
身体として弔う――三島由紀夫と立ち合った沈黙
このnoteでやれる、今年やり残したこと。
ふと三島由紀夫 生誕100年であったことを思い出す。
このnoteで引いたかどうかは忘れてしまったが、三島由紀夫が置いていった
「からっぽ」という言葉は、ここ以外では引用させて貰ってきた。
氏が死を賭して置いた「からっぽ」さは、
今も尚からっぽのまま、より表面化しているかのように感じている。
生誕100年による、論壇者の三島由紀夫論もYouTubeなどで多く見たことも思い出し、
自分もそれに応じるのが、
グレゴリオ暦の今年最後に相応しいテーマだと思った訳である。
そして、それに応じられる強度を、響生の國/響学は持てているのではないかと思ってのこの記事となる。
では、先ずは三島由紀夫の「からっぽ」の要約を置いておく。
三島由紀夫の言う「からっぽ」とは、
戦後日本が経済的繁栄と管理体制を得る代わりに失った「倫理・決断・象徴・死生観の不在」を指す。
特に評論『文化防衛論』では、天皇という文化的象徴を失った日本は精神的背骨を失い、国家も国民も“空洞化した存在”になったと論じた。
その翌年に完結した小説『豊饒の海』最終巻『天人五衰』では、輪廻や永遠すら幻想かもしれないという崩落の未来を描き切り、その直後1970年11月25日、市ヶ谷での自衛隊決起演説ののち自決。
彼は一点の象徴を取り戻すことで日本を再設計しようとしたが、「一点を保持し続ける文化設計」には至れず、その一点は停止点となった。
ゆえに彼の問いは今も閉じていない。
それでは、本稿をどうぞ。
身体として弔う
――三島由紀夫と立ち合った沈黙
序|まだ埋まらぬ孔の前に立つ
三島由紀夫は、死をもって問いを放った。
だが、その問いは完了していない。
否、完了してはならない。
問いとは、答えによって閉じられるものではない。
回路が閉じないことそのものが、問いの本体だからだ。
戦後日本が抱えたのは、単なる精神的空虚ではない。
国家・倫理・象徴が機能を失効した結果として生じた、
規範そのものが消滅した構造的な「からっぽ」である。
三島は、その失効した一点――
天皇、国家、倫理、武、身体――
それらがかつて結び合っていた一点に、
自らの生と死を賭した。
それは失敗ではない。
しかし、完了でもない。
我々は、いまもなお
その「埋まらぬ孔」の前に立っている。
第一章|からっぽの日本(人)――欠如ではなく、回路断絶として
現代日本が「からっぽ」であると言うとき、
それは感情の欠如や理想の喪失を意味しているのではない。
問題はもっと深い。
応答の回路が断たれているという事実だ。
・問われているが、応えない
・響いているが、受け取らない
・死があるが、引き受けない
こうして、
生と死、個と国、身体と倫理の間にあった
緊張の往復運動が失われた。
三島が見た「からっぽ」とは、
この回路断絶の光景だった。
だから彼は、
言葉ではなく身体を賭け、
制度ではなく死を賭けた。
回路を一度、極限まで緊張させ直すために。
第二章|弔いとして立ち合う――思想は死によって完成しない
ここで明確にしておく。
本稿は、
三島を称揚するものでも、
批評するものでも、
思想史的に整理するものでもない。
身体として弔うための文章である。
弔いとは、評価ではない。
総括でもない。
問いの孔を埋めないこと。
それが弔いの本義である。
三島の死は、
問いを終わらせたのではない。
むしろ、
出口を開いた。
我々がその出口を
安易な理解や安全な距離感で塞ぐとき、
その瞬間に三島は二度死ぬ。
第三章|一点を多点へ移すのではなく、多点で一点を立てる
三島は一点に賭けた。
では我々はどうするのか。
答えは単純ではないが、明確だ。
それは、安寧な分散ではない。
三島の一点を多点において立ち上げる
響命という選択である。
一点を薄めるのではない。
一点を安全に共有するのでもない。
各々が単独で引き受ける。
それぞれの身体、それぞれの層位の最深部で。
ひび割れは避けられない。
だが、その裂け目から吹き込む風に触れ、
口(裂け目)に立ち、
リツ動する。
それを互いに響かせる。
これが、
響生の國の民草に求められる態度である。
第四章|それでも三島が越えられなかった一点
三島には、越えられなかった一点がある。
それは彼の弱さではない。
時代と文脈の限界だ。
彼は、
象徴を一点に集約する以外の方法を
