
AIで業務を自動化してみてわかった。大事なのは「人間を外すこと」ではなく、確認する場所を設計することだった
AIを使って販売ダッシュボードを作っていたとき、最初は「できるだけ自動化したい」と考えていました。
各販売プラットフォームからダウンロードしたデータを加工し、HTML形式のダッシュボードまで出力する。
技術的には、元データの加工からHTML生成まで、一気通貫でつなげることもできました。
ボタンを押せば、最新のファイルが生成される。
手作業は減る。
見た目も整う。
毎月の作業も楽になる。
最初は、そこまで自動化できれば便利だと思っていました。
けれど、実際に作りながら考えが変わりました。
私は、あえて処理を分けることにしました。
元データを加工する処理と、HTMLを生成する処理を独立させました。
途中で人が確認できる余地を残したかったからです。
今回考えたかったのは、AIやPythonでどこまで自動化できるかではありません。
実務で使う仕組みにするために、どこを自動化し、どこに人間の確認を残すべきか、ということでした。
理由は単純です。
実務のデータには、イレギュラーがあるからです。
私はPythonを専門的に学んできたわけではありません。
Google Data Analyticsなどの学習を通じて、データ分析の道具としてPythonに触れ、それを実務に近い作業に使ってみた、という感覚に近いです。
今回の取り組みでは、Pythonは実際にデータを加工する道具でした。
AIは、そのPythonのコード作成やエラー修正を助けてくれる相手でした。
そして、データ分析やBIの考え方は、何をどう集計し、どこで人が確認すべきかを考える土台になりました。
AIを使えば、動くものは驚くほど簡単に作れます。
Pythonのコードも、ダッシュボードの構成も、エラーの修正案も、AIにかなり助けてもらえます。
でも、実際の業務で使う仕組みにしようとすると、ただ「動く」だけでは足りませんでした。
どのデータを正とするのか。
違う名前で呼ばれているものを、どう同じものとして扱うのか。
どこまで自動化し、どこで人が確認するのか。
間違えたときに、前の状態に戻って確認できるのか。
そうしたことまで考えないと、仕事で使えるものにはなりません。
40代になってからデータ分析やBIを学び直してきましたが、今回いちばん実感したのは、コードが書けるかどうかだけではありませんでした。
自動化で大事なのは、人間を外すことではない。
人間が見るべき場所を、きちんと設計することでした。
「全部自動化すればよい」とは限らない
販売データを扱っていると、教科書のようにきれいなデータばかりではありません。
たとえば、販売プラットフォームごとに、ダウンロードできるデータの形式はかなり違います。
同じような指標でも、あるプラットフォームでは「セッション数」と呼ばれ、別のプラットフォームでは「ユニークユーザー数」に近い言葉で表現されていることがあります。
製品名の表記も、プラットフォームごとに一致しているとは限りません。
人間がExcelで見ていれば、「これは同じ製品のことだな」「この項目はあの指標に近いな」と判断できます。
しかし、Pythonで処理するには、その判断をあらかじめルールとして持たせる必要があります。
そこで、製品名やカテゴリをそろえるためのマスターデータや、プラットフォームごとの表記を合わせるための対応表を使いながら、HTMLダッシュボード用の集計データを作るようにしました。
マスターデータというと少し難しく聞こえますが、要するに「この製品名は社内ではこの名前で扱う」「この商品はこのカテゴリに入れる」といった基準表のようなものです。
対応表も同じで、プラットフォームごとに違う言葉を、同じ意味として扱えるようにするための表です。
つまり、単にCSVを読み込んで足し上げるだけではありません。
各プラットフォームの言葉と、自分たちの管理上の言葉を、同じ土俵で比較できる形にそろえる必要がありました。
ここで感じたのは、自動化の前に必要なのは、業務の中で人間が自然にやっている判断を、データ処理のルールに落とし込むことだということです。
さらに、実務ではキャンペーンやセール期間だけ、通常とは違う処理が必要になることもあります。
想定していなかった空欄や、例外的な値が入ることもあります。
人間がExcelで見ていれば、「これは今回だけの例外だな」と気づける場合があります。
