
『地球・エコーレゾナンス計画』第6話:銀河のポリフォニー
第6話:銀河のポリフォニー
誠のタクトとジャックの鉄拳が起こした爆音ファンク・セッション。
あの狂乱の夜が明けた翌朝、颯士の自宅アパートは、まるで嵐の後のようになっていた。
床に散らばるジャンク基板の山、焼け焦げた半田の匂い。
その中心で、颯士は寝袋にミノムシのようにくるまりながら、血走った目でピンセットを動かしていた。
「……壊れたんじゃない。出力の分散が足りなかったんだ。一台の機械で全員を調律しようとするから、ジャックさんの爆音に耐えきれずに煙を吹いた。だったら……最初から全員の体に直接、周波数の同調器を組み込めばいいんだ……!」
彼の執念が、最終決戦の日の朝、ひとつの奇跡を完成させた。
公園に集まったメンバーに、颯士が震える手で配ったのは、不格好なラジオではない。 手のひらに収まる、ト音記号の形をした小さなシルバーの『レゾナンス・バッジ』だった。
「みんな、それを胸元に付けて。……僕の、技術のすべてを詰め込んだ傑作です」
「へぇ、なんかちょっとカッコいいじゃん!」
と隼人がバッジを胸にピンで留めると、バッジは「ピピッ」と微かに青く発光し、彼の鼓動のテンポを測るように優しく脈打ち始めた。
真由美も、節子も、ルナも、そしてジャックも、それぞれの胸にバッジを装着する。その瞬間、5人のバッジの間に、目に見えない半透明の「音の線」が張り巡らされ、お互いの呼吸が、意識せずとも完璧なメトロノームのように同調していくのが分かった。
「ふむ、見事な職人技(アルチザン)です、颯士さん。これなら私のタクトを直接、脳内にハイレゾで受信できますね」
誠は魂の抜けた顔のまま、満足げに菜箸を掲げた。
「さあ、地球の運命を決める最終楽章(グランドフィナーレ)です。……スリー、フォー」
誠のタクトが閃いた瞬間、5人の胸のバッジが一斉に眩い青い光を放った。
「HUMMMMMMM――ッ!!!!」
それはもはや、地球上のどんな合唱団も到達し得ない、次元を超えた究極のポリフォニーだった。
真由美の激しい倍音も、ルナの混沌とした電波ノイズも、節子の解脱したアルトも、バッジがリアルタイムで周波数を自動解析し、お互いの弱点を補い、強みを何倍にも増幅させていく。
さらにそこへ、ジャックが
「ガハハハハ! これが俺のハートのビートだ!」
と、地球の核を震わせるような足音の16ビートを轟かせる。
5人の声と筋肉が起こした史上最大の化学反応は、ついに街の規模を超え、地球全体を包み込むほどの巨大な「七色のオーロラのドーム」となって視覚化された。
世界中で、人々が空を見上げていた。
ガラス張りの高層ビル群も、静かな田園風景も、激しい大洋の波も、すべてがその七色の光のベールに包まれていく。
そして、地球上に渦巻いていたありとあらゆる不協和音――人々の争い、焦燥、機械の耳障りなノイズ――が、この銀河で最も美しい聖歌の響きに飲み込まれ、跡形もなく、優しく調律されていった。
光のドームが最高潮に達し、パッと美しい星屑となって宇宙へ霧散していく。 誠が静かに菜箸を収めたとき、地球には、かつてないほど深く、穏やかな「完璧な静寂(サイレンス)」が訪れていた。
「……ミッション、コンプリートです。皆さん、素晴らしい演奏でした」
誠はそう言い残し、呆然と立ち尽くす5人の前から、時空の歪みの中へと、ぬるりと姿を消した。地球という不完全な楽器を、世界で一番美しい音色に調律し終えて。
(第6話・本編 完)
エピローグ:本日の居残り調律(レゾナンス星から愛をこめて)
(本編の数日後……)
地球での大調律計画を無事に終え、再びレゾナンス第4惑星の縁側に戻ってきた誠。
いつものように魂の抜けた顔で日向ぼっこをしながら、お気に入りの湯呑みで緑茶(のような高性能宇宙燃料)をすすっていた。
彼のジャケットの胸元には、地球に置いてきたはずの、あの颯士が作った『レゾナンス・バッジ』が、今も微かに青くまたたいていた。 誠の宇宙パワーと共鳴したことで、時空を超えた超長距離通信機へと進化してしまったのだ。
誠がバッジの表面を菜箸の先でピッと小突くと、ノイズ混じりの、でも相変わらず騒がしい地球の声がスピーカーから響き渡った。
隼人の声: 『よお、誠! そっちの宇宙の居心地はどうだよ? こっちはあの後、みんなで打ち上げのカラオケ行ってさ。胸のバッジを切り忘れてたせいで、真由美さんのデスボイスとルナちゃんの電波ソングが完璧にハモって、カラオケマシンの採点機能が100点突き抜けてバグって煙吹いたわ!』
颯士の声: 『誠さん、バッジの宇宙通信モード、ちゃんと届いてますか……? 届いていたら、僕の存在感も、少しは銀河系に証明されたでしょうか……』
誠(バッジに向かって): 「……聞こえていますよ、相変わらずうるさいですね。特に隼人、カラオケで100点を出したくらいで浮かれてはいけません。あなたの高音はまだ0.02ヘルツほどヨレています。帰って基礎のハミングをやり直しなさい」
節子の声: 『先生、おかげさまで私のお腹の調和も、あれから毎日快調でございますよ。ホホホ』
誠: 「それは何よりです、節子さん。ですが、その報告の周波数は私ではなく、地球の胃腸科に向けて発信してください」
ジャックの声(突如通信に乱入): 『ガハハハハ! 誠! 地球のビー玉は今日もピカピカだぞ! お前がいないと説教がなくて寂しいから、今からそのバッジの電波を逆探知して、そっちの縁側に殴り込みに行ってやろうか!?』
誠: 「絶対にお断りします、筋肉ダルマ。あなたの暑苦しい質量がこのバッジに負荷をかけたら、通信線が焼き切れて私の大切なお湯呑みが割れます」
誠はそう忌々しそうに毒づきながらも、手元の菜箸を指に挟むと、通信から響くバラバラで、凸凹で、愛おしい地球のノイズ(声)に合わせて、宇宙の虚空を優しく、ゆっくりと指揮し始めた。
胸元のバッジの光は、誠のタクトのリズムに合わせて、まるで地球のみんなとまだしっかりと手を繋いでいるかのように、温かく、トクトクと脈打っていた。
誠: 「やれやれ。あなたたちの歪んだ不協和音(ノイズ)が恋しくなったら、またいつでも『調律』しに行って差し上げます。……それまで、その不完全な音色を、せいぜい大切に響かせなさい」
(地球・エコーレゾナンス計画 本当の終わり)
Chipolo fe ・ 著
これまでのお話は、マガジンから読めます。