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それでも、音楜がしたいず思った



    あなたは死にかけたずき、䜕を思いたすか
    わたしは、音楜がしたいず思った。

    2026幎の5月、奇跡的なタむミングで健康蚺断がありたした。

    ペガもするし、島にコンビニもない。食事も自炊しおいお䞍摂生はしないし、山や森ぞ歩きにいったり、倏になれば海ぞ川ぞ、倧自然の䞭で人間らしく自由に元気に暮らしおいる。

    どうせ健康だろう、ず軜く思っお行った健康蚺断で、空腹時の血糖倀が288ずいう高い数倀で再採血になりたした。(暙準倀は70〜90ずかです。)


    2日埌しかタむミングが合わなくお、すぐに結果を聞きに行くず、お医者さんにこう蚀われたした。


    「出来れば早めに、鹿児島の糖尿病の専門医に玹介状を曞くので、行っおほしいです。来週はいける日い぀ですか」




    私が糖尿病ず自芚はあたりなかったのですが、お医者さんの話しぶりから、䜓の状態が危険なのは䌝わっおきたした。


    屋久島から鹿児島の病院ぞ行くには、トッピヌずいう船で、片道玄1䞇円、時間も2時間40分かかりたす。そんなに倧事なのか、ず頭はぐるぐるしながらも、わかりたした、行きたす、ず答えたした。

    来週鹿児島ぞ、ずいう話が進んでいたそのずき、最埌にお医者さんが閃いたように蚀いたした。

    「䟋えばなんだけど、明埌日に鹿児島に行くこずはできないすぐに行っおもいいくらいだよ。」ずお医者さん。

    自分のスケゞュヌルを芋たら、ぎったり空癜でした。

    行きたす。ず即答。
    こういうずきのバチっずハマる自分の感芚の盎感を信頌したした。

    翌日、屋久島で玹介状を受け取り、その次の日にはもう鹿児島ぞ向かうこずになりたした。

    あれよあれよずすごいスピヌド感で流れるたたに進んでいきたす。


    さっそく鹿児島行きの高速船トッピヌを予玄しようずするず、受蚺日の朝の䟿が満垭。

    朝の䟿に乗らないず、病院の蚺察時間に間に合わない。

    飛行機では病院たで遠くお間に合わない。


    遞択肢は高速船トッピヌの朝䞀䟿しかない。


    すぐに予玄センタヌぞ電話したした。

    「明日緊急で病院に行かなければいけなくなったのですが、ネットで芋るず朝の䞀䟿が満垭で  空きはないでしょうか」

    オペレヌタヌさんは淡々ず話したす。
    「はい、満垭ですね。キャンセル埅ちをしたすか」

    やっぱダメか。どうしよう。

    「キャンセル埅ちはい぀結果がわかりたすか」ず䌚話を続けおいるず、終始冷静だったオペレヌタヌさんが、ふいに蚀いたした。

    「あっ、今ずれたした」

    奇跡的な偶然で、垭が確保できた

    高速船トッピヌは行きに皮子島にも寄りたす。皮子島からのお客さんが乗り蟌んで満垭になっおいた、その垭。

    私が座るこずになったその垭をキャンセルしたのは、䞀䜓誰だったのでしょう。この流れには、感謝しかありたせん。

    呑気な私は、せっかく鹿児島に来たんだし、蚺察が終わったら、島にはないケンタッキヌを食べおセブンむレブンで買い物でもしお垰ろう、ずわくわくしおいたした。

    島ぞ垰る最終䟿も迫っおいるこずを䌝えるず、病院が連携をずりおきぱきず動いおくれたした。人生はじめおのCTにレントゲン、採血。段取りよく怜査が進んでいきたす。

    CTに至っおは、うわ〜よくドラマずかでみるや぀や。すご〜い。人類の医療の進化っおすご〜い。ずちょっずりキりキしおいたした。笑

    そしお最埌に、糖尿病の蚺察宀の先生に呌ばれたした。

    「あず数日、来るのが遅れおいたら意識がなくなっおいたした。䞀人暮らしですしタむミングが悪ければ意識がなくなっお倒れお、誰にも気づかれないたた、、の可胜性もありたしたね。今日ここに来たこずが、䞍幞䞭の幞いです。今、ずおも危険な状態です。このたたすぐ入院しおください。」


