
暮らし|「サクサク ジュワ」で甘み広がる、アスパラの肉巻きフライ
「サクサク ジュワで、甘みが口一杯に広がったのが忘れられない」
ソテー・パスタ・チーズ焼き…レシピを検索していたら、ふっと母の言葉を思い出した。
食べることの好きな我が家は、週末になるとそれぞれ食べたい料理を提案し合い一週間の献立を決めている。その週はアスパラで何か一品作りたいと思っていて、母が20代の頃、父と食べたアスパラの肉巻きフライが忘れられないと言っていたのを思い出した。
母が父と訪れたその串カツ屋さんでは、コースを選ぶと一皿ごとに料理の説明があり、普段は目にしない串カツやタレを楽しめた。職人さんの創意工夫に溢れた料理を前に、両親の会話も自然と弾んだそう。
中でもアスパラの肉巻きフライは、アスパラ一本まるまるフライされた迫力のビジュアルで、熱々をほおばると衣・肉・アスパラの三層の食感と心地よい甘みが口の中一杯に広がって、その滋味豊かな味わいはとても印象に残ったのだとか。
それ以来「サクサク ジュワ」が忘れられなくなった母は、自宅でもお店のマネをして何回か作ってみたりもしたらしい。けれども姉や私が生まれ、お店になかなか行けなくなり、自宅で作るゆとりもなくなり、いつしかアスパラの肉巻きフライはアスパラのベーコン巻きにとって変わられていったのだとか。
そういえば学生の頃、一口サイズになったアスパラのベーコン巻きがお弁当によく入っていたように思う。こうして改めて思い返してみると、アスパラの肉巻きフライにもアスパラのベーコン巻きにも、その時々母の思い出があるのだなと、少し感慨深い気持ちになった。
週の献立で迷っていたアスパラの一品は、アスパラの肉巻きフライを作ることにしよう。母が喜んでくれたらいいなと願いながら、私も思い出の味を楽しみに当日を迎えた。
アスパラは、朝一番に洗ってしっかり乾かした。以前菜の花を揚げた時、水分が残っていたようでとんでもなく油が跳ねて、小さなキッチンなのでちょっとしたパニック状態になったことがあった。鍋蓋を盾に母も参戦する事態になってしまったので、何を忘れても水切りは絶対だった。
アスパラの根元を切り落として、ピーラーで下1/4くらい皮を剥く。豚バラ肉に塩・胡椒を振り下味をつけて、アスパラにくるくる巻いていく。お肉が途中で切れそうになるので、思っていたよりも難しい。こうして目の前の食材に集中する時間は、心が静まる。美味しく出来るといいな、母に喜んでもらえますようにと想いを込めて巻いていった。
アスパラにお肉を巻き終えたら、薄力粉→溶き卵→パン粉の順にまぶして、フライパンで揚げ焼きにする。母が忘れられない串カツ屋さんのフライに近づけるべく、いずれの工程でもアスパラを優しく転がして出来るだけ綺麗にパン粉をまぶし、揚げ焼きしようと張り切っていた。
ところが、いざ取り掛かってみるとトレーやフライパンよりもアスパラの方が長い。さらにはゆるくカーブのかかったものもあって転がしづらいことが判明する。上手く転がせない中、菜箸でひっくり返す場面もあり、まぶしたパン粉が取れてしまわない様に出来るだけ力を加えず2〜3本ずつ揚げ焼きにしていった。一番心配していた油跳ねは、今回は起こらずスムーズに揚げ終えることが出来た。
アスパラの肉巻きフライの他に野菜スープも用意していたので、スープとご飯も急いで盛り付け、母の待つ食卓へ運んだ。リムトレーにまるまる一本の姿で盛り付けられたアスパラの肉巻きフライに、母は「わぁ…!」と小さく歓声をあげた。

「いただきます」二人で熱々をほおばる。サクサクの衣とジューシーな豚肉に包まれたアスパラの甘みが熱と一緒に口の中でじんわり広がった。本当に「サクサク ジュワ」だった!フライにする事で、食材そのものの甘みがぐっと増している。母も昔話に花を咲かせながら、笑顔で食べ進めてくれていた。私はようやくホッとして、充実感に包まれていた。
心のこもった料理があると、食のひと時は花が咲いたように柔らかで華やかな時になる。かつて職人さんの料理で両親の会話が弾んだ様に、母と私の会話も弾んだ。50年近く経っているので、その串カツ屋さんに伺うことはもう出来ないかも知れないけれど、母の思い出の味を一緒に食べ過ごせている今日がとても幸せだ。
この何気ない一日が、母にとってまた新たな思い出の一つになっていたら嬉しいなと思う。
ここまでお読み頂きありがとうございました 𓌉◯𓇋
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