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それでも食べて、生きているから

    油地獄

    「油地獄、やるか」

    休日の深夜1時。父がぼそっとつぶやく。

    10代の頃、休みの日は夜中まで父とリビングで遊んでいることが多かった。仕事の愚痴を話したり、アイツはああでもないこうでもないと言いあったり、ある日はギターを弾いたり小さな声で歌ったり。決して有益ではないけれど、無益でもない時間を二人で過ごしていた。

    「油地獄、やるべ」

    父の中で油地獄をやることが決定したらしい。彼の脳内は、もうそれ以外のことは考えていない。

    台所に向かった父は大きな鉄鍋を出し、そこに大量のサラダ油を注ぐ。
    冷蔵庫にあるウインナーやらきのこやらを出してきて、煙草を吸いながら、油が温まるのを待つ。

    カンカンに熱くなった油に、切れ目すらいれていないウインナーやきのこをぶち込む。素揚げだ。ウインナーが油の中で大暴れして、容赦なく油が飛ぶ。

    そう、油地獄とは、灼熱の油の地獄に、食材をそのまま放り込む父が名付けた料理だ。

    揚がった食材はどんどん皿に乗せられる。キッチンペーパーで油を切るなどという概念は存在していない。

    「ケチャップとソース混ぜて付けて食え」

    言われたとおりに、私はケチャップとソースを1対1くらいの割合で、小さな器に入れて混ぜる。

    熱々のウインナーを、作ったソースにギトギトにひたして食べる。

    熱すぎる。口をやけどする。でもなぜだか心が躍る。
    どんどん揚がる。ソースに浸して食べる。口をやけどする。心が躍る。
    父が揚げるのをやめるまで、熱々の具を口に運び続ける。

    終わる頃には口の中はケチャップとソースの濃い後味と、やけどだらけ。

    父は私が食べるのを見て、満足そうに笑っている。

    おそらく油地獄は今でいう、アヒージョみたいなものだったのだろうか。
    父は時代を先取りしていたのかもしれない。

    ちなみに油地獄は、油で台所周りをとんでもなく汚し、翌日母に怒られるところまでがセットである。

    正直、油地獄について私の記憶は曖昧である。使っていた食材も、ウインナーときのこしか覚えていない。ただ、深夜に父と作ってこっそり食べる、背徳の味。その感覚を20年経った今も、ふと思い出すことがある。

    父と過ごした、有益ではないけど無益でもない時間のかけらは、ずっと私のなかに残り続けるのだろう。

    涙のコールスロー

    誰かのため、周りの安心のため、他人が喜びそうなことを優先して生きる。
    20代までの自分は、そんな人生を歩んでいた。

    夜景が見える綺麗な部屋で暮らしている自分。一緒に暮らしている人のために食事を作る自分。時折感情が爆発しても、その感情に行先はない。綺麗なのにどこか暗い部屋に帰ってきて、ため息をつく日々。

    1秒1秒は自分の感情を見ないフリをしてやり過ごすことができても、1秒が積み重なれば、何時間にも、何日にも、何年にもなる。砂時計みたいにして積み重なった負の時間は、本来の自分の心を消してゆく。

    マイナスな1秒が何年分かに積み重なったある日、夜遅くに実家に帰った。
    リビングの扉を開けた瞬間から母はいつもどおりパンチとユーモアのある毒を吐き、父は酒を飲んでテレビを見ながら横たわっている。

    「とにかくお腹が空いた」

    ぼそっとそう呟いた私に

    「昨日の残り物しかないけど」

    そう言って母がタッパーを差し出した。

    タッパーの中には、細く刻まれたキャベツとにんじんにコーンがたっぷりと入ったコールスロー。

    大雑把な私と違って手先が器用な母が作るコールスローは、すべての野菜が同じ細さに刻まれている。母の料理を食べるのは何年ぶりだろうか。

    箸を握り、ひとくち食べる。

    調味料の味が、規則正しく刻まれた野菜にしっかりと絡んでいる。マヨネーズの甘みが脳の奥を刺激して、口に運んだ瞬間に涙がボロボロと溢れた。

    母は昔からいろんな料理を作っていた。家庭の定番のから揚げや餃子やハンバーグ、時には「これ創作料理」と言って食べたことのないような料理も出てきた。いろいろな味がする料理だけれど、どれも確実に母の味であった。

