
あとから「わかる」こと
その物語の中にいるときには
その大切さに気がつけなくて
手元を離れてしまってから
その大きさに気がつけるのはなぜだろう。
例えば、一人暮らしを始めてから、
お母さんや、お父さん。
おばあちゃんや兄姉といった
家族に支えられていたと気づくように。
「大学生や、20代は失敗してもなんとかなる!」という言葉もそうかもしれない。
わたしが大学生だったときも
20代の今も、失敗するのは怖いです。
でも、大学生のときに
チャレンジしといても良かったかもなぁ
全然なんとかなったのかもなぁ
と、思えるわたしがいるから不思議です。
実際、「学生」と聞くだけで、
今のわたしは、自然と応援したくなります。
お仕事をしているときも
その場所があるありがたさを、
つい忘れてしまうこともあったな
と思います。
環境や人間関係には、
ときに不安や悩みを抱えることも
あったけれど、
続けられるお仕事と、
その環境がそこにあったことは、
「とてもありがたいことだったな」
と、今改めて感じています。
いろいろと、「しんどいなぁ」
と思うこともあったし、
「自分に合わないのかも」と、
考えることもあって
楽しいばかりではなかったよね。
でも、少し離れた場所から見つめてみると
嫌だなって感じながらも
わたしにできることがあって
続けられる場所があったことは
幸せなことだったんだなぁ
と、そのありがたさに気がつけました。
今までに、「続けられない…」という
思いからお仕事を離れた経験もあるので、
続けられるお仕事があることが
とてもありがたいことだと、
働いている当時から感じていました。
だから、ずっと手放せなかった。
そんな自分を行動力がない
と、責めるようなときもありました。
でも、わたしから
手放さないで続けてこれて良かったな
と、今は思います。
あのとき頑張っていた自分を
ハグしてあげたいです。
今、頑張っている自分も
そっと、ぎゅっと、
抱きしめてあげたいですね。
今は、新しい環境に馴染む必要のある
タイミングなので余計に
前の環境が眩しく思えてしまっているの
かもしれません。
でもきっと、
しんどいと感じることもあるけれど
今の環境にも、感謝できることは、
きっとたくさんあるのだと思います。
できるだけ
明るい方だけを見つめて
穏やかでいられる点にだけ
ひかりを当てて過ごしてみると
まろやかに生きるが小さく広げられるのかな