
知床のサクラマス
人生で一番うまかった魚は何か。
高級な寿司でも料亭の一皿でもない。知床の海岸で、番屋のオヤジにもらった一匹のサクラマスだった。
昆布と焚き火の香りが、何十年経った今も消えない。
文・垣内吾郎
人生で一番うまかった魚は何か。
高級な寿司でも料亭の一皿でもない。
知床の海岸で、番屋のオヤジにもらった一匹のサクラマスだった。
昆布と焚き火の香りが、何十年経った今も消えない。
文・垣内吾郎
本マグロの赤身がいい。
サワラも。
ハタも捨てがたい。
だが、人生で一番うまかった魚は何かと聞かれたら、私はそのどれでもなく、サクラマスと答える。
北海道の知床で食べたサクラマスだ。
料亭ではない。
寿司屋でもない。
知床の海岸だった。
若い頃、羅臼から知床岬まで歩いたことがある。
まだ三男が生まれる前だった。
数日後には三人目が生まれるはずだった。
今思えば無茶だった。
当時は体力だけはあった。
海岸線を歩いた。
テントを担いでいた。
昆布漁の時期だった。
番屋の前を通りがかった。
番屋のオヤジは何度も、
「働いていけ」
と言った。
人手が欲しかったのだろう。
昆布漁は重労働だ。
海と崖しかないような場所で、人の手はいくらあっても足りなかったはずだ。
私は少し手伝った。
網を運んだ。
荷を動かした。
潮が引くのを待った。
歩く道は険しかった。
足元の石が動いた。
草を掴んだ。
指に土が入った。
ヒグマと出くわしたこともあった。
静かに後退った。
熊は降りてきた。
さっきまで私がいた場所に来た。
その時、まだ生まれていない子のことを思った。
何日かして帰る日が近づいた。
その時だった。
実は数日後に子供が生まれるんです。
そう言うと、オヤジは黙った。
それまで何度も言っていた、
「働いていけ」
を言わなくなった。
代わりに大きなサクラマスを持ってきた。
見事な魚だった。
銀色に光っていた。
持っていけ。
そう言った。
困った。
大きすぎたのである。
鍋もなかった。
まともな調理道具もなかった。
ただ焼いてしまうのは惜しかった。
海岸へ下りた。
流木を集めて火を起こした。
浜には厚い昆布が打ち上がっていた。
それを拾った。
サクラマスを昆布でぐるぐる巻きにした。
そして焚き火の脇へ置いた。
火の粉が舞った。
潮風が吹いた。
しばらくすると香りが変わった。
最初は昆布の匂いだった。
そのうち魚の脂の香りが混じった。
さらに煙の香りが重なった。
燻製というほど強くはない。
だが確かに煙の香りがした。
昆布を開いた。
白い湯気が立ち上った。
身はふっくらとしていた。
箸を入れるとほろりと崩れた。
食べた。
驚いた。
今まで食べた魚とはまるで違った。
昆布の旨味が染みていた。
サクラマスの脂は甘かった。
煙の香りが後から追いかけてきた。
海の匂いはしなかった。
生臭さもなかった。
旨味だけが残った。
今でも、あれ以上のサクラマス料理には出会っていない。
しばらくして、番屋のオヤジがやって来た。
そして私に聞いた。
ウニは取ったか。
いや。
そう答えると、
好きなだけ食え。
と言った。
岩場へ下りた。
ウニはそこら中にいた。
殻を割った。
その場で食べた。
焼いても食べた。
腹いっぱいになるまで食べた。
今では考えられないような贅沢だった。
後で知った。
オヤジはウニの漁業権を持っていなかった。
罪悪感が残った。
「お前らが食うぐらい、どうってことない」
オヤジはそう言った。
数日後、私は東京へ帰った。
しばらくして、三男が生まれた。
その後もいろいろな魚を食べた。
高い寿司屋にも入った。
評判の店にも行った。
だが、知床の後しばらくはウニが食べられなかった。
生臭く感じたのである。
店が悪かったわけではない。
知床との差が大きすぎたのだ。
何十年も経った。
息子たちも大人になった。
それでも昆布の香りを嗅ぐと思い出す。
知床の海岸。
流木の火。
分厚い昆布。
白い湯気。
そして銀色のサクラマス。
あの時の魚は、今も少し湯気を立てている。