    このコールスローも紛れもなくそうだ。

    自分はこの人の料理に育てられ、生かされ、今日まで生きてきた。

    涙を流す私に、母は何も言わない。私も何も言わない。

    ただ涙を流し続けながら、コールスローをひたすら食べた。

    食べ終わる頃に「このままではいけない」という想いが頭をかすめた。それでも、積み上げた他人のために生きようとする習慣を変えるのは難しいし、なにより怖い。

    人のため人のためと言うけれども、人のためと思って行動しているのがラクなんだろうな私は、と思う。結局自分のためじゃないか。この弱虫が。

    明日からも、他人の喜びのことを考えて、私は生きてゆく。母の味をときどき思い出しながら。

    砂時計みたいに積み上げた時間をひっくり返せる日は、いつか来るのだろうか。

    曇り空とたこ焼き

    ある冬の寒い曇り空の日、原宿のキャットストリートを歩いていたら
    たこ焼き屋の前で、熱々のたこ焼きを頬張っている若者がいた。

    平和な光景だ。寒い日のたこ焼きはいいよな。

    そう思いながら歩いていると、たこ焼き屋の反対側の道路を歩いていたじいさんが突然、若者に向かって

    「たこ焼きは爪楊枝で食べるんだよばーーーーか!!!!!」

    と、でかい声を出した。

    そして立て続けに

    「お箸は焼きそばだよばーーーーーっか!!!!!!!!!」

    と叫んだ。

    なんだこのじいさん。何を突然叫び始めているんだ。楽しくたこ焼きを食べている若者が気の毒じゃないか。

    このじいさんはおそらく、“たこ焼きを爪楊枝で食べる”ということに、並々ならぬこだわりをお持ちなのだろう。
    たこ焼きをお箸で食べたら寿命が縮む呪いにでもかかっているのかもしれない。

    突然じいさんに絡まれた若者は茫然としている。そりゃそうだ。寒い曇り空の下、ホカホカのたこ焼きを楽しんでいただけなのに突然じいさんに叫ばれるなんて、青天の霹靂ならぬ、曇天のクソジジイでしかない。

    なにかフォローをしてあげたいが、ただの40代女性の私は無力だ。
    「じいさんや、一度お箸でたこ焼きを食べてごらんなさいな。おいしいよ」とでも言ってあげるべきなのだろうか。心の中ではいろんなことを思うが無理だ。小心者の私にはそんな想いを言葉に出すことはできない。

    どうしようもないことを考えているうちに、じいさんはどこかへ消えてしまった。
    取り残された若者は気まずそうに残りのたこ焼きを食べている。

    「いいんだよ!!自信を持ってお箸で食べなさい!!あなたは何も間違ってない!!」

    などとはやっぱり言えるはずもない。無力な40代女性は、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、寒い曇り空の下をトボトボと帰った。

    曇天のクソジジイのせいで、妙にたこ焼きが食べたくなってしまった。近いうちに買って食べようと思う。もちろん爪楊枝で。

    小さな私の卵焼き

    幼い頃、夏になると青森にある祖父母の家に遊びに行っていた。

    青森にはお盆の期間、だいたい一週間ほど滞在するのだが、半分を父方の祖父母の家、もう半分を母方の祖父母の家で過ごす。夏休みの青森行きは、小学生の私にとって大きなイベントだ。

    小学校3年生の夏休み、例年どおり青森に行った。
    父方の祖父母の家で半分の日程を過ごしたのち、母方の祖父母の家へ。

    母方の祖父母の家には、じいちゃんとばあちゃん、おじさんとおばさん、犬のタロが住んでいる。

    じいちゃんは若いときに脳の病気を患ったので、言葉を話すのも、歩くのもものすごくゆっくりだ。半分くらいは何を話しているのか聞き取れないのだが、私の手をぎゅっと握ってくれる大きな手が温かい。その手を握り返せば、じいちゃんの心がものすごく温かいということがわかる。私はじいちゃんが大好きだ。

    ばあちゃんは、私がそのまま年を重ねたらおそらくこうなるだろうな、という風貌をしている。早口で好き勝手話して、悪口が強烈。性格も私とものすごく似ている。もはやコピー。

