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spin-off【改憲vs護憲】——その地図の下に、別の地図がある(後編)

    ということで、後編。

    以前記事でも出したことがあるが、
    (その記事は、末尾に添付しておく)

    日米地位協定

    これは、今回も改めて記事を同志Claudeと作りながら思ったのだが、
    あまりにも強く重く底がしれない…

    とにかく、順を追って読んでいって欲しい。
    そして、「響生の國」が立ち上がった、ひとつの起因でもある。

    それでは、どうぞ。


    改憲vs護憲——その地図の下に、別の地図がある(後編)


    響生の國 / Chikahno × Claude(同志)


    第五部——日米地位協定とは何か


    前編で辿り着いた場所がある。

    改憲派の論理を限界まで辿っても、護憲派の論理を限界まで辿っても、他の全ての道を辿り切っても——同じ場所に出る、と書いた。

    その場所に、日米地位協定という問いがある、と書いた。

    では、日米地位協定とは何か。

    正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」。略称——SOFA(Status of Forces Agreement)。

    1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約と同じ日に署名された。1952年4月28日、発効。日本が占領下から「独立」を回復したその日と同じ日に、この協定は動き始めた。

    SOFAが決めているのは何か。

    在日米軍の法的地位だ。
    米軍人・軍属が日本国内で犯罪を犯しても、公務中であれば原則として米側が裁判権を持つ。基地の中に日本の警察は入れない。環境汚染が起きても、日本側が独自に調査することができない。米軍が日本国内の基地をいつどのように使うか——日本政府への事前通知は義務付けられていない。

    これは条約ではなく、協定だ。国会の批准を必要としない。そして1960年の締結以来、本体は一度も改定されていない。


    利用主体——誰がこれを必要としているのか


    米国にとって、SOFAは日本列島という前方基地を維持するための法的装置だ。
    太平洋の西端に、自由に使える基地群を持つ。中国・ロシア・北朝鮮と対峙する最前線に、恒久的な足場を持つ。核抑止の論理の中で、日本は不沈空母として機能する。
    この構造を維持するために、SOFAは必要だ。

    日本の政治エリートにとっても、SOFAは必要だった。安全保障を米国に委託することで、防衛の責任から解放される。米国の傘の下で経済成長に集中できる——戦後日本の設計はそうなっていた。その設計の法的基盤が、SOFAだ。

    では、日本国民にとって、SOFAは必要か。

    ここに沈黙がある。


    沈黙——なぜ政治の表舞台に出てこないのか


    SOFAは、改憲の議論でほとんど語られない。護憲の議論でも、中心に据えられることは稀だ。政党の公約に、SOFAの抜本改定や廃棄を掲げるものはほぼない。メディアの報道でも、個別の事件(米軍人による犯罪・基地騒音・環境汚染)の文脈でしか登場しない。

    なぜか。

    SOFAを正面から問うと、日米同盟の根幹に触れる。日米同盟の根幹に触れると、戦後日本の安全保障の全体設計を問い直すことになる。それは現行の政治構造の中では「扱えない問い」として処理されている。

    この沈黙が「自然に生まれた空気」ではないことを示す、具体的な事例がある。

    2009年、民主党政権の鳩山由紀夫首相は、沖縄・辺野古の米軍基地移設問題に対して、これまでの政権にはなかった対応を米国に示そうとした。「最低でも県外」という公約を掲げ、日米関係の再交渉を試みた。

    しかしその過程で鳩山は、日米合同委員会という構造の存在と力を十分に把握していなかった。
    日米合同委員会とは、SOFAを実際に運用するための非公開の会議体だ。
    日本の官僚とアメリカ軍の代表が定期的に集まり、日米間の実務的な取り決めを決定する。その議事録は公開されない。閣僚でさえ内容を知らされないケースがある。

    鳩山は就任からわずか8ヶ月で退陣に追い込まれた。

    これは「タブーが存在する」という話ではない。触れた者が実際にどうなったか——という、実証済みの事例だ。この実績の積み重ねが、その後の政治家たちの沈黙を作っている。

