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過去の自分が、こっそり復讐してくるとき

    小さなモヤモヤの正体

    ふとした出来事で、昔の自分が鏡のように返ってくる瞬間ってありませんか?

    先日、知人同士がわたしの目の前である音楽仲間の話をしているのを耳にしたとき、「あれ?」と違和感を覚えました。

    その人のことを、以前は軽んじるようなことを言っていたはずなのに、今は「すごく仲がいいんですよ」みたいな空気を出していて。

    もちろん、人の関係性は変わっていくし、誰とどんなふうに付き合うかは自由です。
    わたし自身、その音楽仲間を信頼しているからこそ、なんだかざわついたのかもしれません。

    「なんでわたし、こんなにモヤモヤしてるんだろう?」

    ふと、そんな問いが自分の中に浮かびました。

    誰と仲がいいか、なんて些細なこと

    恋人同士でも配偶者でもないのだから、誰が誰と親しいかなんて、本来は気にするようなことではないはず。

    それなのに、「今は私の方が仲がいいのよ」とでも言いたげなニュアンスを感じてしまうと、心がザワザワしてしまうこともあります。

    こんな気持ちになるなんて、自分でも意外でした。

    成功を祝える自分でいたいけれど

    わたしは、演奏のチャンスを得るかどうか、活躍しているかどうかは、その人自身の努力と天の巡り合わせによるものだと思っています。
    だからこそ、大きな機会を手にした仲間のことは、素直に喜んで応援できる自分でいたい。

    でも、学生時代を振り返ると、成果を出す人や先生に可愛がられる人を、まるでそこに存在しないかのように扱う人もいて…

    そしてそれは大学を離れて15年以上経った今でも変わっていなかった。その事実に遭遇する機会が最近あって、すごく残念な気持ちになってしまったのが、今回の記事を書くきっかけになっています。

    あれ? これって…もしかして

    そんな中で今日ふと、思ってしまったんです。

    「ほんとうに、自分はそんなことをしていなかったのかな?」って。

    わたしにとって信頼している音楽仲間のことを、誰かが軽んじるような言い方をしていた時に、
    もしかすると心の中で「でもわたしの方が仲がいいし」と思ってしまっていたかもしれない。

    そして誰かが放った“マウント”のような言葉に嫌な気持ちがしたのは、
    実は、自分の中にも似たような感情があったからなんじゃないかと——

    恥ずかしいけれど、気づけてよかった

    気づいてしまったことで、心の中で思いっきり「ごめんなさいーーー!!!」と謝っていました。

    「こんなこと、嫌だな」と思った出来事が、
    実は“自分も誰かにしてしまっていたかもしれないこと”だったと知ったとき、
    少しだけ、自分を見つめ直せた気がします。

    嫌な気持ちにはなったけれど、責める気持ちにはなれなかった。
    気づけた自分を、少しだけでも肯定したいと思えたのです。

    チャンスは祝福できる人のもとへ

    そしてもう一つ、最近よく思うのです。

    チャンスをつかんだ仲間を妬んで無視したり、存在をなかったことにしたりするような態度は、
    きっとどこかで自分に返ってくるんじゃないかと。

    もし悔しい気持ちがあるのなら、そのエネルギーを努力に変える方がずっと健やかだし、前向きです。

    ラッキーをつかんだ人のそばにいられるということは、自分の番も近づいているというサインかもしれない。

    チャンスの神様は、他人の成功を応援できる人が好きだと思うのです。

    ✍️あとがき

    心がザワッとしたとき、相手を責める前に

    「これ、わたしもしてなかった?」と問いかけてみる。

    それができるようになった自分を、少しだけ誇らしく思えた一日でした。

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    社会人大学生→🇺🇸大学教員→IT企業→音大、院→オペラ研修所→ソプラノ歌手。 ちえ(新井千惠)です。 クラシック音楽をもっと身近に。 音楽、旅、エアライン修行、生成AIなど発信。 学ぶ、歌う、書くことが生きる力。 フォロー数<フォロワー数の方のお返しは保留にしています🙇‍♀️

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