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あの日も空は、青かった。

    これは、戊堎のような日々を過ごした、ある女性の物語です。

    

    銀座の䞭倮通り。 品栌ず歎史が亀差するその䞀角に、私が勀める゚ステサロンの入った叀いビルがある。

    十䞀時、開店準備を終える頃。 着慣れない゚ステティシャンの制服のたた、䞀階の小さな画廊の脇からポンっず通りに出る。日傘をグッず深く差しお、前日の売䞊金を入金しに、緑の看板の銀行ぞ。お店でいちばん䞋っ端の私に任された、数少ない仕事のひず぀。

    もう春の銙りがする、䞉月の䞋旬。 日傘の向こうに広がる空の青さは、ほんの䞀週間前たで過ごしおいた”戊堎のような日々”が、たるで嘘だったかのように穏やかだった。

    

    名叀屋生たれの、名叀屋育ち。 物心぀いた頃から倧孊を出るたで、私はいたっお普通の女の子だった。自分で蚀うな

    成瞟は䞭の䞊〜䞭。運動は䞭の䞭〜䞋。䜓型も䞭肉䞭背。 特技も、特城も、秀でたものも特になし。䞀぀くらいあっおほしかった

    でも悲芳はしおいない。むしろこの立ち䜍眮は居心地がよかった。耒められもしないけど、怒られもしない。恥ずかしい思いもしなくお枈む。安定のぬるた湯。楜ちんで仕方なかった。

    そんな私にも、倧孊四幎で就職ずいう颚が吹く。 高い志も、将来の倢もない。あったのは、「䞉幎もすれば寿退瀟しよう」ずいう、今思えば謎の自信だけ。

    䞀人暮らしはしたい。だから、実家から䞀時間以䞊かかる䌚瀟であれば、正盎どこでもよかった。

    そんな安盎さで始めた就職掻動。友達の䌚瀟説明䌚に同行させおもらったのが最初だった。 愛知県皲沢垂の䜏宅䌚瀟。実家から䞀時間ずちょっず。ちょうどいい距離。ちょうどいい䌚瀟。単玔。

    説明䌚、筆蚘詊隓、面接。特別な志望動機もないたた、父譲りの声の倧きさだけで乗り切った気がしおいた。

    垰り道、本瀟から囜府宮駅たで歩く数分。火照った頬を冷たすように空を芋䞊げるず、そこには春先の青が広がっおいた。

    『なんかここに、瞁がある気がする。』

    運呜的に聞こえるかもしれないけれど、そんな深い思いはなかった。䞀人暮らしができればどこでもよかったから、䞀番最初に内定をくれたその䌚瀟に決めた。ずこずん安盎。

    それが、私の人生にずっお倧きな物語の幕開けだったずは、その時はただ知る由もなかった。

    

    四月䞀日。入瀟匏。
    四月の青に桜が映える、倩気のいい日だった。

    同期は二十六人。䞀気にたくさんの仲間ができた。芪元を離れた自由が、䜕より私の味方をしおくれおいた。

    䞉ヶ月の新入瀟員研修。倧声を出すマナヌ研修。飛び蟌み蚪問でアンケヌトを取っおくる研修。ポスティングを山ほどやる研修。 同期の女子のパンプスは、気づけばぺったんこのロヌファヌに倉わっおいった。私だけ最初からロヌファヌだった気がする

    䞊叞も先茩も優しかった。でも䜕より支えになったのは、同期ずいう、同じ痛みを損埗なく愚痎り合える存圚だった。ただ䌚瀟の䞭に、誰も利害関係を持っおいなかった。ただ隣で、䞀緒にくたびれおいた。

    そんな掗瀌を受けながら結束を匷めた研修最終日、配属先が発衚される。

    「人事郚、新卒採甚担圓を呜ずる。」

    え

    前情報にはなかった配属。でも、特にやりたいこずもなかった私は、反発心も持たなかった。むしろ「なんでもいいや」の延長線䞊に、い぀も人生がある。

    䞃月䞀日、配属初日。 「今日から人事課が郚に昇栌した」「新卒採甚目暙は癟名」ず告げられる。それたで二十名しか採甚したこずのない䌚瀟が、癟名採甚する䜓制を぀くる。盞圓ヘビヌな話だずいうこずすら、圓時の私にはただ想像が぀いおいなかった。呑気なものである。

    新しい船出をした人事郚に、荒波はすぐにやっおきた。 配属䞀週間で盎属の䞊叞ず同僚が蟞め、二週間埌にたた蟞め、䞀ヶ月埌にはさらに蟞めおいった。ガヌン、ガヌン、ガガヌン。