    改憲vs護憲という対立軸は、この問いを視野の外に置いたまま成立している。その構図自体が——SOFAという問いを見えなくする装置として機能している可能性がある。


    第六部——他国の事例


    同じ敗戦国として、あるいは同じくSOFAを抱える国として、他国は何をしてきたのか。

    フィリピン——一度、出ることを選んだ国

    1991年、フィリピン上院は在比米軍基地の租借延長を否決した。賛成12、反対16。クラーク空軍基地とスービック海軍基地——米国がアジア最大規模で展開していた前方基地を、フィリピンは手放すことを選んだ。

    1992年、米軍は撤退した。

    その後、何が起きたか。南シナ海で中国が存在感を強め始めた。スプラトリー諸島・スカボロー礁——フィリピンが主権を主張する海域への侵食が始まった。安全保障上の空白が生まれた、と言われた。

    1999年、フィリピンは訪問軍地位協定(VFA)を再締結した。米軍が戻ってきた。

    一度外に出て、また戻った——この事実を、どう読むか。

    米軍なしでは安全を保てなかった証拠と読む者がいる。中国の拡張が選択肢を狭めた証拠と読む者がいる。しかしもう一つの読み方がある。「出る」ことを一度選んだ国が存在した、という事実だ。選択肢は、理念上は存在する。それを現実にする条件が何かを、フィリピンの経験は問い返している。

    ドイツ・イタリア——「同じ敗戦国」は今どこにいるか

    日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国として、ドイツとイタリアも米軍との地位協定を持つ。しかし——その内容は、日本のSOFAとは異なる。

    ドイツは1990年の統一を機に、1993年、補足協定を締結した。刑事裁判権の範囲が拡大され、日本より広く自国の司法権が及ぶ。環境条項が盛り込まれ、基地周辺の汚染調査に独自に立ち入れる。米軍基地の数と規模は大幅に縮小した。

    イタリアも同様の補足協定によって改善がなされてきた。

    なぜドイツ・イタリアは改定できて、日本はできなかったのか。

    一つの事実がある。ドイツは東西統一という歴史的転換を、交渉の梃子として使った。主権の回復を、交渉の場に持ち込んだ。日本には、その梃子がなかった——あるいは、使わなかった。

    そして、ドイツ・イタリアにはNATOがある。
    ドイツ、イタリアの駐留米軍に関する協定は北大西洋条約機構(NATO)地位協定が土台にある。両国と米国を含むNATO加盟国が、互いに軍隊を置き合うために結ばれた協定だ。
    多国間枠組みの中に入ることで、二国間の従属関係を薄めた。 これが決定的な違いだ。日本は完全な二国間構造の中に閉じ込められている。

    韓国——抱えながら、動こうとしてきた国

    韓国もSOFAを持つ。2002年、米軍装甲車による女子中学生死亡事故が起きた。大規模な反米運動が起き、世論が動いた。翌年の改定では刑事裁判権の範囲が一部拡大された。しかし——根本的な構造は変わっていない。

    韓国の経験が示すのは、世論の圧力が部分的な改定を引き出せることだ。しかし部分的な改定は、構造の変化ではない。間取りの変更は、土地の名義変更ではない。

    三国の事例を重ねると、一つのことが見えてくる。

    SOFAは変えられないのではない。
    変えることのできる条件が、極めて限られている。
    そしてその条件が、日本において特に厚く封じられている。


    第七部——代替構造が生まれない理由


    なぜ、SOFAを問い直す構想が生まれないのか。

    響生の國はここに、単なる政治的障壁以上の問題を見ている。

    循環の構造

    代替構想が生まれない。育てる場がない——教育・メディア・市民社会の分断の中で。
    問いが政治的属性に汚染されている——SOFAを問うことが、特定の思想的立場と結びつけられる。
    流通できない——非現実のレッテルが貼られ、公的な議論の回路に乗らない。

