
【短編】『その先に、海を見る…』〜第二回一枚の写真から文芸賞〜
花澤薫さんの企画に参加させていただきます。
***
――地球は、すっかり荒廃してしまった……。
一面の砂漠が、目の前に広がっていた。
視界を埋め尽くす不毛の大地に……その言葉しか思いつかなかった。
乾いた風が、ビョウとばかりに吹き付ける。
思わずもたれかかると……砂に埋もれた柵は、みしりと嫌な音を立てた。
腐食が激しい。
ここに降る酸性雨のためだろう。
人々がこの地上での生活を諦め、地下へ潜って……どれほどの月日が過ぎたのだろう。
地下にできたシェルターは、別名『竜宮城』。
悪化の一途をたどる環境から、人々を守るために作られたものだった。
安全が約束されたその場所には、不安も恐怖も、焦りもなく。
食べ物も、飲み水も十分にあって、真新しいことだらけ。
毎日踊って遊んで……。
だが。
そんな太陽の当たらない時間の流れに、惑わされたのだ。
地上の有様は全て幻だといわんばかりの、あの不思議でどこか独特な……しっとりとした甘美な時に。
自分が飲み込まれていることに、気づけなかった。
「……きみは、今、どこにいる?」
そうつぶやく声が、震える。
彼女と別れたのは、ほんの数日前のはずだった。
『海が、見たいの』と言って……彼女はシェルターから姿を消したのだ。
きみが、何を思い、ここを旅立ったのか。
あれから幾歳が経ったのか。
今も帰らぬきみは、海に会えたのか。
それを知る術は何もなく……うなだれるしかない。
あの時は、きみの願いを優先したいと思った。
それも、本心から。
地上がこんなことになっているとは、思ってもいなくて。
一緒に行く選択も頭になくて。
すぐに戻ると思い、呑気に……あの偽りの安全地帯から、きみの背中を見送ったのだ。
「……ごめん」
どうしても、懺悔のような思いしか出てこない。
地下で過ごしたのは、すぐのようで長いような……ひどく曖昧な時間。
なのに。
見渡す限り……緑はもう、どこにもない。
すっかり視界から消え去ってしまっている。
今更のように、この地球のためにできることは何かなかったのかと……考えてしまう。
「だって、これでは……」
呻くように呟くが……文字通り言葉を失っていた。
これでは……ただ、逃げただけ。
見たくないものに蓋をしただけだ。
目の前に突きつけられた現実は、あまりにも残酷すぎた。
「なんだ、これは……?」
ふと、視界の中に。
僕は信じられないものを見た。
……まるで、僕がこうすることがわかっていたかのように、手すりにメッセージが残されていたのだ。
『↑行き先は、ただ一つ。この先の海にて、愛するあなたを気長に待つ予定』
その筆跡は、間違いなく彼女のもので。
その走り書きにある矢印だけが、唯一の手がかり。
それが指し示すのは……懐かしい思い出の方角で。
――きみは、そこに向かったのか?
じわりとこみ上げてくる思いがあった。
一面に広がる視界は、砂で白く霞んでいるというのに。
この砂漠を……彼女は歩いて行ったのだ。
それはきっと……灼熱と極寒の旅。
どこまで行けば、海が見えるのか。
わからないほど……先は遠く、果てしなく。
降る雨だって、もはや命を奪うためだけに注ぐ、死の雨だろう。
愕然としてしまうのに……乾いた風と熱が、涙を流させまいとする。
そう。
……泣くのはまだ早いと言わんばかりに。
「きみを、心から愛してる」
だからこそ。
遅くなったけれど、ここへ来た。
僕は、いつも判断が遅いのだ。
そして。
……今からでも、この先で待つきみのもとに向かいたいと思えるほど。
どうやら、きみのことをまだ深く愛しているらしい。
――どこまで歩けば、きみに会える?
あるかもわからない海。
答えが見いだせないほど……先は遠い。
……だとしても。
「遅いくらいが、きっとちょうどいい。……僕にそう言ったのは、きみだろう?」
ここで話が終わるのか。
それとも、新たな物語を紡ぐのか。
わからなくても……選ぶことはできる。
それは、今からでも遅くはない。
「だから……」
そうつぶやき、どこか自嘲気味に微笑んで……。
僕は柵を持つ指に、力を込めた。
『一枚の写真から文芸賞』は初めての参加になります。よろしくお願いします。
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