メインコンテンツへスキップ
見出し画像

授業実践第9回|市場の失敗|生徒が食いついたのは、思考実験じゃなかった|公共・経済⑨

    今回の授業は、市場の限界がテーマでした。独占、寡占、カルテル、トラスト、コンツェルン、独占禁止法、公正取引委員会、市場の失敗、公共財、外部不経済。用語を並べるだけでかなり硬い単元です。(実際は2コマ分かかっています。さすがに1コマでは無理した。)

    授業を組むときに、自分なりに中核に据えたつもりだったのは、ポカリスエットを使った思考実験でした。

    「もし明日、ポカリが1本300円になったら買う?」

    たいてい買わないと答えます。そこで立場を変える。

    「あなたがライバル会社の社長だったら、アクエリアスをいくらで売る?」

    普通なら150円で売って客を奪う。これが競争です。ただ、相手が300円で売っているなら、自分も290円で売った方が儲かるかもしれない。ライバルが少ない市場では、値下げ競争が起きにくい。互いに空気を読み合うような状態が生まれる。

    ここがこの授業の山場のつもりでした。

    実際の教室では、ここはあまり盛り上がりませんでした。理屈としては通じている感触はあります。ただ、温度は上がらない。


    逆に、こちらが想定していなかったところで、生徒の反応が次々に出てきました。

    最初に来たのは、コンツェルンの説明をしたときです。同業他社との合併がトラスト、財閥のように広く支配するのがコンツェルン、と並べている中で、三菱という具体名を出した瞬間でした。

    「三菱って車もあるし、銀行もあるし、重工とかもあるよな」

    こちらが投げる前に、複数の生徒から発言が出てきました。三菱グループに連なる会社の名前を、想定していたよりも知っている。高校3年生なので、就職活動の中で企業名に触れている影響もあるはずです。財閥という言葉が、教科書の中の歴史用語ではなく、就職先と地続きの話として届いていた。


    次に反応が大きかったのは、スマホの市場シェアの順番です。ドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイル。それぞれのシェアを示した表を見せたところで、「ドコモってそんなに多いの」「楽天って10%しかないんだ」という声が出ました。自分が使っているキャリアの順位を確かめるというより、想像していた力関係とのズレを口にしている感じでした。

    非価格競争のところでは、実際にスマホ各社のCMをいくつか流しました。値段で勝負できない代わりに、CMやポイントで戦う、という話につなげるためです。CMが流れている間、生徒は普通に楽しんで見ていました。そのうえで「あの広告費はどこから出ていると思う?」と聞くと、何人かが「自分たちの料金」と答えました。


    公共財の説明にも、思っていたより反応がありました。

    公園や道路は、お金を払った人だけが使えるようにするのが難しいし、利益も出にくい。だから民間企業には任せにくく、国や自治体が整える必要がある。ここまで話したところで、「だから税金なのか」という発言が出ました。

    税金と公共財がつながった瞬間です。普段はやや遠い話に聞こえる税金が、自分が使っている道路や公園と直結した。


    授業の後で、ポカリ思考実験がなぜハマらなかったかを少し考えました。

    設計としては悪くなかったと思います。ただ、生徒に求めていた作業を整理すると、二つの仮定を重ねて引き受けてもらっていました。一つは「ポカリが300円になる」という仮定。もう一つは「自分がアクエリアスの社長だったら」という立場の仮定です。仮定の上に仮定が乗っている。

    しかも、二つ目の仮定が重い。社長としていくらに値付けするか、という発想は、彼らの普段の立場から遠いところにあります。就職を控えた高校3年生にとって、リアルな立場は会社に入る側であって、会社を動かす側ではない。社長として戦略を考える、という設定は、思っていたよりも他人事の話でした。

    逆に、生徒が反応した4つはすべて実在するものでした。三菱は実在する。ドコモのシェアは実在する数字。CMは実在する映像。道路や公園は毎日歩いている。

    これは、前回の授業実践記事で書いた「具体から具体へ、抽象は薄く挟む」という話の、もう一段先の発見につながります。

    仮想は、抽象と同じくらい遠い。

    抽象的な定義が届きにくいのと同じように、「もし〜だったら」という仮定の世界も、彼らからは距離があります。授業者の側はつい、仮想を「具体的な例」のつもりで提示してしまいますが、生徒の側からすると、教科書の図と同じくらい遠い話に聞こえている。

    この単元で言えば、ポカリの思考実験よりも、たとえば「先週コンビニで、ペットボトル飲料の値段を全部メモしてきた」みたいな実物の話から入った方が、おそらく反応は違ったはずです。

    抽象から具体へ、ではなく、仮想からも具体へ、でもなく、実在から実在へ。そのあいだに用語が薄く挟まる。今の高校でこの単元を扱うときの、現実的な姿勢としては、ここまで踏み込んだ方が近いのかもしれません。

    今回いちばんの収穫は、市場の限界という単元そのものよりも、この「仮想は抽象と同じ重さで遠い」という気づきでした。

    次回、政府の市場介入を扱うときには、思考実験の前にもう一段、実在の話を厚めに置いてから入ってみるつもりです。


    〇授業プリント
    ChatGPTとClaudeに過去の自作教材をかけて、実業高校用に整理しました

    〇スライド

    授業プリントをClaudeにかける→スライド原本→notebookLMで整形という段取りで作っています。必要なところだけ使ってください

    〇教師用原稿

    詰まったときの保険です。授業プリントとスライドをClaudeもしくはChatGPTにかけて、作成しています。しっくりこないところは自分で書いています。

    しっくりこないときはダウンロードしたものをAIにかけて、再構成して使っていただければ、と思います。




     
     
     
    高校の社会科教員。AIを使って、授業づくりやテスト作成を少し軽くする方法を試しています。目指すのは、すごい授業より、先生がすり減らずに回せる授業。実業高校での授業実践と、学校現場で考えたことを書いています。

    あなたへのおすすめ