
チャクラ物語 第七章 紫のしるしと、星の冠
藍色の湖をあとにして
プレマはうにちゃんといくらちゃんと一緒に
静かな森の道を歩いていきました。
森の奥には
紫色の光がふんわりと降りています。
それは花の色にも似ていて、
夜明け前の空にも似ていて、
遠い星たちが
やさしく息をしているような光でした。
プレマの足元には赤いリボン。
ランタンには橙のチャーム。
腰には黄色い太陽。
胸には緑のハート。
首元には水色のしずく。
眉間の少し奥には藍色の星。
ひとつずつ
プレマは自分の中の光を思い出してきました。
ここにいていいこと
感じていいこと
自分には力があること
愛していいこと
ほんとうの気持ちを伝えていいこと
そして
静かな内側に星があること。
「次は……最後の光かな」
プレマがそう言うと
うにちゃんが少し前へ出ました。
星の光を背中にのせて
短くてちょっと太い鍵しっぽをぴんと立てています。
いくらちゃんはプレマのそばを歩きながら
先の曲がったしっぽを
今度は道の先ではなく
空の方へそっと向けました。
プレマは顔を上げます。
木々のすき間から
紫色の光が
すうっと降りてきていました。
三人が進むほど
森の音は少しずつやわらかくなっていきます。
風の音も
葉の音も
遠くで鳴っていた虫の声も
みんな声をひそめて。
プレマたちを見守っているようでした。
寂しい静けさではありません。
その静けさの中には
なにか大きなものが
満ちていました。
まるで世界ぜんぶが
ここまで来たねと、
プレマたちを待ってくれているみたいでした。
やがて森が開けます。
そこには
星の階段がありました。
透明な石でできた階段です。
ひとつひとつの段には
小さな星が閉じ込められていて、
足をのせるたびに
ぽうっと紫色に光ります。
階段の先は
空へ続いているように見えました。
うにちゃんは
一段目にぴょんと上がりました。
「にゃ」
いくらちゃんは
プレマの足元に寄り添い、
水色の目でそっと見上げます。
だいじょうぶ
一緒にいるよ。
そんな声が
聞こえた気がしました。
プレマはランタンを胸に抱きました。
「行こう」
三人は
星の階段をのぼり始めます。
一段上がるたびに
プレマの中のしるしが
やさしく光りました。
赤いリボンは
ここにいていいよと
足元を支えてくれます。
橙のチャームは
感じていいよ、
よろこんでいいよと、
ランタンの中で小さく揺れます。
黄色い太陽は
おなかの奥をあたためて、
あなたには力があるよと、
プレマの背中を押してくれました。
緑のハートは
胸の中でふんわりひらき
愛していいよ、
受け取っていいよと、
やさしく光ります。
水色のしずくは
ちりんと鳴って
話していいよ、
伝えていいよと、
のどの奥を澄ませてくれました。
藍色の星は
眉間の少し奥で静かにまたたき、
あなたは内側の光で気づくことができると
深いところを照らしてくれます。
そして最後の段に足をのせたとき
プレマの頭の上に
ふわりと紫色の光が降りました。
その瞬間
星の階段の先に
小さな広場が現れました。
そこは
空にひらいた花園でした。
地面は雲のようにやわらかく
その上には
すみれ色の花、
藤色の花、
星の形をした小さな花が
静かに咲いています。
広場のまんなかには
大きな蓮の花がありました。
白と紫の光をまとった
美しい蓮の花です。
その花びらは
ゆっくり
ゆっくり
ひらいていきます。
プレマが近づくと
蓮の花の中に
小さな冠が見えました。
星で編まれたような
紫色の光の冠です。
「これが最後のしるし……?」
プレマがそう言うと
空のずっと高いところから
やさしい声が聞こえてきました。
それは
誰かひとりの声ではありません。
森の声にも似ていました、
泉の声にも似ていました、
湖の声にも似ていました。
そして
どこか
プレマ自身の声にも似ていました。
「それは
あなたがすべてとつながっていることを
思い出すしるし」
プレマは空を見上げます。
星がたくさんありました。
けれどその星たちは
遠くにあるだけではありません。
プレマの胸の中にも
足元にも
ランタンの中にも
うにちゃんの目にも
いくらちゃんの水色の目にも
同じ光があるように見えました。