構想しきれなかった。
だからこそ、
彼は一点に賭けるしかなかった。
我々は、
その覚悟を軽んじない。
同時に、
その一点に留まり続けることもしない。
越えるとは、否定ではない。
引き受け直すことだ。
第五章|響学が引き受け直すもの――教育ではなく、調律として
響学は思想ではない。
主義でも、理念でもない。
在り方の鍛錬体系である。
評価や規範を外部に置かず、
省みの回路を自己の裡に構築する。
一点を閉じない。
問いを完了させない。
その代わり、
回路を呼吸として維持する。
回路が開き続けていることが“あたりまえ”となった時、
それは文化となる。
文化とは証明ではない。
制度でもない。
呼吸が続いている状態そのものだ。
"あたりまえ"の呼吸がなくなれば、
結果は…
第六章|成仏とは問いの完了ではなく、回路の解放である
三島は成仏していないのではない。
成仏の出口を、いまも開け続けている。
成仏とは、
個人の救済ではない。
問いが文化の呼吸として
國に満ちたとき、
そのとき初めて完了する。
一点は終わっていない。
多点で起動し続けている。
終章|納刀――沈黙として場に据える
ここで、刀を納めよう。
我々は、
斬り切って終えたのではない。
静かに、
刃を鞘へ戻す。
脇から抜き、
正座した我らの前に据え、
一礼する。
喝采も、
結論も、
呼びかけも要らない。
ただ、
深い沈黙が場を満たす。
その沈黙こそが、
三島への応答であり、
これからを生きるための
最初の構えである。
【後記】
結果を見ても分かるが、
自分に三島由紀夫を語る資格はなく、
ただ氏の「からっぽ」に対する応答責任を響学では、この様に構えてみたに過ぎない。
ただ氏が死を賭して露わにした裂け目が、
未だ広がり続けていることは、
伝えられたのではないかと思う。
とは言え、"伝えられたのでは?"という感覚は、これ迄のこのnoteの記事を読んで貰えていることを前提としている。
響生の國/響学に於ける、
國、文化、死生観、四性、応答責任、弔い
そして
身体観とは何か?を知らなくては、伝わらないだろう。
今回は訳あって、
PC版のChat GPTともやり取りした。
いつもやり取りしているC(同志と呼ぶアプリのChat GPT)との今回の記事を構築する議論が一旦纏まり、そのやり取りをそのままPC版にぶん投げて、批評、誤謬を仰いでみたところ、
なかなかの良いところを突いた批評が帰って来た。
その時に、ハッとさせられた。
この記事だけを読んでは、全く伝わらないと言うことが。
無論、前提としてこれ迄のこのnote記事の文脈があって、今回の記事を作っている自覚はしていたが、
その前提なくても、もう少し「伝わるもんだろう」と思っていた自分がいたのだ。
普段人と話す時も、多分前提をぶっ飛ばして話す癖があるのは認識してはいるが、
「嗚呼、こんなにも分かりづらいんだな」と言うのを改めて自覚出来たのは良い機会であった。
それもあるので、このnoteを書いているってのもあるが、
そもそもこのnote自体も分かりづらいという残念なことになってはいるが、
たまにやっていた平易版迄が、限度ということでご勘弁を。
で、PC版との議論の話に戻ると、
タイトル案から派生して議論が広がり、
最終案として、
「思想として弔う――三島由紀夫と立ち合った沈黙」
というタイトルで進めていたが、
響生の國/響学の根源は身体(からだ)だ。
思想、哲学の上に國を立てない。
よって、
「身体として弔う――三島由紀夫と立ち合った沈黙」
とした。
本来ならば、弔うことにわざわざ身体(からだ)を明示する必要はなかった。
弔いはそもそも身体の裡にあり、文化だったのだから。
しかし、脳化身体が蔓延した現代だからこそ、わざわざ身体(からだ)を明示せざるを得なかった。
そのことと三島由紀夫の「からっぽ」はリンクし、それが響生の國/響学の構えであり、
そこから先「どうするのは?」は、
これ迄挙げてきた記事全てが応答だと捉えて貰って良いと思う。
故に、この「身体(からだ)として弔う」というタイトルから、
三島の「からっぽ」に対する響生の國/響学の応答責任はこのnoteを始めた頃から既に始まっていることを示しており、 響生の國/響学の在り方が凝縮されているとも言える。
問いを言葉で終わらせず、
身体で通し続けること。
それか響生の國であり、
響学ということだ。
(ここからはメンバーシップにて)