しかし、処理を完全に自動化してしまうと、そうした違和感を見逃す可能性があります。
さらに怖いのは、間違った処理をしていても、最終的なHTMLはきれいに出力されてしまうことです。
見た目が整っていると、人は安心してしまいます。
グラフが表示されている。
数字も並んでいる。
ファイルも自動で保存されている。
すると、その裏側で処理が間違っていても、気づきにくくなります。
だから私は、元データの加工とHTML生成をあえて一つにまとめませんでした。
まずPythonで元データを加工する。
その加工結果を一度確認する。
そのうえで、HTMLダッシュボードを生成する。
完全自動化ではありません。
少し手間は残ります。
でも、その手間には意味があると思いました。
自動化は、人間の確認をゼロにすることではないのだと思います。
どこを機械に任せ、どこで人間が見るべきかを決めることも、自動化の一部なのだと感じました。
これは、以前PPT作成をAIで効率化しようとしたときにも感じたことです。
AIに完璧な完成版を出してもらうというより、人間が確認・修正しやすい初稿を作る。
その考え方は、ダッシュボードの自動化でも同じでした。
エラーではない数字が、正しいとは限らない
ダッシュボードを作っているとき、平均単価の数字に違和感を持ったことがありました。
カードに表示された平均単価は、普段自分が見ている価格感よりも高い数字になっていました。
ツール上はエラーではありません。
計算結果としては表示されています。
グラフも壊れていません。
見た目だけなら、問題なく動いているように見えます。
でも、日々その製品やチャネルの数字を見ている立場からすると、「これは何かがおかしい」とすぐに感じました。
そこで、計算ロジックや元データの扱いを確認し、修正が必要だと判断しました。
このとき感じたのは、データ活用において大事なのは、数式やグラフを作ることだけではないということでした。
ツールは、こちらが指定した通りに数字を出してくれます。
しかし、その数字が業務の感覚と合っているかどうかまでは、自動では判断してくれません。
日々見ている価格感と比べて違和感がないか。
前回の数字と比べて急に変わっていないか。
チャネルや製品の実態と照らして、不自然な数字になっていないか。
そうした確認は、実務を知っている人間が見る必要があります。
AIやBIツールは、作業を速くしてくれます。
でも、出てきた数字をそのまま信じるのではなく、「これは本当に業務の実態と合っているか」と確認することは、人間側の役割なのだと感じました。
人間には通じる「不明」が、データでは扱えなかった
もう一つ、印象に残っていることがあります。
販売実績データを更新していたとき、ユーザー向けの表示価格がわからないケースがありました。
人間の感覚では、「不明」と書けば意味は通じます。
実際、Excelのメモとしてなら、それで十分かもしれません。
しかし、その列は数値として扱う前提でした。
そこに「不明」という文字を入れると、想定通りに処理できませんでした。
人間にとっては、ただの補足です。
でもコンピューターにとっては、数値の列に文字が入っている状態になります。
この小さな出来事も、自分にとっては大きな学びでした。
人間は文脈で理解できます。
「今回は価格がわからないんだな」と補えます。
でも、コンピューターは文脈ではなく、型とルールで処理します。
0なのか。
空欄なのか。
不明なのか。
対象外なのか。
後で確認する値なのか。
人間にとっては似たように見えるものでも、データとして扱うには意味を分けなければなりません。
AIやPythonを使って仕事を自動化するというのは、単に作業を楽にすることではありませんでした。
人間が曖昧に処理していた業務を、機械が扱える形に翻訳することだったのだと思います。
ここに、学び直しの意味があると感じました。
Pythonを専門的に学んできたわけではありませんが、データ分析の学習の中でPythonに触れていたことで、コンピューター側の見方が少しわかるようになりました。
実際、エラーの原因を見つけたり、修正方法を考えたりするところは、AIにかなり助けてもらいました。
自分だけで原因を突き止め、コードを直せたわけではありません。
ただ、Pythonの基礎に触れていたことで、AIが出してくれた説明や修正案の意味は、以前より理解しやすくなりました。
「これは数値として扱う列だから、文字が入ると処理できないのか」
