
第2話:供えられた左足
その夜、僕は祖母が使っていた寝室に横になった。
天井の木目が、苦悶する人の顔に見えて仕方がなかったが、旅の疲れが勝り、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
深夜。
「ガリ……ガリ……」という、乾いた音が枕元で響き、目が覚めた。
ネロだった。ネロは畳を激しく掻きむしりながら、閉め切った雨戸の方を向いて低く唸っている。
僕は寝ぼけ眼でネロをなだめようとしたが、その瞬間、雨戸のすぐ向こう側から「ピチャ……ピチャ……」という、濡れた何かが這いずるような音が聞こえてきた。
泥だらけの「足音」だ。
音が止まったのは、ちょうど僕が寝ている位置の、雨戸一枚隔てた真裏だった。
そこから動く気配がない。まるで、壁越しに僕の寝顔を覗き込んでいるかのような、濃密な視線を感じる。
翌朝。
恐る恐る雨戸を開けた僕は、悲鳴を押し殺した。
昨晩、音がしていた場所の地面に、一対の「藁(わら)で編まれた小さな靴」が並べて置かれていた。それだけではない。玄関を囲む案山子たちが、昨日よりも確実に「数メートル」家へと近づき、円を描くように屋敷を包囲していた。
「……ネロ、お前もこれを見たのか?」
ネロは答えず、居間の隅にある古い仏壇の下に潜り込んだ。
そこを追いかけると、ネロは口に何かをくわえて出てきた。
それは、祖母が大切にしていたはずの、一冊の古いスケッチブックだった。
ページをめくる指が止まる。
そこには、祖母の穏やかなタッチとはかけ離れた、激しい筆跡で「一匹の黒猫」が繰り返し描かれていた。
しかし、どの絵を見ても、その猫には「左の後ろ足」だけが描かれていないのだ。
最後のページには、さらに殴り書きのようなメモが残されていた。
『案山子に顔を与えてはいけない。彼らが顔を持った時、誰かの足が、土に還る。』
その時、勝手口のほうで「ガラリ」と音がした。
「……おや、もう起きておいでですか」
立っていたのは、泥だらけの長靴を履いた、この村の男だった。
男はニコリともせず、左足を不自然に引きずりながら、一歩、家の中へと踏み込んできた。
【第2話 完】