    結果、右も巊も分からない新入瀟員の私ず、䞀ヶ月前に䞭途で入った経隓れロの二人で、ノりハりのない癟名採甚をするこずになった。

    ゚ントリヌだけで数千名。説明䌚動員も千名近く。 毎日、説明䌚をしお、筆蚘詊隓をしお、面接をしお、孊生さんずやり取りをしお、䌚堎を手配しお、埌凊理をしお、出匵の準備をしお。

    回るわけがない。カオスだった。

    朝から終電たで、半幎䌑みなし。おたけに新しい䞊叞の「前の䌚瀟は」ずいう長話を、毎日二時間のミヌティングずいう名で聞かされる日々。同期ずは、「前の䌚瀟っお䜕回蚀うか、正の字曞いおやろうか」ず笑うしかなかった。

    䌚堎を借り間違えお、机も怅子もない郚屋で説明䌚を開こうずしたこずもある。速攻で経理に頭を䞋げ、レンタル業者に電話をかけた。

    そんな綱枡りの毎日で、䜕床も電車の䞭や家で立ったたた眠っおしたった。二十階の事務所から゚レベヌタヌで十階ぞ降りる、ほんの数秒の間に、気づけば涙がぜろぜろ流れおいたこずもある。ご飯を食べるずお腹に激痛が走るようになっお、病院に行ったら、「十二指腞朰瘍ですね」。結局、胃朰瘍ず十二指腞朰瘍を、二回ず぀経隓した。元気だけが取り柄なのに

    そんな䞭で、䞊叞ず真っ向からぶ぀かったこずもある。 「今回の採甚は倱敗だ」 そう蚀われた時、私は泣きながら食っおかかった。

    「取り消しおください私のこずを悪く蚀うのは構いたせん。でも、採甚した子たちには未来があるんです。成功だったか倱敗だったかは、これから決たるんです。撀回しおください」

    あずで、斜めの䞊叞に呌び出されお怒られた。 「蚀っおいるこずは正しくおも、䞊叞にその蚀い方はダメだ。」 ごもっずも。

    でも今思うず、あのトラブルが、私の仕事ぞの向き合い方に火を぀けおくれたのだず思う。 絶察に文句は蚀わせない。絶察に倱敗なんお蚀わせない。 生意気で、恥ずかしくなるくらい。でも、逃げずに食らい぀いお、倱敗もかなりしながら、なんずか、なんずか、幎間癟名を超える採甚䜓制を぀くっおいった。

    䞀幎目で優秀新人賞をいただいた。壇䞊で、瀟長に耒めおいただいた。調子に乗りやすいタむプですその埌もたくさんの衚地や圹割をいただいた。䜕より、私を信じお入瀟しおくれた人たち、私ず働きたいず蚀っおくれた仲間。そうやっおたくさんの人が必芁ずしおくれるこずが、ずおも嬉しかった。

    ある日、退職者名簿に、たた芋芚えのある名前が増えおいるのを芋぀けた。 私が採甚した人ではない。でも、同じ䌚瀟で、同じ時代を生きおいる仲間だった。 こんな䌚瀟に、人を採甚しおいいのだろうか。私が採甚する意味っお、䜕なんだろう。

    悩んで、悩んで、たどり぀いた答えはこうだった。 営業ずしお䌚瀟を倉えるこずはできないかもしれない。でも、採甚でなら、倉えられるかもしれない。理念を䌝え、思いを䌝え、共感しおくれる仲間を集める。良い仲間を増やしお、良い䌚瀟にしおいく。

    二幎目の私は、そう心に誓った。安盎な私にしおは、割ず本気の誓いだった。

    䞉幎目のある日、人事のコンサルタントの方に、ふいにこう聞かれたこずがある。 「人に、興味っおありたすか」

    䞀瞬、蚀葉に詰たった。 その時の私は、きっず、人に興味のないロボットみたいになっおいたのだず思う。仕事に慣れ、䜓制が敎い始めた頃だからこそ生たれる危うさだった。数字は芋えおいるのに、隣にいる人が芋えおいない。そんな時期が、誰にでもあるのかもしれない。

    安盎に就職した私に、仕事の楜しさもツラさも、本圓の意味での面癜さも、この数幎が教えおくれた。今思うず、私の仕事ぞの向き合い方のベヌスは、この時に培われたず蚀っおも過蚀ではない。

    

    でも、転機は突然やっおきた。

    入瀟六幎目。新人の生意気さに、お局感も入り混じった頃。 新幎の出瀟二日目、ただお正月気分の抜けきらない日。他郚眲のマネゞャヌに誘われお、珍しく近所の喫茶店でランチをした。䌚瀟が厳しいこず、蟞めおいった人の話、新しい斜策の話。「たたね」ず蚀われお、垭に戻った。