「空欄と0は同じ意味ではないのか」
「確認が必要なデータは、あとから見分けられるようにしておく必要があるのか」
AIが出してくれた答えを、ただ貼り付けるだけではなく、なぜその修正が必要なのかを少し考えられるようになった。
そこに、データ分析を学び直した意味がありました。
実務経験と学び直しがつながる感覚がありました。
自動化しても、後から確認できる余地は残したかった
HTMLダッシュボードを出力する仕組みでは、最新ファイルだけでなく、過去のバージョンも一定数残すようにしました。
具体的には、元データとHTMLをそれぞれ過去数回分保存できるようにしました。
最新だけが上書きされるのではなく、前回や前々回の状態に戻って確認できるようにするためです。
これは、見た目にはわかりにくい工夫です。
ダッシュボードのグラフが増えるわけではありません。
高度な予測モデルや複雑な分析ができるわけでもありません。
見栄えのする機能でもありません。
でも、実務で使う仕組みとしては重要だと思いました。
なぜなら、数字に違和感が出たときに、前回と比較できるからです。
どの元データから、どのHTMLが作られたのかを確認できるからです。
もし処理を間違えたとしても、戻って確認できる余地があるからです。
自動化を進めるとき、つい「どこまで手間を減らせるか」に目が向きます。
でも、実務で本当に大事なのは、間違えないことだけではありません。
間違えたときに気づけること。
気づいたときに戻れること。
原因を追えること。
次に同じ間違いをしないように直せること。
このあたりは、学習用のサンプルデータだけを扱っていると見えにくい部分です。
きれいなデータで、目的変数が決まっていて、評価指標も決まっている。
そういう環境では、モデルや可視化の技術に集中できます。
しかし、実務データでは、そもそもどのデータを正とするのかから考えなければなりません。
更新の手順も必要になります。
例外処理も必要になります。
ファイルの保存場所も、バージョン管理も、確認タイミングも必要になります。
データ活用は、分析だけでは終わりません。
運用まで含めて初めて、仕事で使えるものになります。
最初は、自分の作業環境の小さなフォルダから始めた
今回の仕組みは、会社全体を変えるような大きなDXではありません。
最初は、自分の作業環境の中にPython用のフォルダを作るところから始めました。
そこにスクリプトを置き、ダウンロードしたデータを入れ、加工結果を出す。
必要に応じてHTMLを生成し、共有できる場所に保存する。
本当に小さな仕組みです。
でも、自分にとっては意味がありました。
これまで手作業で行っていたことを、少しずつ処理として切り出す。
毎月同じように考えていたことを、ルールとして明文化する。
どこで人が判断すべきかを考える。
どこから先は機械に任せられるかを考える。
この過程そのものが、仕事の見え方を変えてくれました。
自動化というと、すごいシステムを導入することを想像しがちです。
専用ツールを入れる。
大きなプロジェクトを立ち上げる。
IT部門と連携する。
予算を取る。
もちろん、それが必要な場面もあります。
でも、現場の小さな業務改善は、もっと小さく始めてもよいのだと思います。
毎月ダウンロードしているファイル。
プラットフォームごとに違う表記。
手作業でそろえている製品名。
毎回同じように作っている集計表やグラフ。
そうしたものを一つ選び、「これはルール化できないか」と考えるだけでも、学び直しは実務につながっていきます。
AIは形を作る。でも、問いは自分で作る必要がある
今回のダッシュボード作成でも、AIはかなり役に立ちました。
Pythonのコードを書くとき、エラーの原因を調べるとき、集計方法を考えるとき、HTMLの構成を作るとき、何度もAIに相談しました。
もしAIがなければ、自分ひとりでここまで進めるのはかなり難しかったと思います。
ただ、その一方で、AIに聞けばすべて解決するわけではないこともわかりました。
AIはコードを書けます。
しかし、そのコードが自分の業務データに合っているかどうかは、こちらが確認しなければなりません。
AIはグラフを提案できます。
しかし、そのグラフが実務上の判断に役立つかどうかは、こちらが考えなければなりません。
AIは文章を整えられます。
しかし、何を伝えたいのか、どの経験を核にするのかは、自分で掘り起こさなければなりません。
実は、この記事自体もAIに相談しながら書いています。