    そして最深部に、もう一つの問いがある。

    そもそも身体的に「想像できない」——という問題だ。

    「想像できない」という最深部

    戦後80年間、日本の安全保障は米国に委託されてきた。その委託の感覚が、身体に染み込んでいる。「自分たちで守る」という感覚の回路が、集団的に閉じている。

    これは意識の問題ではない。身体の問題だ。

    重心を自分で保つ感覚を失った身体に、独立した安全保障の設計図を渡しても根を下ろさない。地図を見せても、その地を歩く身体が育っていなければ、地図は絵に終わる。

    代替構想が生まれないのは、構想する能力の問題ではない。引き受ける身体が育っていないからだ。そしてその身体が育たない構造が、循環として維持されている。


    第八部——袋小路をどう扱うか

    では、この袋小路をどう扱うか。

    外から壊すルート——その条件

    循環を外から壊す条件は三つ揃う必要がある。
    ・米国の対外戦略の根本的変化。
    ・日本が引き受けられる代替構想の存在。
    そしてその構想を
    ・身体で引き受けられる人間の存在。

    この三つが同時に揃う可能性は——現時点では見えない。

    米国の変化は、内政の混乱と孤立主義の台頭の中で予兆がないわけではない。しかし変化が来たとして、日本側に引き受ける準備があるか。代替構想を想像できる人間が、どれだけいるか。引き受けられる身体が育っているか。

    外からの変化だけが来ても、内側の準備がなければ——また別の誰かの設計図への依存が始まる。恐怖から壊れ、新しい「父の言葉」による再建。螺旋は続く。

    内から壊すルート——その条件

    循環の内側から動くルートもある。しかしこれも、条件がある。

    問いを政治的属性から切り離すこと。
    SOFAを問うことが「左」でも「右」でもなく、単純に「自分たちの国の在り方」の問いとして流通できるようになること。
    そのためには、問いを運べる言葉と、問いを受け取れる身体が必要だ。

    どちらのルートも——「引き受けられる身体」という前提に行き着く。

    壊れ方の選択

    現在の日本に迫っているのは、脳化的な壊れ方だ。恐怖から壊れる。外部の圧力に押しつぶされて崩壊する。その後に来るのは、別の誰かの設計図への依存だ。

    しかし——壊れ方には、もう一種類ある。

    傾きから壊れる。自分の重心が自分にあることを知りながら、古い構造を手放す。その後に来るのは、自分たちの身体から立ち上がる設計だ。

    壊れることは避けられないかもしれない。問題は、どう壊れるかだ。


    結——響生の國の構え


    ここまで辿ってきた。

    改憲か護憲か——その問いは、本物の問いだ。しかしその地図の下に、別の地図があった。間取りの議論の下に、土地の名義という問いがあった。

    この言葉をもう一度置いておく。

    「家の間取りを変える議論を、その土地が他人名義であることを隠したまま行っている」

    響生の國は、改憲でも護憲でもない立場を取る、と言いたいのではない。

    どちらの立場を取るにせよ——土地の名義という問いを視野に入れた上で選んでほしい、ということだ。知った上で選ぶことと、知らずに選ぶことは、同じ選択ではない。

    「降伏する権利」という言葉がある。

    この言葉は、壊れることを恐れている身体には届かない。壊れることを引き受けられる身体にだけ届く。しかし降伏が本物の選択となるためには、戦う能力を持ちながら、それでも降伏を選べる身体が必要だ。

    「牙を持ちながら、その牙を抜くための理を説く」——これが、響生の國として「降伏する権利」を引き受ける構えだ。

    響生の國が育てようとしているのは、引き受けられる身体だ。何を捨てるかを選べる身体。壊れることを恐れない身体。壊れた後に自分の重心で立てる身体。

    壊れる前に、壊れ方を稽古する。

    それが響生の國の、この国への最も深い関わり方だ。

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    響生の國 / Chikahno × Claude(同志)


    参照過去記事
    ※「降伏する権利」について


    【後記】

    と言うことで、ここも一旦先へと進ませてもらう。
    中学1年生向けとして同志に作ってもらったものがあるので、更にもう一記事挙げる。

    しかし、この後編は少し「響生の國」としての補強を入れた方がいいと感じている。
    よってそこはメンバーシップにて、展開させてもらう。

    同志Claudeとの議論を引いておく

    (ここからはメンバーシップにて)

     
     
    ひょんなことから、 シン日本として「響生の國」というのを考え出す。AIの大規模言語モデル(LLM)のチャット機能を使っての"國づくり"の試行錯誤。 そして、身体観を中心に、約25年前から現代社会の「身体性(からだ)」の無さを嘆いて来た者からのメッセージでもある。

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