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Photo byvoice_miwa0401

🌈認知症の父親の介護を通して当たり前の日常が感謝に変わったこと🍀

    ka‐ko

    今、私は認知症の父親と2年前から同居している。今年から介護4と介護認定をうけ介護サービスも広範囲に受けられるようになり介護の
    負担も軽減されている。デイサービスやショート(短期預かり)を利用して嫌がらずに行ってくれることが何よりの救いだ。

    父親が認知症(アルツハイマー認知症)になったのは6年前に母親が亡くなってからだ。
    当時はいつもそばにいた母親がいなくなり不安から母親を探しもとめるかのように何度も徘徊を繰り返すようになった。
    時には真冬の夜に居なくなり私と姉は血眼で探しまわった。いっこうに見つからないため警察に捜索願いをだした。深夜2時に保護したと警察から報告をうける。警察からはこんな寒い中見つからなければ死も覚悟してくださいと言われていた。保護された父親はなにも言わず疲れ果て寝入った。警察からちゃんと家族が見ておくかどこか施設も考えてください。厳しく注意された。
    そこから色々あって私の家に同居している。

    父親は今では母親の顔や名前も忘れて私の名前と父親の実母親の名前だけは覚えている。

    父親と同居するようになってから父親に対してイライラがとまらなかった。
    年をとって身体の動きは悪くなっているのは
    わかっているのに
    ゆっくり行こうとしている父親にむかって
    もう!早く、早くして!と背後から急がせたり

    食事が早食いなのでむせると
    ゆっくり食べないからよ! 詰めるよ!
    と強い口調になっていた。

    段々便の後始末が出来なくなり
    介助が必要になってきた。
    今日便に当たらないようにとねがい
    願いも虚しく便がでると
    便の後始末に
    ひやぁ~床に便がついた〜
    汚いね!💢
    と怒ってた。

    尿や便の失禁には過敏に反応していた。
    もうなんでトイレ以外でするんよ
    この汚れ私が洗わないといけないんよ
    勘弁してよ💢
    とこんなふうに怒りを父親にぶつけていた。

    なぜ父親に対してイライラがとまらないのか考えた。

    あっ私、母親と同じことしてたとふと思った。

    母親は父親のことでいつも怒っていた
    些細なことで口論となりヒステリックに怒るのが日常だった。
    私にとって母親のいうことがすべて
    父親が悪いんだと母親と同じように父親の言動に反発していた。
    間違いも許せず語気を強めて責めたてる
    あの頃の母親が私の中に住み着いていて
    人生に影響を受けていたことを知った。

    母親が私に乗り移ったように

    私は父親の言動にダメ出ししていた。

    また幼い時代から

    泣けばお世話してもらえる
    何でも思いどおりになる

    自分が一番えらい

    と勘違いし
    自分の思うようにならないと怒りの感情が抑えきれなくなり怒りをぶつけてしまう
    赤ちゃん思考の強い大人になったと自覚した。


    父親を悪い人と母親の見方で見ていたので
    父親を見下し父親が個人の考えをもっていることを理解しないでモノのように雑に扱っていたこと
    父親のことを尊重していなくて感情の赴くままに暴言を吐くゴミ箱化していることに
    気がついた。

    表層意識では大切にしてほしい、自分のこと尊重してほしいと思っているが自分は相手をモノのように扱いこれっぽっちも尊重などしない
    モラハラ娘だったことを知る。

    そんな思考を持っていたため
    人から舐められたり見下されたりぞんざいに扱かわれることが多く自分の中に原因があった
    ことに気づいた。

    私は目の前の人を人として尊重していく
    ことから始めここからスタートした。

    そうすると父親の見方が変わっていった。

    父親の通っているデイサービスの職員さんから

    今日、デイサービスでカラオケ大会があって
    おとうさん石原裕次郎の夜霧よ今夜はありがとうを上手に歌っていましたよ!デイサービスでは人気者でみんな大好きですよ

    と温かい言葉をかけてくれた。
    父親がこんなに皆に愛されていたことを知った
    私の知っている父親は皆の中でカラオケで歌うなんてできない人だと思っていたから以外な一面を知ることが出来た。
    また写真を整理していた時に小さな私を抱く父親、小さな孫を抱く父親はどれも笑顔だった。
    こんなに笑顔が素敵な父親だったことにも気づけた。

    ごめんなさい

    ごめんなさい

    そして

    ありがとう と父親に伝えた。

    以前は父親の歩行に早く、早くと急かしていたが大丈夫よゆっくりね〜と声かけすることが
    出来るようになった。

    また排泄の失敗や介助の時は
    父ちゃんおしっこようでる薬飲んどるけん
    仕方ないよね〜
    今日は快便でよかった〜 
    父親のひとつひとつの行動を良いことと捉え
    イライラすることが減っていった。

    そんなふうに父親の介護が楽な気持ちに変化していった。

    時々イライラした時は

    🌈もう私は母と同じ思考ではないよ
     私は私の考えで行動しているから🍀
     

    自分につぶやいている。
    するとイライラが小さくなっていく。

    相手は自分の鏡であるように自分の行動が相手に写し出される。

    相手をもの扱いすると周りの人も同じように

    大切に扱われなくなってしまう。

    相手には感情や思いがあることを理解し

    お互いの存在を認め尊重することが必要だ。

    🌈私は目の前の人を尊重する
    目の前の人は私に気づきを与えてくれる
    大切な存在🍀
    と私は私に言いきかせている。


    父親は今年で90歳を迎える。

    父親の命の灯が消えるその日まで

    私は父親との時間を大切にしたい。


     
     
     
    長い人生の経験はすべて私の宝物 30代ASD姉妹の自立/60代夫婦の暮らし 認知症の父との大切な時間 家族との日々の気づきや学びをゆるく 綴っています。 私の経験が誰かの明日に温かく届きますように☘️

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