「私は……ひとりじゃなかったんだね」
声は
やさしく答えました。
「一度も
ひとりではなかった」
その言葉を聞いた瞬間
プレマの胸の奥から
これまでの旅が
いっせいにあふれてきました。
赤い森を歩いたこと。
橙の小川で
感じることを思い出したこと。
黄色い太陽の丘で
自分の力に気づいたこと。
緑のハートの花園で
愛を受け取ったこと。
水色の声の泉で
ほんとうの気持ちを言葉にしたこと。
藍色の湖で
内なる星を見る神殿に出会ったこと。
ぜんぶ
外の世界を歩いてきたようで、
ほんとうは
プレマの中を旅していたのです。
プレマは
両手を胸にあてました。
「私はずっと
幸せのしるしを
どこか遠くに探しに行くんだと思っていた」
うにちゃんが
プレマの足元に座りました。
いくらちゃんも
そっと寄り添います。
プレマはふたりを見て
それから自分の胸に
もう一度手をあてました。
「でも
違ったんだね」
紫の蓮の花が
やさしく光ります。
プレマは
ゆっくり言いました。
「ぜんぶ
私の中にあったんだね」
その瞬間
星の冠がふわりと浮かび上がりました。
冠はプレマの頭の上まで降りてきて
そこで光になって
そっとほどけていきます。
すると
頭の上のずっと高いところから
まばゆい光の柱が
すうっと降りてきました。
光は
プレマの頭のてっぺんに
やさしくふれます。
そこから
体のまんなかを通る細い道へ
静かに流れ込んでいきました。
プレマは目を閉じます。
まず
今ある息をゆっくり吐きました。
胸の中に残っていた息も
おなかの奥に残っていた息も
少しずつ外へ流していきます。
吐ききると
体の中に
静かな場所ができました。
それから
ゆっくり息を吸います。
吸う息と一緒に
頭上から降りてくる光が
体の奥へと入ってきました。
そして
吸った息よりも
もっとゆっくり、
長く吐いていきます。
吐くたびに
プレマの中にあった小さな力みが
ほどけていきました。
もう一度
吐いて。
ゆっくり吸って。
吸ったときより長く吐く。
呼吸を重ねるたびに
頭上から降りてくる光の柱は
少しずつ太く
大きくなっていきます。
最初は
細い光の糸のようだったものが
やがてプレマの頭を包み
肩を包み
胸を包み
おなかを包み
足元まで
やさしく広がっていきました。
その光は
まぶしいのに
とてもやわらかい光でした。
強いのに
押しつけることはありません。
ただ
プレマのまんなかを通りながら
七つのしるしに
そっとふれていきます。
頭上の紫の光が
静かにひらきました。
眉間の奥の藍色の星が
澄んでまたたきます。
首元の水色のしずくが
ちりんと鳴ります。
胸の緑のハートが
あたたかく広がります。
おなかの黄色い太陽が
やわらかく輝きます。
ランタンの橙のチャームが
やさしく揺れます。
足元の赤いリボンが
大地につながるように光ります。
七つの光は
ばらばらではありませんでした。
頭の上から降りてきた
まばゆい光の柱が
プレマの体のまんなかを通り
すべてのしるしを
ひとつの道につないでいきます。
プレマは
その光に包まれながら
静かに思いました。
私は
ひとりで光ろうとしなくていい。
大きな光は
いつも私の中を通っている。
私の中の光も
空の光も
ほんとうは
つながっている。
すると
蓮の花の奥から
紫色の小さな星が浮かび上がりました。
その星は
光の柱の中を
ゆっくり
ゆっくり
プレマの方へ近づいてきます。
まぶしいのに
やさしい光でした。
プレマの頭の上にふれると
その星は冠の形になりました。
けれど。
それは誰かより偉くなるための冠ではありません。
空とつながるための
静かな光の冠でした。
プレマは
その光に包まれながら
しばらく目を閉じていました。
頭の上から降りてくる光が
体のまんなかを通って
七つのしるしを
ひとつにつないでいく。
赤も
橙も
黄色も
緑も
水色も
藍色も
紫も
ぜんぶが別々ではなくて
プレマの中で
ひとつの道になっていく。
そのとき
プレマはやっとわかりました。
この旅は
遠いどこかにある幸せを探す旅ではなかったのです。
自分の中にあった光を
ひとつずつ思い出す旅だったのです。
プレマは
ゆっくり息を吐きました。