    私は自芚症状もなく、死にかけおいたのです。


    蚺断名は、1型糖尿病ずケトヌシス。

    先生が、ずおも䞁寧に説明しおくれたした。

    1型糖尿病は、2型糖尿病ずはたったく異なる病気です。䞖界的には糖尿病党䜓の5%ほどが1型糖尿病ずいわれおいたす。


    1型糖尿病は、膵臓のむンスリンを出す现胞β现胞が、壊されおしたう病気です。 β现胞からむンスリンがほずんど出なくなるこずが倚く、1型糖尿病ず蚺断されたら、治療にむンスリン補剀を䜿いたす。

    生掻習慣などは関係なく、急に発症するみたいです。

    むンスリンは、食事で摂った糖を゚ネルギヌに倉えるために欠かせないホルモンです。それが䜜れなくなるず、身䜓は糖を゚ネルギヌにできなくなっお血管を壊しおいきたす。攟っおおけば、さたざたな合䜵症を匕き起 こしお呜に関わりたす。

    完治はありたせん。生呜維持の為にこれからの人生ずっずむンスリンの泚射が必芁です。


    ケトヌシスは、むンスリンが極床に䞍足したずきに起きる状態です。゚ネルギヌを䜜れなくなった身䜓は、代わりに脂肪を分解し始め、䜓重が枛っおいきたす。この時に倧量に発生する「ケトン䜓」が血液を酞性に傟かせ、察応が遅れればより重節な「ケトアシドヌシス」ずいう状態に進み、意識障害や昏睡を匕き起こすこずもありたす。私はこの、䞀歩手前のずころにいたんだず思いたす。



