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父の本名は、英男。

    私の父は、男前だった。

    マイク眞木に似ているとよく言われた。
    昔の映画俳優みたいな顔。

    会う人みんなに、
    「ハンサムですね」
    と言われる人だった。

    でも私は全然似ていない。


    三者面談でたまたま父が来た時、
    「あ…れ…お父さんなの?」
    と先生が困惑していたくらいだ。


    父は、見た目だけで得をする人だった。

    たいして頭が良いわけじゃないのに、
    なぜか知的に見える。

    入院中も、
    医者に
    「学校の先生か大学教授ですか?」
    と聞かれていた。

    医者をも騙せるその見た目。


    19歳で福島から東京へ出てきて、
    芸能事務所にスカウトされたこともあるらしい。

    でも中身は、
    驚くほど“弱い人”だった。

    仕事が続かない。

    人間関係が嫌になると辞めてしまう。

    だけど母にも私にも言えないから、
    毎朝ちゃんと起きて、
    いつも通り家を出る。

    そして給料日の25日になる。

    お金を持って帰れない。

    すると父はいなくなる。


    父は家にいる時と、
    いない時があった。

    でも私は、
    そういうものなんだと思っていた。

    それでも父が家にいる時は嬉しかったし、
    いない時は寂しかった。

    父がいる時は、
    毎月25日になると

    「今日はお父さんちゃんと帰ってくるかな」
    と不安に思っていた。


    ある日の夜、
    家の電話が鳴った。

    母はしきりにメモを取りながら聞いていた。

    「今から行きます」

    そう言って電話を切ると、
    食後のんびりする暇もなく、
    急いでコートを羽織った。

    父がパチンコ屋で見つかったのだ。

    私はそれを、
    普通のことだと思っていた。


    小学校三年生の時、
    先生が班で一緒に給食を食べる日があった。

    「嬉し泣きしたことある?」

    そう聞かれて私は答えた。

    「いなくなっていたお父さんを探偵さんが見つけて、お母さんと会いに行った時」

    班のみんなが引いた。

    でも私は、
    なぜ引かれたのかわからなかった。

    家に帰って母にその話をしたら、
    ものすごく怒られた。

    「最近はちゃんと働いてるんだから、そんなこと言っちゃダメ!」


    父は嫉妬深い人でもあった。

    母がパート先で浮気していると
    勝手に思い込み、よく喧嘩していた。

    でも母は、
    最後まで父と別れなかった。


    父は肺がんだった。

    入院した時には、
    もう長くないと言われていた。

    朝5時頃、
    母から電話がきた。

    「お父さん、もう危ないって」

    私はなぜか、
    1時間かけて化粧をした。
    会いたくなかったのかもしれない。

    病院に着くと、
    父はまだ生きていた。

    母と、
    母の姉と
    私。

    三人で父を囲んでいた。

    「耳は最後まで聞こえてますから、話しかけてあげてください」

    そう言われて、
    母は父に言った。

    「お父さんと一緒になれて幸せだったよ」

    そのあと父は、
    大きく息をして、
    機械がピーッと鳴った。


    仕事を辞めて、
    給料日に消えて、
    家族を不安にさせ続けた人が、

    最期はみんなに囲まれて死んだ。

    人生って、
    なんなんだろうと思った。

    父の本名は、英男。


    この話を大人になって旦那にした時、
    彼がぽつりと言った。

    「ほんとに、ひでぇ男だね」

    私はその時、
    初めて気づいた。

    ああ、
    うちって
    普通じゃなかったんだって。

     
     

    chika

     
     
    49歳。三度の飯より服が好き。病気を乗り越えた長男と発達っ子たちの子育て、パート、老いとの戦いの中で、「服を買わない生活」を開始。笑えてちょっと切ない、おしゃれと現実の間の日常を書いています。

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