    おじさんとおばさんはものすごく優しい。私が「ありがとう」と言うと「きちんとお礼が言えて偉いねぇ」と、いつも褒めてくれる。

    タロはかわいいけどちょっと怖いので、私は触ることができない。

    母方の祖父母の家に滞在して数日。昼間おじさんもおばさんもいなくて、なぜだか私の両親もいなかった日があった。

    ふと、じいちゃんとばあちゃんに自分の作った料理を食べてもらいたくなった。小学校3年生の私は、作れる料理はあまりない。でも卵焼きは、母に習って何度か作ったことがある。卵焼きならきっと上手に作れるだろうから、卵焼きを作ろう。そう思い立った。

    とはいえ、自分の家の台所ではないので、ボウルがどこにあるか、菜箸はどこにあるか、あらゆる物の場所が分からない。探り探りで調理器具を用意し、冷蔵庫から卵を出す。

    母に習った卵焼きは、まずボウルに砂糖としょうゆ、粉末だしに、片栗粉をほんの少し入れて、少量の水で溶く。片栗粉を入れることで、ふわっとするらしい。そこに卵をふたつ割り入れて、しっかりと混ぜる。白身と黄身が、きちんと溶け合うように、しっかりと。

    卵焼き用の四角いフライパンを熱して、少しづつ卵液を流し込む。最初はスクランブルエッグ状にして端に寄せ、次の卵液を流しいれて巻いていく。
    うちの卵焼きは、最初から巻かないのだ。まずスクランブルエッグ状にした卵を軸にして、そこから巻いていくかんじ。

    慣れた手つきでくるくると卵焼きを巻いていく。きれいに巻けた。じいちゃんとばあちゃんは喜んでくれるかな。

    少し冷まして、包丁で6等分にカットする。
    お皿に乗せて、茶の間にいるじいちゃんとばあちゃんのところへ持っていく。

    「卵焼きつくったよ~食べて~」

    そう言ってテーブルに卵焼きを乗せると、じいちゃんがすぐに箸を伸ばした。

    …一口食べて、なにやら大爆笑している。何か言おうとしているが、じいちゃんは言葉が出せない。ただただ笑いすぎて、入れ歯が外れそうになっている。

    続いてばあちゃんも一口食べる。

    「んだこれしょっぺ!!!」(※なんですかこれはしょっぱいです)

    …!?!?!?

    「これ、塩入れたべぇ!!??」

    なんと…!ありきたりだけど痛恨のミスをしてしまったようだ。

    私も一口食べてみる。とんでもなくしょっぱい。たっぷり砂糖を入れたつもりがたっぷりと塩を入れていた。

    「こったらのけねじゃ!」(※このようなものは食べられません)

    さすがばあちゃん。思ったことをそのまま言う。

    じいちゃんは笑いながら、一口、もう一口としょっぱい卵焼きを食べている。

    「やいやいや~…じさまこったらの食っで……」(※いやいやいや…じいさんこんなものを食べて…)

    「タロさ食わせろ!!」

    本当にこのばあさんは小学生相手に容赦ない。でも、この人がこういう性格なのはよくわかっているし、なんといっても私も似たような性格をしているから特に傷つくことはない。傷つくどころか「タロさ食わせろ」がおもしろくて爆笑してしまった。このクソしょっぱい卵焼きを犬になら食わせてもいいと思っているところが、まじでマイゴッドグランドマザー。恐ろしいばあさんだ。

    クソしょっぱい卵焼きがそのあとどうなったか、よく覚えていないのだが、たしかじいちゃんが食べられる範囲で食べてくれていた記憶がうっすらとある。じいちゃんは優しい。

    そんなばあちゃんもじいちゃんも、今は天国に行ってしまった。青森に行くときには、仏壇に卵焼きを供えようと思う。大人になった私が作った、とびきり幸せな味のする卵焼きを。

    姫と日高屋

    『人生で一度も、日高屋に行ったことがない』

    夫にそう告げると

    『お姫様じゃん』といわれた。

    『日高屋というメジャーなチェーン店に足を踏み入れたことがないなんて、姫のようだ』という意味らしい。

    日高屋は家の近所にある。走ったら30秒くらいで着く。なのになぜか入ったことがない。食わず嫌いでもなければ、入るのが怖いわけでもない。今の家に越してきて6年、近所のあらゆるお店でごはんを食べてきたというのに、日高屋にだけは行ったことがない。