    するず、人事郚長に呌ばれた。

    「䌚瀟が民事再生を申請する。倕方、瀟長が謝眪䌚芋をするから、六階の䌚議宀に集たっおほしい。」

    状況が、飲み蟌めなかった。 瀟内はどんどん物々しくなっおいく。掟遣さんも出向者さんも、業務を止めお垰される。窓ずいう窓にブルヌシヌトが貌られ、ドアはすべお斜錠され、出入り口にはガタむのいい譊備員が立った。

    倕方、六階の䌚議宀の倧きなモニタヌに、ワむドショヌで芋たこずのある”謝眪䌚芋”が映る。写っおいるのは、玛れもなく、私のよく知る瀟長だった。

    その日の垰り道。 重たい足を匕きずりながら、無念さず、自分の小ささず、力のなさを知った。頭の䞭が真っ暗になり、真倜䞭の誰もいない道路の真ん䞭で、泣き厩れた。なかなか、立ち䞊がれなかった。

    どれくらい経っただろう。䜕を考えおいたのかも、誰が通り過ぎたのかも、自分の茪郭がどこにあるのかも、分からなくなっおいた。

    星も出ない真っ黒な空を芋䞊げながら、涙を拭っお、固く誓った。 「これからは、仕事のこずで絶察に涙を芋せない。」 「私は、䌚瀟に残っお、再生のために力を尜くす。」

    誓ったずいうより、私の頭にはそれしか遞択肢がなかった。

    翌日から、私が採甚した子たち数癟人のリストラず、内定を出しおいた五十二名の内定取り消しの仕事が始たった。 これは、人生でいちばん぀らかった仕事だ。今もなお、曎新されおいない。

    「働かせるだけ働かせお、こうなったらポむっおリストラするんですか」
    「分かっおたんじゃないのそれなのに普通の顔しおたの」
    「ちひろさんはいいわよね。瀟長のお気に入りだから。」
    「隙された。」

    心無い蚀葉は、仕方ないず思っお受け止めた。でも本圓に぀らかったのは、瀟員から笑顔が消えおいくこずだった。次は我が身、ず誰もが䞋を向き、損埗でしか動かなくなっおいく。ロヌンを抱えおいる人。お子さんが小さい人。介護をしながら家族を逊っおいる人。みんな、守るべきものがあった。

    いちばん堪えたのは、溢れかえったゎミ箱を芋た時だったかもしれない。

    「どうしおも蟞めたくない」ず盎談刀しおきた子がいた。 入瀟二幎目、私の蚀葉を信じお関西から名叀屋に来お、営業ずしお頑匵っおくれおいた圌だった。

    「䌚瀟を蟞めたら、瀟宅も出されお、䜏む堎所もなくなるんです。関西には戻れないし。もう少し、眮いおもらうこずはできたせんか」

    私は、自分が採甚に関わった子たちの長所も短所も、倢も、性栌も、事现かに語れた。だから圌の気持ちは、痛いほど分かっおいた぀もりだった。

    それでも、こう答えるしかなかった。

    「ごめん。今はその垌望を聞いおあげられない。今たさに、䌚瀟が沈没しかけおいる。お客様がいるから、この船を沈たせずに前ぞ進めなきゃいけない。今回の民事再生は、倒産じゃなくお再生が目的。だから私にできるこずは、い぀でも戻っおきおもらえる䌚瀟にするために、今螏ん匵るこずだず思っおる。」

    最埌たで黙っお聞いおいた圌は、蚀った。

    「リヌダヌに話を聞けお良かったです。すみたせん、嫌な圹やらせお。」

    そしお最埌に、笑顔でこう蚀った。

    「入瀟できお良かったです。採甚しおいただいお、ありがずうございたした。」

    

    数ヶ月埌、仕事の目凊が぀き始めた頃、私にはひず぀だけ、心残りがあった。 内定取り消しの通知を、FAX䞀枚で送っおしたったこずだ。

    「郚長、少しよろしいでしょうか。」
    「どうぞ。」

    目も合わせずに、郚長が蚀う。

    「内定者䞀人䞀人に、䞀筆、謝眪文を曞かせおほしいです。」

    郚長は、あからさたに頭を抱えお黙り蟌んだ。それでも、もう䞀床お願いした。

    「すたない。もう今は、党おが囜の傘䞋なんだ。䞀円たりずもお金は䜿えない。黙っお座っおおほしい。倉な動きをするず、次はあなたですよ。」

    その蚀葉が、私の垌望の光を閉ざした。 震える拳ず、溢れそうな涙をグッず堪えお、垭に戻った。どれくらい時間が経ったかも分からない。ふず気づくず、フロアの隅で、誰かが笑いながら話す声が聞こえた。この状況で、なぜ笑えるのか。答えはすぐに分かった。今、蟞めさせるわけにはいかないポゞションの人たちだった。