    奇跡的なタむミングの健康蚺断から、たるで波に乗ったように鹿児島の病院ぞ最短で運ばれたした。

    盎ぐに点滎を぀けお頂き、しばらくの間そのたた生掻したした。鹿児島で緊急入院になった翌日には空腹時の血糖倀が400を超えおいたした。



    朝䞀䟿の船の垭が電話䞭に空垭にならなければ、

    そもそも職堎の健康蚺断がなければ、

    そしお問蚺、採血の予定が党おの日皋が偶然最短で行われたこずや

    島で先生が、閃いたように最埌に明埌日鹿児島に行くこずはできる ずおっしゃったこず。

    ひず぀でも欠けおいたら、思うずゟッずしたした。



    本圓に、病院に来れおよかった。



    緊急入院になった1日目は

    私はこの呜を生かされたんだ。ずいう
    はじめおの感情を味わいたした。

    今生きおいるこずに感謝が湧き䞊がっお、さらに自分の人生の時間を倧切なこずでいっぱいにしようず思いたした。




    私がトランペットず出䌚ったのは小孊幎生の頃でした。転校先に始動したばかりの金管バンドがあっお䞡芪に連れられおいったのがきっかけだったず思いたす。

    ずにかく毎日はやく吹きたくおたたらなくお 
    お昌䌑みになるのが埅ち遠しくお

    お昌䌑みになるず、すぐ音楜宀に行っお
    トランペットの緎習をしに行くような子どもでした。

    自分のトランペットも買っおもらいそれからは盞棒になっお倧切に倧切にしおいたした。

    今思い返しおみるず、わたしにずっお音楜は気付けばそこにあるものでした。


    そのたた、䞭孊生になっおも吹奏楜郚に入りたした。

    でも人間関係で傷぀くこずがあっお、だんだんず郚宀に行く足が埐々に遠のいお行きたした。

    ルむアヌムストロングのWhat a wonderful world を圓時YouTubeで芋た時に

    ああ、この人にはなれない。

    ず人生はじめおの挫折をした15才。
    高校生になったらもうトランペットはしない。 

    あれほど倢䞭になっお倧奜きだった盞棒は抌し入れにそっず、したいたした。



    音楜のない時間に私は䜕をしおいたかずいうず、色々な南の島を転々ずしお、絵を描くこずに倢䞭になっおいたした。

    でも心のどこかでは、抌し入れに眠ったたたのトランペットのこずを気にかけおいたした。

    9幎埌、たた屋久島ぞ移䜏しようず決めたした。

    運呜ずいうや぀です。

    䜕床も倢に出おくる千尋の滝ず海ず山に挟たれた屋久島の道をドラむブする私。

    自分の盎感で、今このタむミングで屋久島にいくこずしか遞択肢がありたせんでした。

    屋久島でおおきな絵が描きたい。
    ずいう動機で、私はたた屋久島に戻っおきたした。

    そしお抌し入れに眠っおいたトランペットも連れおきたした。

    なんか、すごく吹きたくなったのだず思う。


    久しぶりに組み立おるずちゃんず音が鳎っお感動。

    もうこの子ず出䌚っお20数幎。


    䜕のあおもなく、持っおきたけれど

    䞍思議なもので屋久島に連れお来た
    盞棒のトランペットは玠敵な音楜のご瞁を぀ないでくれたした。

    嬉しいこずに挔奏する機䌚もたくさん頂き、10数幎ぶりにみんなずする音楜は最高に楜しすぎたした。


    人ず音で぀ながれる感芚がずおも幞犏感がすごく
    子どもの頃には感じられなかった音楜のチカラを感じられる自分になっおいたした。


    音楜は、䞀音、䞀音、その堎で消えおいく。でも心の䞭でずっず残り続ける。


    トランペットは、ブランクもあるし技術が自分の思う通りにいかない。

    だから自分の音が降りおくるたた衚珟できるよう緎習をする。それが小孊生のあの頃、音楜宀で音を鳎らしおた時みたいに、ただただ楜しい。


    人生ではじめおの挫折したルむずいう存圚。 What a wonderful world も去幎、玠敵なむベントで挔奏させおもらいたした。


    思い入れのある曲だったから、この曲を提案しおくれたずきびっくりしたした。


    あの頃は歌詞の意味もわからず、ただただルむの存圚のすごさに圧巻されたんだろうけど

    今は歌詞をみながら䜕回聞いおも泣いちゃう曲だし


    音楜は幎霢を重ねるに぀れお深く染み枡っおくれるものだなず思いたす。


    音楜が自分の人生に舞い戻っおきお2幎目。

    10幎埌も20幎埌も、自分の音を響かせおいたい。そう思っおいた矢先のこずでした。


    2026幎6月、冒頭に曞いた即入院の倜。

    病院のベッドの䞊で、点滎に぀ながれた私は䜕を思っおいたか。

    怖かったか。萜ち蟌んだか。


    ——音楜がしたい、ず思った。



    むンスリンの泚射を打ちながら生きおいくこずになる。それが珟実だずわかった。でも、それよりも匷く浮かんできたのは、トランペットを吹きたいずいう気持ちでした。


    生きるこずず音楜が、もう切り離せないのだず知りたした。


    ちなみに入院生掻で䞀番笑ったのは匟ずの電話。

    自芚症状なく意識がなくなる盎前にたたたたの奇跡が重なっおいい病院ぞ蟿り着けたこず。
    糖尿病䞀型になっお泚射を打ちながら生きおいくこずを打ち明けるず、

    「お姉ちゃん、昔から人より疲れやすかったりしたやん。むンスリン打ったら普通の人ず䞀緒くらい動けるっおこずやろめっちゃええやん。人生倉わるんちゃう。」

    たるでこれからの人生、マリオのスタヌをGET出来おめっちゃええやんず蚀っおるように肯定感党出しの予想倖のおしゃべりぶりで、静かな病院で爆笑しおしたい、あずから恥ずかしくなったくらいでした。さすが兄匟。




    死にかけたず思っおわかったこずがある。


    わたしは䞀人では生きおいけないし、これたでも生きおこれなかった。

    日垞で玠晎らしい人たちに囲たれおいたんだなず幞せなきもちになったし

    すぐに駆け぀けおくれるやさしい䞡芪。

    そしお慈悲の心で働く、看護垫さんや医療埓事者の方々には本圓に感動したした。頭があがりたせん。


    屋久島の、無限に広がる呜の山のように。
    人の圹割もたた、無限に埪環しおいる。
    生きお、生かされおいるんだ。ず感じたした。


    長いお話を読んでくださっおありがずうございたした。 
    10幎埌も、20幎埌も、自分の音を響かせおいきたいです。


     
     
    食べるこず 海 音楜 矎しいもの 1993幎うたれ

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