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【父と猫と、家族の歴史】「飼うのはダメ」と言った父が教えてくれた、小さな命のぬくもり🍀

    ※本記事は、これまで折に触れて綴ってきた家族の思い出を、一つの物語としてあらためて紡ぎ直したものです。

    子どもの頃の私にとって、猫は「いつか一緒に暮らしてみたい」と憧れる存在でした。

    友達の家で猫を見かけるたびに

    「いいなぁ」

    と思っていました。

    でも、わが家に連れて帰ることはできません。

    父は高校教師で、どちらかというと厳格な人でした。

    門限もあり、私はいわゆる「箱入り娘」として育ちました。

    「猫を飼いたい」

    そうお願いしても、返ってくる言葉はいつも同じ。

    「飼うのはダメ」

    その一言で、話は終わりです。

    一方、母はとても穏やかで優しい人でした。

    何でも話せる、まるで友達のような存在。

    今、私が娘と何でも話せる関係でいられるのは
    母と過ごした時間があったからかもしれません。

    厳しい父と、優しい母。

    そんな二人に見守られながら、私は大人になりました。

    母との別れと、新しい家族


    ところが人生は、思いもしない方向へ進んでいきます。

    私が20代の頃、母は50歳という若さで旅立ちました。

    その頃の私は、1歳になったばかりの息子を育てながら、元夫の実家で同居生活を送っていました。

    子育てをして、自分の家庭のことをして。

    それでも、一人になった父のことが気がかりで
    時間を見つけては実家へ通い、家事を手伝っていました。

    父を一人にはしておけない。

    でも、幼い息子との暮らしもある。

    あの頃の私は、目の前の一日を過ごすことで精一杯だったように思います。

    そんな父が再婚すると聞いた時、私は心からほっとしました。

    「父が一人じゃなくなる」

    そのことが、何よりありがたかったのです。

    新しく家族になった義母は、父より一回りほど年下で、子どものいない方でした。

    私の子どもたちを本当の孫のように可愛がり、私たち家族を温かく迎え入れてくれました。

    血のつながりがなくても、こんなふうに家族になれるんだ。

    私は義母との時間の中で、そんなことを感じるようになりました。

    そしてその家に、もう一つ、小さな命が加わります。

    「飼うのはダメ」と言っていた父の家に


    ある日、一匹の親猫が子猫を連れて、実家の近くへやって来ました。

    親猫は数日間、少し離れた場所から様子を見守っていたそうです。

    そして、ある朝。

    子猫だけを残して、姿を消しました。

    まるで

    「この子をお願いします」

    と託したかのように。

    こうして、その子猫は父と義母の家族になりました。

    子どもの頃

    「飼うのはダメ」

    と言っていた、あの父です。

    最初は戸惑っていたのかもしれません。

    それでも少しずつ猫に話しかけるようになり

    ごはんの時間を気にかけ

    眠っている姿を見て笑うようになりました。

    いつの間にか、その猫は父にとって、かけがえのない存在になっていました。

    今では一度も外へ出たことのない、実家の小さな王様です。

    父と義母に大切にされ、安心しきった様子で毎日を過ごしています。

    子どもの頃の私には、想像もできなかった光景でした。

    父が歳を重ねた今


    先日、父の退院後に実家へ帰りました。

    病気を重ねた父は、以前のように自由に歩くことが難しくなり、認知症の症状も少しずつ進んでいます。

    そんな父の隣には、いつも義母がいます。

    父の体調を気にかけ

    食事を用意し

    できなくなったことをそっと手伝う。

    父が今も穏やかな時間を過ごせていること。

    そのそばには、長い間父と一緒に歩いてくれた義母の存在があります。

    そして、もう一匹。

    父のそばには、あの猫がいます。

    厳しかった父が、穏やかな表情で猫を撫でている。

    その姿を見るたび、不思議な気持ちになります。

    父が突然変わったわけではないのでしょう。

    母との別れがあり

    義母との出会いがあり

    小さな命との暮らしがあり

    病気を経験し

    誰かに支えられる時間がありました。

    そんな長い年月の中で、少しずつ今の父になっていったのだと思います。

    人は歳を重ねるほど変われなくなる。

    そんなふうに言われることがあります。

    でも私は、父を見ていると、そうとばかりは言えないような気がします。

    誰かを大切にしたり

    誰かに大切にされたり。

    そんな時間の中で、人は何歳になっても少しずつ柔らかくなっていくのかもしれません。

    小さな命がいる風景


    今、私のそばにはネザーランドドワーフの「める」がいます。

    実家には猫。

    姿も性格もまったく違う、小さな家族です。

    何か特別なことをしてくれるわけではありません。

    ただそこにいる。

    ごはんを食べて

    眠って

    時々こちらを見て。

    それだけなのに、その姿があるだけで、家の中の空気が少し柔らかくなる。

    言葉を話さない小さな命から、私たち人間がもらっているものは、思っている以上に大きいのかもしれません。

    子どもの頃

    「飼うのはダメ」

    と言っていた父。

    あの頃の父に

    「いつか猫を撫でながら笑う日が来るよ」

    と話しても、きっと信じなかったでしょう。

    私だって、想像していませんでした。

    でも今、私はそんな父の姿を、とても愛おしく思っています。

    家族の歴史の一ページ


    家族の歴史は、大きな出来事だけでできているのではないのだと思います。

    何気ない日常。

    小さな命との出会い。

    そして、誰かが誰かを思いやった時間。

    そんな一つひとつが重なって、いつの間にか家族の物語になっていく。

    だから私は、この景色を言葉に残しておきたいと思いました。

    いつか父との思い出を振り返る日が来た時。

    この物語を開けば

    厳しかった父のことも

    優しかった母のことも

    父のそばにいてくれた義母のことも

    そして、猫のいる穏やかな実家の景色も

    きっと思い出せるように。

    未来の私と、子どもたちへの小さな手紙として。

    子どもの頃、「飼うのはダメ」と言っていた父。

    今、その父のそばには一匹の猫がいます。

    父に撫でられながら、安心したように過ごしている、小さな家族。

    そんな何気ない景色もまた、私たち家族の歴史の一ページなのだと思います🍀

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    最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

    『ここへ来ると、少し心が軽くなる』そんな場所を目指して、言葉を届けています。はじめましての方は、こちらの自己紹介も読んでいただけたら嬉しいです🌷

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    保育・子育て支援に20年以上携わり、子どもと保護者に寄り添ってきました。 子育ての正解ではなく、安心を届ける言葉を。 保育や家族との物語、余白のある暮らしを通して、心が少し軽くなるような文章を綴っています🍀

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