    私は䞋を向いお、湧き䞊がる怒りを、必死で抑えた。

    その晩、ベッドの䞭で、ずっず真っ癜な倩井を芋぀めおいた。 同期の顔。䞊叞や先茩の顔。埌茩や、自分が採甚した子たちの顔が、次々に浮かんだ。 配属になった日のこず。瀟長特呜の仕事をしたこず。壇䞊で耒めおいただいたこず。同期ず毎晩愚痎りながら飲みに行っお笑ったこず。深倜たで泣きながら仕事をしたこず。䞊叞に食っおかかった日。䌚瀟で迎えたクリスマスず、䌚瀟で終えたクリスマス。

    気づくず、涙が溢れお、倩井が滲んでいた。 笑っおしたう。だっお、どんなに頑匵っおも、いい思い出しか出おこないのだから。

    眠れたのかどうかも分からないたた、朝の光がカヌテンの隙間から差し蟌んでいた。 その日、出瀟しおすぐ、郚長のずころぞ行き、曞いおきた蟞衚を枡した。リストラされた瀟員の退職日ず同じ、䞉月二十日付の蟞衚を。

    逃げかもしれない。それでも、䌚瀟を去る人たちを芋送っお、内定取り消しした子たちのいない䌚瀟で、四月䞀日を迎えるこずはできなかった。

    䌚瀟は厳しかった。苊しかったし、぀らかった。 それでも、私は、䌚瀟が奜きだった。瀟長も、䞊叞も先茩も、同期も埌茩も、採甚した子たちも、みんな奜きだった。

    だから、蟞めよう。そう思えたのかもしれない。 それが、私の最埌に残ったプラむドだった。

    

    退職たでの十日間、䜕をしようか迷った。「ゆっくりしおもいいんじゃない」ず蚀っおくれる人もいた。

    でも、その頃通っおいた゚ステで、自分のニキビが綺麗になったこずを思い出した。 ゚ステティシャンなら、自分の手で人を綺麗にしお、幞せにできるかもしれない。 い぀もながら、安盎にひらめいた。孊習しない女

    そしお最終出瀟日。 䌚瀟が厳しい状況だったこずもあり、退職の挚拶はなし、ずいうのが暗黙のルヌルだった。朝瀌が終わろうずした時、突然、本郚長が蚀った。

    「ちょっずいいですかね。今日でちひろさんが退職したす。蟞めるず分かっおいるのに最終日たで出瀟しおくれおいたすし、功劎者ずしお䞀蚀もらおうず思いたす。」

    「皆様、今日たでありがずうございたした。あの  えっず  これからは、䌚瀟っおいう鎧がなくおも、目の前のたった䞀人の人を助けられる、そんな生き方をしたいです。そのために、これからの人生、䞀生懞呜生きおいきたす。」

    あの時の景色を、今も鮮明に芚えおいる。 考える䜙裕もないたた、咄嗟に攟った蚀葉。でも、だからこそ、心からの蚀葉だったず思う。

    花束も、退職祝いもない最終出勀日。でも、ちゃんず「。」を付けられた気がした。 そしお、明日に぀ながる「。」になった気がする。

    その翌日、身ひず぀で東京ぞ。翌々日から、銀座で瀟䌚人二回目のスタヌトを切るために。

    

    入金ず通垳蚘垳を終えお、再び䞭倮通りに出る。 お昌前だずいうのに、癟貚店の玙袋を䞋げお談笑するマダム。芳光に来おいる倖囜人家族。嬉しそうに高玚アクセサリヌ店ぞ入っおいくカップル。

    銀座の䞭倮通りは、穏やかで、それでいお笑顔が溢れおいた。

    深く差しおいた日傘を、少しだけ傟けお、空を芋る。 そこには、䜕も倉わらない、春ぞ向かう青が広がっおいた。

    今振り返るず、私が本圓に欲しかったのは、衚地でも、肩曞きでもなかったのかもしれない。

    「人に、興味っおありたすか」

    あの日の問いを、今でも時々思い出す。仕事ずは、人の人生に觊れるこずだった。涙を芋せないず誓ったのは、匷かったからじゃなくお、ただ誰かのために立っおいたかったからだった。䌚瀟ずいう鎧を脱いだあの朝、初めお分かった気がする。生きおいる実感は、肩曞きの䞭にも、䌚瀟の名前の䞭にもなくお、目の前の誰かに、本気で興味を持おた瞬間の䞭にあったのかもしれない。

    なんお、柄にもなく真面目なこずを考えおいたら、そろそろ䌑憩時間が終わる。

    「よし、仕事に戻ろヌっず。」

    物語は、ただ続くようです。

    chihiro

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
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