
街道沿いのチョコバッキー
「あ、こんなところにシャトレーゼができてたんだ」
街道沿いを走らせながら、ハンドルを握る姉が言った。
近くの大学病院に入院していた父を迎えに行った帰りのことだ。
実家を離れて久しい姉には、バイトで通ったはずの道も新鮮に映る。
「そう、1、2年ほど前かな」
そばを通ることは滅多にないけど、できたことは知っている。
そういう話は地元にいれば、知らない間に耳にするものだから。
「シャトレーゼって言ったらさあ、チョコバッキー、知ってる?」
過ぎ行く店舗を背中に、姉が聞いてきた。
知ってるも何も。
仕事場の最寄りにあるショッピングビルにも、シャトレーゼが入っている。
体によくないから、ふだんは冷たいものはなるべく避けているが、灼熱の日々に根負けするとチョコミント味を1本取ってはレジに直行する。
アイスが溶けて滴が落ちないうちに、表の広場で一息に食べきるのが私なりの夏の風物詩である。
「いやあ、おいしいよねぇー!」
「チョコがパキパキしてさ! あれ天才だわ」
「ファミマでも売ってたけど、ちょっと割高なのよ」
父は、何の話やらわからないからか、ぼんやりと助手席で前を見たままだった。
5月の終わりのわりに、きょうは蒸し暑い。
南中目指して高く昇る太陽がまぶしいまま、家路についた。
父のカバンを持ちながら玄関のカギを開けると、家で待っていた母が飛び出てきた。
退院を心待ちにしていたからかと思いきや、
「いま病院から電話がきて、お父さん、勝手に病室出てきたって!」
確かに、やせ細った父の手首にはリストバンドがついたままである。
入院病棟には本人以外入れないため、
総合受付で待機していた姉妹は、もう手続きを済ませているものだと思っていた。
片や父は、看護師さんがほかの患者を対応しているうちに、自分への用は済んだと思い込んだようだった。
それは見送りもなく、随分と寂しい退院だったに違いない。
ひどい勘違いだが、もう米寿となればそんなもんだろうか。
無下に扱われたなどと怒ることもなく、それは済まなかったとためらいながら詫びたのが、せめてもの救いだった。
「退院説明をしたいので、家族に来てほしい」という伝言を受け、姉の運転で再び病院に向かう。
そして自分だけ車を降り、看護師さんに会いに行った。
きのうまで父が寝ていたベッドの脇で説明を聞き、書類にサインをする。
それから…と看護師さんが渡してくれたのは、テレビカードだった。
「まだ度数が残ってるので、帰りに精算機に寄ってください」
言われたとおりにカードを通すと、百円四枚と数十円、ズジャ、ズジャ、と落ちてきた。
機械の脇にあった「お見舞い」と書かれたポチ袋に、カードと小銭を入れて車に戻る。
「はあ、やれやれだったよ」
「こんなことあるー!?」
ケラケラと笑いながら再び街道沿いに出た頃、
「シャトレーゼ寄ってこうか」と姉が言った。
なんて勘がいいのだ。いや、姉は何も知らないだろうけど。
減速して駐車場に車を停めたところで、
「ちょうど軍資金も手に入ったよ」と、ポチ袋を取り出した。
「へぇ、いろんなおやつがあるね」
「やっぱりお手ごろだ」
初めて入った店内をひと回りしながら、焼き菓子や和菓子の並びを眺める。
そういえば子供のとき、お盆におばあちゃんちに行くと、
夕方、父から千円札を渡されて姉妹で近くの商店に出向くのが定番だった。
薄暗くて埃っぽい店先で、ばら売りの花火を選ぶ。
空がすっかり暗くなると、父と姉と3人で家の前にあるグラウンドに出て遊ぶのだ。
1日もいれば実は退屈な帰省の、特別な楽しみだった。
バチバチと火花が飛ぶ手持ち花火に、へび玉、パラシュートが降って来る打ち上げ花火も大好きだった。
店で「それは見かけ倒しだから」と姉に諫められたキラキラの手持ち花火は本当に見かけ倒しで、迫力に欠けた炎にしょんぼりしたのも、うっすらと懐かしい。
レモンケーキとか季節限定のブッセとか、誘惑はたくさんあったけど、
それでもやっぱり、チョコバッキーは私たちの心をつかんで離さなかった。
冷凍ケースの前でほかのアイスも眺めたうえ、「大人のチョコバッキー 焦がしバターキャラメル」を選ぶ。
「いいんじゃん? オトナだし」
「近くのスーパーにチョコバッキーあるけど、これは見かけないし」
5本パックをひとつ、レジに差し出す。
テレビカードの残金で足りない分は、私が出した。
だって、もうオトナだし。
「よし、帰ろ!」
「溶けないうちにね」
太陽に見つからないよう、ショッピングバッグを助手席の陰に置いて家路についた。