そして
そっと目を開けます。
うにちゃんが
にゃ
と鳴きました。
いくらちゃんも
にゃ
と鳴きました。
その声は
星空の下で
とてもやさしく響きます。
プレマはふたりを見ました。
「うにちゃん
いくらちゃん
ここまで一緒に来てくれて
ありがとう」
うにちゃんは目を細めます。
いくらちゃんは
しっぽの先をくいっと曲げます。
それだけで
プレマには十分伝わりました。
ひとりで歩いてきたのではありません。
うにちゃんが前を歩き
いくらちゃんがそばで守り
森が道をひらき
泉が声をくれ
湖が星を見せてくれました。
そして
そのすべては、
外側にあるだけではなく
プレマの中にもありました。
プレマは
もう一度
空を見上げます。
紫の星空は
どこまでも広がっています。
けれど
もう遠すぎるとは思いません。
空は大きくて
プレマは小さい。
でも
プレマの中にも
同じ光があると知ったからです。
そのとき
赤いリボンがふわりと光りました。
橙のチャームも
黄色い太陽も
緑のハートも
水色のしずくも
藍色の星も
紫の冠も
いっせいにやさしく輝きます。
プレマは
胸の前で両手を重ねました。
「ありがとう」
その言葉は
誰かひとりに向けたものではありません。
うにちゃんへ、
いくらちゃんへ、
森へ、
泉へ、
湖へ、
星へ、
自分の中にある光へ、
そして
すべてを包む大きなものへ。
ありがとう。
その言葉が空へ昇ると
星たちはいっせいにまたたきました。
まるで
プレマの旅を祝福しているみたいに。
やがて
星の階段の下に
もとの森へ続く道が見えました。
冒険は
ここでひとつ終わります。
けれど
プレマの歩く道は
これからも続いていきます。
プレマは
もう一度
日々の世界へ帰っていくのです。
でも
もう前とは違います。
外に答えを探しに行かなくても
プレマは知っています。
足元には安心があって。
心にはよろこびがあって。
おなかには力があって。
胸には愛があって。
のどには声があって。
眉間の奥には内なる星があって。
頭の上には
すべてとつながる光があります。
そして
そのすべては
プレマの中にありました。
星の階段を下りながら
プレマは何度も
胸の中をたしかめていました。
不思議です。
何かを手に入れたはずなのに
重たくありません。
七つのしるしは
プレマの中で
静かに息をしていました。
もう
どこか遠くまで
探しに行かなくてもよかったのです。
「ここにあったんだね」
プレマは
小さく笑いました。
うにちゃんは
少し前を歩いています。
いくらちゃんは
いつものように
プレマのそばにいます。
ふたりが何かを言ったわけではありません。
でも
プレマにはちゃんとわかりました。
そうだよ
ずっとここにあったんだよ。
そう言ってくれている気がしたのです。
森の向こうが
少しずつ明るくなっていきます。
夜が終わっていくのに
寂しくはありませんでした。
だって
七つのしるしは消えないから。
プレマが笑うときも。
泣きそうになるときも。
誰かにありがとうを伝えるときも。
ひとりで空を見上げるときも。
七つの光は
きっとプレマの中で
そっと思い出させてくれるのです。
ここにいていいよ。
感じていいよ。
あなたには力があるよ。
愛していいよ。
伝えていいよ。
内側の星を見ていいよ。
そして
あなたはひとりではないよ。
プレマは
ランタンを持ち直しました。
はじめて森へ入った夜よりも
その灯りはやわらかくて
なんだか少し
あたたかくなっている気がしました。
うにちゃんが
にゃ
と鳴きます。
いくらちゃんも
にゃ
と鳴きます。
それだけで
プレマにはちゃんと伝わりました。
ここまで来たね。
ちゃんと歩いてきたね。
プレマはふたりを見て
にっこり笑います。
「行こう」
森の向こうでは
新しい朝が
静かに待っていました。
あとがき
2019年12月に旅立った
うにちゃん。
2025年5月に旅立った
いくらちゃん。
この物語の中で
ふたりともう一度一緒に歩けたこと。
幸せを噛みしめながら
大切な時間を冒険できたことに
心から感謝します。
うにちゃん。
いくらちゃん。
また一緒に来てくれて
ありがとう。
また一緒に旅しようね。