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息が浅くなった日に、私は問いを拾った

     -主語が消えた日、私は問いを持って生きることにした-

    正しさは、ときどき人を追い詰める。
    どれも間違っていない。
    だから、逃げ場がない。
    息が浅くなる。
    理由は分からない。
    ただ、
    どこにも立てていない感覚だけが残る。
    そのとき、思った。

    ――これは、本当に「誰の言葉」なんだろう。

    朝、スマホを開く。
    正しさが流れてくる。

    怒り。

    批判。

    正義。

    どれも整っていて、
    否定する隙がない。

    正しさは、隙がない。

    隙がないものは、
    人を追い込む。

    気づかないうちに、
    選択肢が減っていく。

    正しいか、間違っているか。
    その二択だけが残る。

    私はその中で、
    少しずつ呼吸が浅くなっていた。

    その日の夕方、空は低かった。

    押しつけられるような曇り空。

    世界の輪郭が、
    少しだけ曖昧に見えた。

    妻から連絡があった。
    体調を崩している、と。

    私は、仕事を続けた。
    終わらせてから行く。
    その方が正しい。

    そう思った。

    正しい選択を、
    積み重ねていた。

    そのはずだった。

    家に着いたとき、
    空気が止まっていた。
    「ごめん、遅くなった」

    沈黙。

    「待ってたんだけど」
    その声は小さかったが、
    どこか、まだこちらを見ていた。

    私はそれに気づかず、
    説明を始めた。

    理由を。
    順番を。
    正しさを。

    全部、正しかった。

    でも、

    全部、届かなかった。

    「そういうことじゃない」

    そのとき、
    何かが崩れた。

    私は、正しかったはずだった。

    それでも、
    確実に何かを壊していた。

    その夜、
    私はずっと考えていた。

    何が違ったのか。
    だが考えれば考えるほど、
    正しさしか出てこなかった。

    正しい理由。
    正しい判断。
    正しい順番。

    それらはすべて、
    出口のない部屋のようだった。

    どの壁も正しい。
    どの扉も正しい。

    だが、
    どこにも外に出る道がなかった。

    私は、
    その中で立ち尽くしていた。

    そのとき、
    足元に何かが落ちていることに気づいた。

    それは、
    誰も拾わなかったものだった。

    問いだった。

    「なぜ、あの人は待っていたのか」

    その問いは、
    役に立たなかった。

    答えも出ない。

    それでも、
    その問いだけが、
    部屋の外に続いていた。

    私はそれを拾った。

    そのとき、
    少しだけ空気が動いた。

    私は、状況を見ていた。

    ただ、それだけだった。

    誰がそこにいたのか。
    その時間が、どんな重さだったのか。
    私は、一度も触れていなかった。

    私は、あのとき、

    相手ではなく「正しさ」に逃げた。

    そして、
    それに守られていた。

    正しさは、
    人を守る。

    だが同時に、
    人を切り離す。

    見えない形で。

    そこから、
    見え方が変わった。

    ニュースを見ても同じだった。

    誰かが決めているように見える。

    だが実際には、

    法律。
    運用。
    前例。
    空気。
    タイミング。

    それらが重なり、

    “そうなっている”。

    つまり、
    主語が消える。

    主語が消えると、
    責任も消える。

    違和感だけが残る。

    処理されないまま。

    私はそこで、
    少し怖くなった。

    もしかしたら、

    自分の感情ですら、
    自分のものではないのかもしれない。

    怒りも、
    焦りも、
    正しさも。

    どこかで“選ばされている”可能性"。

    そのとき、
    一つだけ残った。

    問いだった。

    私は、
    どこまで「自分」で選んでいるのだろうか?

    答えは出なかった。

    だが、
    それでよかった。

    答えは、
    終わらせる。

    問いは、
    開いたままにする。

    開いたままの状態は、
    不安定だ。

    だが、

    そこにしか、
    風は通らない。

    答えは、私を楽にした。

    だが、問いは、私を生かした。

    そのとき分かった。

    私は、
    選んでいたのではない。

    選ばされていたのだ。

    問いを持つということは、

    その流れに、
    少しだけ抗うことに似ている。

    完全には逆らえない。

    それでも、
    立つ場所を自分で決めることはできる。

    森の中で、水は低い場所へ流れる。

    人も同じだ。
    見えている方へ流れる。

    ならば、

    見え方が変われば、
    流れも変わる。

    私は今でも、
    何も分かっていない。

    ただ、
    立ち止まる。

    その判断は、どこで決まったのか?

    それを見る。

    それだけだ。

    それだけで、
    ほんの少しだけ、
    流れが変わる。

    ある日、森で風が止んだ。

    音が消えた。

    何も聞こえない。

    そのとき、
    やっと分かる。

    どれだけ多くの音に、
    自分を預けていたか。

    もし今、

    少しだけ息が苦しいなら。

    それは、
    弱いからではない。

    ただ、

    答えに追い込まれているだけかもしれない。

    だから、

    一度、拾ってみてほしい。

    足元に落ちている、
    役に立たない問いを。

    その判断は、誰のものだろうか?

    そして、
    その「自分」は、
    どこから来たのだろうか?

    答えは、急がなくていい。

    ただ、

    その問いを、
    手放さずにいられるだろうか?

    私は、まだその途中にいる。

    そして――
    その途中に、
    意味があるのかは分からない。

    いま、あなたを動かしているのは、本当にあなたの問いなのだろうか?

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    森の視点から世界を観測しています。 社会の出来事、日常の景色、 人の心の動き。 少し立ち止まって眺めると、 世界は思ったより繋がっているのかもしれません。 読んだ人が 少し呼吸を深くして 少し優しくなれる時間になれば嬉しいです。

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