    毎日のように日高屋の前を通る。日高屋は私にとって風景みたいなもんである。道に生える雑草や、足元に転がる石と同じようなかんじだ。そこにあるけれど気にかけるわけではなく、でも視界の隅には入っている。もはや風景すぎて『日高屋でご飯を食べよう!』という気持ちにならないのかもしれない。

    しかしある日、私の中で風景と化していたはずの日高屋の前を通ったときに、気になる文字が目に飛び込んできた。

    “とんこつニラ南蛮”

    デカデカとそう書かれたメニューは、ラーメンに辛そうなニラが乗っているという、非常にシンプルな姿をしている。

    麺⁺辛そうなニラ。ただ、それだけ。他の具材は一切乗っていない。

    自信満々なその出で立ちが、無性に気になる。これを食べてみたい。どんな味がするんだ。とてつもなく辛いのか、それともほどほどの辛さなのか。ニラ南蛮でラーメンを楽しむのか、ラーメンでニラ南蛮を楽しむのか。気になって仕方がない。

    そして冒頭の会話に戻る。
    お姫様な私を、夫が日高屋に連れて行ってくれることになった。

    ウキウキしながら自動ドアをくぐる。「いらっしゃいませ!」と笑顔の素敵なお兄さんが席に案内してくれた。

    今日食べるのは“とんこつニラ南蛮”一択なのだが、他に何があるのか知りたいので、ひとまずメニューを開く。
    餃子、春巻き、砂肝、アジフライ、とうもろこし揚げ、ごぼう揚げ…!?
    おつまみが豊富だ。200円台のものもある。ビールも安い。

    「気になるおつまみが多すぎる………飲みてえ………」

    ワナワナしながらそう呟く私に

    「今度飲みに来ようね」

    と、冷静な夫。

    予定どおり、とんこつニラ南蛮と、餃子も食べたかったので注文した。

    初めての日高屋に万全な状態で挑むため、料理が来るまでの間にお手洗いを済ませる。席に戻ると、もう運ばれてきている!!早い!

    ……写真のまんまだ。麺⁺辛そうなニラ。他に具が入っている気配はない。

    まずはニラ南蛮が混ざらないように、スープをひとくちいただく。

    しっかりコクのあるとんこつの味。だが、意外とあっさりとして食べやすい。

    そしてニラ南蛮を一口。

    辛い!!けっこう辛い!!でもこの辛さがたまらん。

    そしてニラ南蛮を少しづつスープに溶かしながら食べる。
    白濁だったとんこつスープが、だんだんと赤に染まるごとに、スープ全体の辛さが深くなる。

    なるほど、これはおもしろい。自分のペースでニラ南蛮をスープに溶かし、好みの味を作り上げてゆく。ニラ南蛮だけ食べてももちろん良いし、スープに溶かして徐々に好みの辛さにしてゆくのも良い。自分流に唯一無二のとんこつニラ南蛮を作れるというわけだ。

    それにしても辛い。食べれば食べるほど汗と鼻水が噴き出す。しかしそんなことはお構いなしに、自分好みのとんこつニラ南蛮を啜り続ける。「辛い、ニラ、麺、とんこつ」今の私の脳内に浮かぶのはこれだけだ。今この瞬間に集中することしかできない。ある意味、瞑想のような時間である。

    真っ赤な顔をしてとんこつニラ南蛮を完食した。私の満足げな表情を見た夫は、

    「良かったね、お姫様」

    と言って笑った。

    このとき私は、新しい仕事を始めたばかりで心がザワザワとしていたのだが、とんこつニラ南蛮はそんなことも吹き飛ばしてくれた。愉快な食べ物は人の心を救う。「今ここに集中する」ということが大事だとは分かっていても、日常生活でそれを実現し続けるのは難しい。とんこつニラ南蛮は、たった650円で、私を今この瞬間に戻してくれた。

    こうして、日高屋の味を知ってしまったお姫様は、今日もスマホで日高屋のメニューを眺めている。次に行ったときに食べたいものを、よだれを垂らしながら考える日々だ。


     
     

    cherico

     
     
    悪口を言わないヤツよりも悪口がおもしれーヤツが好きです。 おっととふたり暮らし。

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