
私は彼を親方と呼ぶ
「どうしてでしょうね?」
親方はそう言って笑った。
困ったときに笑う。
私たちが作った新商品は、思ったほど売れなかった。
店舗でも。
ECでも。
売れないわけではない。
でも、なんというか、動きが鈍い。
私はそういう数字を見るのが苦手だ。
売れると思っていた商品ほど、数字を確認する回数が増える。
朝見て、昼見て、夕方見て。
見たところで数字は変わらないのに。
革小物を作っている。
デザイナーはいない。
だからまず私が作る。
こんなのがあったらいいなと思うものを形にする。
革を切って、縫って、磨いて。
試作品ができる。
それを親方に見せる。
親方といっても、私より二十歳年下の若蔵。
革は切れない。
縫えない。
型紙も引けない。
私がやっていることは、たぶん何ひとつできない。
それでも私は彼を親方と呼んでいる。
もちろん正式な肩書きではない。
私が勝手にそう呼んでいるだけだ。
最初は冗談だった気がする。
でも長く呼んでいるうちに、なんとなくしっくりきてしまった。
試作品を見た親方は言う。
「いいですね」
だったり、
「なんか、違うんですよね。」
だったりする。
私は毎回思う。
違うってなに?
どこをどうしたら、気に入る?
職人は曖昧な言葉に弱い。
三ミリ短くするならわかる。
角を丸くするならわかる。
でも、「いい感じに」は困る。
ところが不思議なもので、その曖昧なやりとりのなかで商品は少しずつ変わっていく。
良くなることもある。
変わらないこともある。
売れることもある。
売れないこともある。
だから余計にわからない。
親方に売る勘があるかと言われると、私は首をかしげる。
そんなこともないと思う。
もしあったら、こんなに悩んでいない。
店舗でお客さまと話している親方を見ることがある。
接客は本当に上手だ。
自然に話しかけて、自然に笑わせている。
でも、だからといって売れる商品が最初から見えているわけでもないらしい。
売れない商品を前にすると、親方も私と同じ顔をしている。
「どうしてでしょうね?」
と。
商売をしていると、答えの出ないことが多い。
良いものを作ったから売れるわけでもない。
手を抜いたものが売れるわけでもない。
店舗で手に取られていた商品が、ECでは動かないこともある。
逆もある。
お客さまのことを考えて作ったはずなのに、まるで届かないこともある。
私は作る人だ。
親方は売る人だ。
そう思っていた。
でも最近は少し違う気がしている。
私は革を見ている。
親方は人を見ている。
ただ、それだけなのかもしれない。
売れる理由も。
売れない理由も。
本当のところは誰にもわからない。
だから私は今日も革を切る。
親方は今日も店に立つ。
そして売上を見ながら、また言
「どうしてでしょうね?」
たぶん、その答えはこれからも出ない。
それでも商売は続いていく。
だから私は、親方と呼ぶ。