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勝ち負けの先にあるもの

    最近、お世話になったお客様の試合を見ていて改めて考えさせられたことがある。

    試合の世界では勝敗が大切だ。
    勝つために努力し、勝つために練習し、勝った人が評価される。
    それは間違いないと思う。

    ただ、現実の人生では勝ちが全てではないとも感じている。
    試合や様々な経験を通して、「負けない生き方」を学べれば、それも大きな価値ではないだろうか。

    勝っても、勝てなくても、その先で誰かを幸せにできること。
    それこそが本当に大切なことのように思う。

    私自身、この考えに至った背景には師匠の存在がある。
    若い頃の私は殺気を消すことができなかった。
    強くなりたい気持ちもあったし、どこかで認められたい気持ちもあったと思う。

    そんな私を、師匠は根気よく見捨てずに面倒を見てくれた。
    山へ連れて行かれ、SEREの本質を教わったこともある。
    そこで学んだのは、生き残る技術だけではなかった。

    本当に大切なのは、自分を目立たせることではなく、
    危険を避け、余計な争いを生まないこと。

    自分が勝つことよりも、皆が無事でいることだった。

    武術も同じなのかもしれない。
    本当の強さとは、自分の存在をことさらに主張することではなく、
    気づかないうちに周囲を良くしていくこと。

    自分が何かをしたと感じさせないまま、
    環境が少しずつ良くなっていること。

    これは、まだまだ未熟ではあるが、仕事を通しても感じている。

    人が育っていること。
    争いが減っていること。
    若い人たちが育ち、自分がいなくても回るようになっていくこと。

    だからこそ、また違う立場を目指すのかもしれない。

    以前は、教えたい、伝えたいという気持ちが強かった。
    しかし最近は、人は誰かが育てるというより、自ら育っていく部分の方が大きいのではないかと感じている。

    本当に良い指導とは、自分の存在を強く残すことではなく、その人が自分の力で歩けるようになることなのかもしれない。

    そして変化が定着すると、不思議なことに誰が変えたのか分からなくなる。

    道場の雰囲気も。
    会社の文化も。
    人の考え方も。
    いつの間にか当たり前になり、誰の功績だったのか分からなくなる。

    けれど、もしかしたらそれで良いのだと思う。

    「私が変えた」ではなく、

    「気づいたら良くなっていた」

    その方が自然だからだ。

    〇か×か。勝ちか負けか。

    正しいか間違っているか。
    そうした見方は分かりやすい反面、人の心を乱すこともある。

    団体や組織、道場のしがらみも、そこから生まれることがある。
    武術の良し悪しや思想も同じかもしれない。

    それよりも、いつの間にか何かが良い方向へ変わっている。
    そんな変化を根気よく見続けられること。

    そして、自分の手柄にせず、人の成長を喜べること。
    私はまだその境地には遠い。

    それでも、師匠から学んだ本質はそこにあったのではないかと思う。

    こうして文章を書くことも、きっと誰かが〇か×かで判断する。
    何かを残そうとすること自体が、どこかで波を立てているのかもしれない。

    それでも今、こうして書いている。

    まだ私にやるべきことがあるからなのか。

    あるいは、その答えを探している途中だからなのか。

    試合を報告を受けて、そんなことを改めて考えていた。


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    トイカツ株式会社課長代理。店舗管理・セミナー・動画部門の統括・マネジメントに携わる傍ら、現役の武術・インストラクターとしても活動。柔道、空手、システマ、軍隊格闘術などをバックボーンを持ち、独自の「柴田流千葉式武術」を主宰。武術の知見を活かした独自の「構造理論」の探究も行っている。

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