最初に出てきた文章は、きれいにまとまっていました。
AI時代の学び直し、データ分析、BI、仕事の構造化。
大きな方向性としては間違っていませんでした。
でも、自分で読んでいて、どこかありきたりだと感じました。
なぜか。
そこには、自分が実際に手を動かす中で、違和感を持った場面が足りなかったからです。
平均単価の数字に違和感を持ったこと。
「不明」と入力して想定通りに処理できなかったこと。
全部自動化できるけれど、あえて人のチェックを残したこと。
過去バージョンを保存するようにしたこと。
そういう具体的な経験が入って初めて、自分の記事になります。
これは、ダッシュボード作成と同じでした。
AIは形を作れます。
でも、その形に意味を与えるのは、自分の経験でした。
40代の学び直しは、若い人と同じ土俵で競争するためではない
40代でデータ分析やBIを学んでいると、時々不安になります。
今さら学んで意味があるのか。
若い人の方が早く習得できるのではないか。
本職のエンジニアやデータサイエンティストには到底かなわないのではないか。
そう考えることもあります。
でも、実務に戻して考えると、少し違う見方もできます。
40代の会社員が学び直す意味は、若い人と同じ土俵でゼロから競争することだけではありません。
これまでの業務経験に、新しい道具を掛け合わせることに意味があります。
営業やマーケティングの経験があれば、顧客や市場の感覚があります。
製品担当の経験があれば、数字の裏側にある事情が少しわかります。
社内調整の経験があれば、正しいことを言うだけでは物事が進まないことも知っています。
毎月の報告業務をしていれば、数字がどのように作られ、どこでズレやすいかもわかります。
そこに、データ分析やBI、AIの視点が加わる。
すると、単にコードを書くこと以上の意味が出てきます。
この数字はおかしいのではないか。
このデータはそのまま使ってよいのか。
この処理は自動化してよいのか。
ここは人間の確認を残すべきではないか。
この指標は、本当に意思決定につながるのか。
こうした問いは、実務経験があるからこそ出てくるものです。
逆に、実務経験だけでは限界もあります。
過去のやり方に慣れすぎると、手作業を前提に考えてしまいます。
Excelで毎月同じ作業をしていても、「そういうものだ」と思ってしまう。
自動化できる部分に気づきにくい。
だから、経験と学び直しの両方が必要になるのだと思います。
学び直しで変わったのは、コードが書けることだけではない
データ分析の中でPythonに触れてよかったことは、コードが少し読めるようになったことだけではありません。
むしろ大きかったのは、コンピューターがどのようにデータを見ているのかを、少し想像できるようになったことです。
人間にとっては同じ「空欄」でも、コンピューターにとっては欠損値なのか、文字列なのか、0なのかで意味が違います。
人間にとっては同じ「月」でも、文字列なのか、日付なのか、数値なのかで処理が違います。
人間にとっては自然な「不明」も、数値の列に入れば想定通りには扱えません。
こうしたことを知ると、仕事の中にある曖昧さが見えてきます。
それまでも、Excelでデータの加工や分析はしてきました。
売上や販売数を集計し、必要に応じて表を整え、報告用の資料に使うこともありました。
ただ、Excelでは人が途中で見ながら調整できます。
表記の揺れや空欄があっても、「これはこういう意味だな」と判断しながら作業できます。
必要であれば、その場でセルを直したり、コメントを残したりすることもできます。
一方で、PythonやAIに処理させようとすると、その曖昧さを前提にしたままではうまくいきません。
条件を決める。
型を決める。
例外を決める。
確認ポイントを決める。
出力先を決める。
保存ルールを決める。
つまり、これまでExcel上で人が判断しながら吸収していた部分を、機械が扱える形に整理する必要があります。
この整理こそが、学び直しで得られた大きな変化でした。
自動化で大事なのは、速くすることだけではない
自動化という言葉には、どうしても「効率化」や「時短」のイメージがあります。
もちろん、作業時間が短くなることは大きな価値です。
毎月同じ作業を繰り返すなら、できるだけ自動化した方がよい。
手作業が減れば、ミスも減ります。
でも、実務で自動化を考えると、それだけでは足りません。
速く処理できること。
正しく処理できること。
