
不器用な私のまっすぐな生き方1
「#創作大賞2026」「エンタメ原作部門」
【あらすじ】
東北の小さな町で育った千賀子は、人との関わりに不器用なまま大人になった。学校でのいじめ、恋愛での裏切り、職場での人間関係、そして結婚後は義父母との同居や育児、介護、夫の浮気と無関心に苦しみながらも、ただひたすら前を向いて生きてきた。
傷つくたびに笑顔でやり過ごし、自分の気持ちを後回しにしてきた千賀子。しかし子どもを守りたいという思いが、やがて自分自身の人生を守る決意へと変わっていく。
これは、不器用でも真っすぐに生きた一人の女性が、自分の幸せと自由を取り戻すまでを描く再生の物語である。
序章 千賀子という女
千賀子は、泣くことをやめた女だった。
泣きすぎて泣けなくなったのか、 泣くことを許されない日々が長すぎたのか、 それはもう自分でもわからない。
ただ、 鏡の前で笑っている自分を見たとき、 ふと気づいた。
「ああ、私の笑顔って、誰かに怒られないための顔なんだ」
その瞬間、 胸の奥で何かが小さく音を立てて崩れた。
でも、崩れた音に気づく人は誰もいない。 千賀子は、いつも通り笑っていた。
第一章 生まれた家は、優しさと貧しさの間
千賀子が生まれたのは、 東北の小さな町だった。
冬は長く、 雪は深く、 人の心はあたたかいけれど、 生活はいつもギリギリだった。
父は猟銃を持つ男で、 母は畑を耕す女だった。
姉は頭が良く、 兄は優しく、 千賀子は―― ちょっと変わった子だった。
泣き虫で、 わがままで、 引っ込み思案で、 家が好きで、 外が怖かった。
保育園にはほとんど行かなかった。 行くと泣くからだ。
先生は叩くし、 子どもたちは騒がしいし、 千賀子はすぐに胸が苦しくなる。
家に帰ると、 犬と猫と鶏が迎えてくれた。
「ここが私の世界だ」 幼い千賀子は、そう思っていた。
季節が千賀子を育てた
春は雪解けのトンネルをくぐり、 夏は野を忍者のように走り、 秋はアケビを採り、 冬は硬雪の上で踊った。
自然は千賀子に優しかった。
でも、人間は違った。
小さな胸に刻まれた“違和感”
千賀子は、 好きなものより嫌いなものの方が多かった。
食べ物も、 人も、 学校も。
「人生って、こんなに嫌なことばかりなの?」
幼い千賀子は、 包丁を胸に当てたことがある。
でも、 母の顔が浮かんでやめた。
その日から、 千賀子は“生きる”ことを選んだ。
ただし、 自分のためではなく、誰かのために。
学校は、鬼の巣窟だった
学校は、 千賀子にとって“修行場”だった。
偏食で小食なのに完食を強制され、 先生の怒号が飛び、 いじめもあった。
新しい体操着を盗まれ、 パツパツの服で過ごした。
「なんで私ばっかり」
そう思っても、 誰も答えてくれない。
千賀子は、 泣きながら強くなった。
強くなったのではなく、固くなっただけ
千賀子は、 心を守るために“固く”なった。
優しさを出すと踏まれる。 弱さを見せると噛まれる。
だから、 笑ってごまかす術を覚えた。
笑えば、怒られない。 笑えば、嫌われない。 笑えば、傷つかない。
そう信じていた。
でも、 その笑顔が後に千賀子を苦しめることになる。