
その一瞬に、生かされる|白馬プチ移住での気づき⛰️
リビングから響く洋楽、隣の部屋の人の話し声。
だれかが置いていった調味料で料理をし、顔を合わせれば少しだけ言葉をかわす。
偶然、同じ空間につどい、ほんのひとときの時間をともにして、それぞれの日常にかえっていく。
そんな場所が、ゲストハウス。
北アルプスの麓、さわやかな初夏の風が吹く、長野県白馬村。
私はそこで2週間、ゲストハウスの住み込みバイトをしていた。

私の29歳は、地獄だった。
転職後、1年しないうちに退職。心だけでなく身体も壊滅的にやられたらしく、この先一生つきあう病気が判明したうえ、三途の川をわたりかけた。
そこからどうにか回復してきたものの、30歳、無職のいま、否応なく今後の人生を考えさせられる。
そんななか、頻繁に「おひとりさま」が頭をかすめていた。
いまの私は単身者。パートナーがいても、結婚にあまり魅力を感じない。
もし結婚したとしても、相手と一生を添い遂げられるとは限らない。
それに、私はひとりっ子。遠方に住む親になにかあったとき、頼れる人はいない。自分ひとりで判断して、行動しなければならない。
これからを考えると、とてつもない不安が胸を襲う。
幸せなことだけじゃない、ままならないこの現実。
それを、私はひとりで生きていけるの?
自分の行く末を思うと、どうしようもなく、怖かった。

白馬では鳥たちの声が夜明けをつげる
そんな気持ちを胸の片隅に押しやりながら、はじめた白馬のゲストハウスでのアルバイト。
滞在中、素敵な本屋さんをたくさんみつけた。
センスの光る、厳選された本たちがずらりと並べられた棚。
そのなかで、ふと手にとってしまうのは「おひとりさま」に関する本だった。
この底の見えない怖さと、いいかげん向き合わなければ…。
そんなゆううつな覚悟をしながら、レジに本をもっていく。
いま思えば、部屋でWi-Fiがつながらずスマホで推しを眺められないかわりの暇つぶしに、わざわざ気乗りしない本を選んでしまうあたり、私はそうとう思いつめていたらしい。
なのに、本を読みおわっても「おひとりさま」へのおそれを払拭することはできなかった。

毎日、ゲストハウスの仕事をこなし、自由時間にはふらっと出歩く。
1日休みの日は、朝5時台におきて、長野や上田まで行って遊び尽くす。
そんな日々をすごすなかで、さまざまな人たちと出会った。
単身移住して、ジェラートのお店ではたらく店員さん。
ガレットのお店をいとなむ、旅好きの店主さん。
東京の外資系企業をやめ、シェア本棚の書店をはじめた店主さん。
偶然はじまった会話から、それぞれのライフストーリーの一部にふれさせてもらった。
その自由さと力強さに、なんだかとても勇気をもらった。

ゲストハウスのゲストさんとも、少しだけ言葉をかわした。
建築現場ではたらく、大阪からきたゲストさんが「冷蔵庫にアイスあるから好きに食べて!」と言ってくれたり。
ワイン好きなイギリス人ゲストさんが「日本のスーパー、キノコの種類めっちゃあるね!明日の夜キノコリゾット作るからあげるよ!」と言ってくれたり。
みんなそれぞれに、ままならない人生を生きている。
そのなかで、ふいに心をわかちあえる瞬間がある。
そのほんの一瞬に、うれしくなったり、ほっとしたり、心がおどったりする。
たくさんの人、たくさんの「一瞬」にはげまされて、私はこれからも歩いていく。
きっと、歩いていける。
ゲストハウスですごす最後の夜、日記を開いてこの2週間を思い返していたとき、ふとそう感じた。

その「一瞬」に、私は生かされる。
未来へのおそれは、静かな白馬の夜にじんわりとけていった。
さあ、これからどこへ向かおうかね。
軽やかな気持ちで、この2週間の想い出をぎっしり詰めこんだ日記をとじた。

白馬を去る1時間前、ゲストハウスのリビングにて