
僕の青い車で海へ行こう
孫に好かれたい。妻には負けたくない。
現在の「孫からの好かれポイント」は、娘の家に行く機会が多い妻が明らかに優勢だ。少しのあいだ孫の世話を頼みたいときは、じいじよりばあばが頼られるのは致し方ない。
「孫からの好かれポイント」で逆転を狙うには、自分が持つ最善の手札を使い大きく勝負に出たいところ。勝負に勝てるなら、妻を踏み台にすることに躊躇はない。我ながらとんでもなく性格が悪いなと思う。
しかし、勝つためにいちいち手段を選んでいたら生き残れない。これは、すべての生物のDNAに刻まれていることだから仕方がないのだ。知らんけど。
さて、孫は最近電車と車に興味を持っている。特にお気に入りなのは、近鉄特急「青のシンフォニー」と、青いゴミ収集車。そう、孫は青色が好きなのだ。
孫を送迎するときには、妻の軽自動車を使う。僕の車はマンションの機械式駐車場の地下に置いてあるので、孫の記憶にはほとんどないはずだ。娘が出産して退院するときに、一度乗せたっきりだと思う。
妻の車は、白とシルバーのツートンカラー。そして、僕の車は青色。ある日、ふとひらめいた。
孫の気を引くのに、僕の車を使わない手はないのでは。
これで「孫からの好かれポイント」で妻に追いつき追い越せる。
自分で言うのも何だが、せこい。

さあ、実行するなら早いほうがよい。孫が来た日に「じいじの車、見に行こうか」と、用事もないのに駐車場から車を出し、僕の青い車を見せつける。
機械式駐車場の地下からせり上がってくる車を見て「じいじ、あおのブーブー!」とテンションが上がり、目をキラキラさせている孫。
よしよし、なかなか上々の反応だと思っていた刹那。
「うわ!虫だらけやん!きっしょ!」と、横で見ていた娘が吐き捨てた。
なにが「きっしょ(気色悪い)」や。黙っとけよおまえは。
確かに、数日前に夜の高速道路を走ったからか、車の前面には小さな羽虫や蛾などの虫の死骸が無数にへばりついている。
ぬかった。孫は、虫が大嫌いなのだ。
洗車してから見せればよかったのだが、すでに後の祭り。虫に気づいた孫の目からは、みるみると輝きが失われていく。
さらに、妻が「あらー、じいじの車はムイムイ(虫のこと)だらけで気色悪いねー」と孫に話しかけている。なんでダメ押ししてくんねん。

「じいじ、あおのブーブー、イヤ!」
青い車よりも虫の気持ち悪さが勝ってしまった孫の気持ちをひっくり返すのは、もう不可能だった。無理やり運転席に座らせてハンドルを握らせてみても、涙目で「じいじ、青のブーブー、ない!ムイムイ、イヤ!」とすぐ降りて家に帰ってしまった。
やられた。というか、僕の作戦ミスだ。
妻は「付け焼き刃のせこい作戦ではどうにもならんで」とでも言いたげに、勝ち誇った顔で僕を見ている。いつもながら悪い目で見てくるよな。
そのまま駐車場の地下にしまわれていった青い車は、気のせいか寂しげに見えた。虫だらけで放っておいたせいで孫に嫌われてしまい、申し訳ない。
孫よ。君が生まれて初めて乗った車は、じいじの青い車なんやで。いつか僕の青い車で海に行ってくれるかな。次までには洗車しておくからね。
それにしても虫め。
文章と写真:知院ゆじ