
わたくしと底つき体験
私がどん底だった時と、どうやって這い上がったかをお話ししますね。
簡単に言えば、色々あって、私は鬱だった。
記憶が定かでないけど、1か2年くらいの間。
朝起きて、簡単な掃除ルーティンを済ませ、寝る。
そんな生活をしていたことがある。
掃除をしていたのは、家族がいるのもあるけど、自分の罪悪感が強すぎて、せずにはいられなかったのだ。
(過去の鬱期には、もちろん掃除できない時期もありました…つらいよね)
自然と死を欲するようになり、心の中で「しにたい!」と大声でいうことが、唯一の生きてる印のようになる。
その時はそれを、誰にもいうことができなかった。
寝ているようで、心の中は、どうやって死のうかな、などと一日考えていた。
考えられる力が残っている、というだけで、大部分の人は、
「死ねない」
という結論に至る。
人に迷惑をかけず、悲しませもせず死ぬことは、とても難しいからだ。
今度は、「しにたいけどしねない」という思考だけが、頭をぐるぐる巡る毎日になった。
自分責めとは溜まるもので、毎日毎日やっているうちに、自分でも気がつかないうちに、満タンに近づいてくる。
これは答えが出ない、と分かっていながらも脳内に同じことばが繰り返され、その自分にも耐えられず、誰にいうことでもないし、と日増しに追い詰められて行った。
そんなある日、私はなんの脈絡もなく、
…走るか!
と思った。
真っ暗に渦巻いている世界に、ほんの少し隙間が空き、ほんの少しの風が入った。
そして、朝になると、起きたままの格好で、アパートの周りを走り出した。
そしてそれを毎日続けた。
寝続けて、よろよろになった肉体。
少しでも道が傾いていたり、段になっていると、すぐに転んだ。
歩く、ではだめだった。
どうしても、走れるようになりたい。
心は既に、元気に駆け回っている子供なので、当然子どものように転ぶ。
すぐに、あざやすり傷だらけになった。
全速力でダッシュしたい気持ちを堪えた。
でも、少しずつ、少しずつ…。
せっかく空いた小さな風穴を、いっそ押し広げてしまいたかった。
チャンスはこれしかないような気持ちで、私は必死にしがみついた。
数えていたのだが、3ヶ月のうちに7回転んで、最後の一回は骨折した。
と思う。
腫れて、動かせなかったから。
どうしても整体をしたくて、ギプスなどされては困るので、我慢した。
2ヶ月ほど掛かったか。現在は完治しました。
さて、底つき体験は、どこだったでしょう。
答えは、
「走り始める日の前の日」
でした。
はっ
となる前の瞬間が、一番暗いし、辛いと思う。
今思えば、です。
一番暗い、と言う状態が一体どこなのか、それは明けてみないと分からないわけです。
翌日は、不思議と、朝なんですよ…信じられないと思うけど。
無理に生きろと勧めるわけじゃないけど、自然はそういうふうに出来てるんですよね、という話です。
「陰極まって陽となす」
ですね。
ほんの少しの隙間さえ開けば、あとは開きます。
そして、ほんの少しの隙間も、勝手に開きます。
なので、吸って、吐いて、ね。
あなたに幸あれ。