
台風発生とともに、頭痛はもれなくやってくる。
高校時代から、ひどい頭痛もちだった。
授業中、黒板の文字を見ているだけで頭が重くなる。目の奥がずん、と痛む。光がやけにまぶしく感じられて、教室の蛍光灯さえ少し恨めしかった。
「また頭痛?」
そう言われるくらい、頭痛は私の日常に入り込んでいた。
大人になってからも、それはあまり変わらなかった。仕事をしていても、家にいても、突然、頭の中に重たい雲が広がるような感覚がくる。
今は頭痛外来に通っていて、予防薬も出してもらっている。そのおかげで、昔に比べればずいぶん楽になった。
頭痛が来る回数も減ったし、来ても「あ、これはまずいかも」と早めに対処できるようになった。
人間、長年頭痛と付き合っていると、だんだん自分の頭の機嫌がわかるようになる。
けれど、台風だけは別である。
頭が痛い。
頭がぼーっとする。
目を開けていられない。
光がやたらとまぶしい。
予防薬を飲んでいるのにな。
なんでだろう。
そう思って気象情報を確認すると、案の定、台風が発生しているのである。
何もしていないのに、身体の中だけが低気圧の影響を律儀に受け取ってしまう。
正直、そんな律儀さはいらない。もっと別のところで真面目になってほしい。
以前、その話を頭痛外来の先生にしたことがある。
「台風が来ると、頭痛でわかるんです」
すると先生は、少しも驚かずに言った。
「甘いな。ぼくはその台風がどこに進むか、頭痛でわかりますよ」
負けた、と思った。
頭痛もちとして、完全に負けた。いや、勝ち負けの問題ではないのだけれど、あまりにもレベルが違った。
聞けば先生自身も、かなりの頭痛もちなのだという。頭痛もちだからこそ、頭痛外来の医師になったらしい。
なるほど。頭痛界のプロである。
患者の痛みをわかってくれる先生というのはありがたいけれど、台風の進路までわかるとなると、もはや人間気象衛星である。
けれど、笑い話だけでは済まない日もある。
2026年6月下旬、台風が発生した。しかも、ダブル台風である。
今回は久々に、本当に久々にひどかった。
まず、焦点が合わない。眼鏡をかけても文字がぼんやりする。
立ち上がってもふらふらする。
なによりも、眠い。とんでもなく眠い。
食事をしながらうつらうつらしてしまうほどの睡魔がやってくる。
都合の悪いことに、その日は大好きな著者さんのサイン会があった。
チケットは購入済み。
会場は、都内の本の街にある、建て替えを終えて新しくなったばかりの大型書店だった。
本を買うだけではなく、棚をめぐり、カフェでひと息つき、イベントの気配まで感じられるような場所として生まれ変わったらしい。
その空気を、自分の足で確かめたかった。
どれだけ本を買い込んでもいいように、大きなリュックも用意していた。
当日のことを考えて、どんなサインを書いてくれるのだろうかとワクワクしていた。
行くか、行くまいか。
夫は一択だった。
「そんな状態じゃ、無理でしょ」
その通りだった。
目を開けているのがつらい。
起き上がるだけで頭が重い。
身体の奥に鉛が入っているみたいで、どうしても動けなかった。
結局、私はサイン会に行くのをあきらめた。
行きたかった。
本当に行きたかった。
ベッドの中で丸まって涙ぐむ。
でも、頭が痛いと、世界は急に遠くなる。
好きなものも、楽しみにしていた予定も、未来の約束も、ぜんぶガラス越しの向こう側に行ってしまう。
手を伸ばせば届きそうなのに、身体がそこまで連れていってくれない。
それでも今は、予防薬のおかげでだいぶ付き合いやすくなった。
無理をしないことも覚えた。
痛くなる前に休むことも、薬を飲むことも、予定を手放すことも、少しずつ自分に許せるようになってきた。
台風が来るたび、私の頭は相変わらず律儀に反応する。
低気圧です。
そろそろ危険です。
今日は無理をしないでください。
そんなふうに、身体の中の小さな気象予報士が知らせてくる。
できればもう少し静かに教えてほしい。
頭痛ではなく、せめて通知音くらいでお願いしたい。
でも、まあ。
今日も私は、自分の頭の天気予報を聞きながら生きている。
台風の進路はわからない。
でも、頭痛だけは正確に来る。
今年は台風、どうか少なめでお願いしたい。