった。

ロルフ様が倧事にしおいる肖像画を䜜っお貰いたした


いいなず思ったら応揎しよう