間違いに気づけること。
戻って確認できること。
人が判断すべき部分が残っていること。
運用を続けられること。
これらを合わせて考える必要があります。
私が今回、元データ加工とHTML生成を分けたのも、そのためでした。
完全自動化すれば、処理は速くなります。
でも、イレギュラーに気づけないリスクがあります。
きれいなHTMLが出てしまうことで、かえってミスが見えにくくなる可能性もあります。
だから、人間が確認する場所を残しました。
これは一見、非効率に見えるかもしれません。
でも、実務では必要な非効率もあります。
全部を自動化することが正解ではありません。
どこまで自動化し、どこから人間が見るか。
その境界線を考えることが、仕事で使える自動化には必要なのだと感じました。
AIに任せる前に、人間が考えること
AIやデータ分析を実務で使ってみて、改めて感じたことがあります。
人間に残る仕事は、単に手を動かすことではなく、問いを立て、意味を判断し、運用を考えることではないか。
何を自動化するのか。
なぜ自動化するのか。
どのデータを使うのか。
どの数字を信用するのか。
どこで人が確認するのか。
間違えたときにどう戻るのか。
誰が見て、何を判断するのか。
こうしたことは、AIに丸投げしにくい部分です。
AIは答えを出してくれます。
でも、何を問うべきかは、自分で考える必要があります。
AIは処理を速くしてくれます。
でも、その処理を業務に組み込んでよいかは、自分で判断する必要があります。
AIは文章を整えてくれます。
でも、その文章に自分の経験を入れるのは、自分の役割です。
そう考えると、AI時代の学び直しは、AIに置き換えられない人間になるためのものではないのかもしれません。
むしろ、AIと一緒に仕事を進めるために、自分の仕事を整理し直すことなのだと思います。
おわりに
40代になってから、データ分析やBIを学び直してきました。
最初は、もっと効率よく仕事をしたい、データを活用できるようになりたい、AIを使いこなしたい、という気持ちが強くありました。
もちろん、それも大事です。
でも、実際に自分の業務に近いデータを扱ってみると、学びは少し違うところにありました。
プラットフォームごとに違う言葉や製品名をそろえること。
平均単価の数字に違和感を持つこと。
「不明」という入力が想定通りに処理されないこと。
完全自動化できる処理を、あえて分けること。
過去の元データとHTMLを残して、後から確認できるようにすること。
自分の作業環境の小さなフォルダから、業務の仕組みを少しずつ作っていくこと。
一つひとつは、小さな改善です。
でも、実務でAIやデータ分析を使うとは、こういうことなのだと思います。
動くものを作るだけなら、AIがかなり助けてくれます。
でも、本当に役に立つものにするには、業務の背景、データの意味、例外処理、確認ポイント、運用まで考える必要があります。
自動化で大事なのは、人間を外すことではありませんでした。
人間が見るべき場所を、きちんと設計することでした。
40代の学び直しで変わったのは、コードが書けるようになったことだけではありません。
自分の仕事を、データとして、処理として、仕組みとして見直せるようになったことです。
AI時代に必要なのは、すべてをAIに任せることではありません。
AIに渡せるように、自分の仕事を整理すること。
そして、AIが出したものに対して、自分の経験で違和感を持ち、判断すること。
その小さな積み重ねが、これからの会社員にとっての学び直しなのだと思います。
関連記事
今回の記事は、これまでAIを使って実際に小さなツールや仕組みを作ってみた経験を、あらためて「自動化と人間の確認」という視点で整理したものです。
実際にPython+HTMLで業務ダッシュボードを作ってみた記録はこちらです。
https://note.com/cheeky_sable461/n/nb6d9b2835100
AIで「動くもの」と「使えるもの」は違うと感じたことは、こちらの記事にも書いています。
https://note.com/cheeky_sable461/n/nba2f8f0666ac
また、PPT作成をAIで効率化しようとしたときにも、「完成版を丸投げするのではなく、人間が確認・修正しやすい初稿を作る」という考え方がありました。
https://note.com/cheeky_sable461/n/nc467a5f0579d