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【感覚文章】たまには自由に書いてみようかな

    0b1_gallery

    と、書いてみたところで、頭が真っ白になるのはよくあること。

    つらつらと。

    少し、イメージを固定化しすぎたのかも。

    敢えて「私」というキャラクターは限定的に。

    窮屈にしてしまっただろうか。

    0b1というには、あまりにもデコヒーレンスで
    1を早々に固めてしまった気がする。

    その割に、思考はインコヒーレント状態でまとまらない。

    "Sync"をテーマにしてから、色々と考えるようになったが、
    何かを具にするよりも、全体を感じきるようにした方が、
    言葉は曖昧さを曖昧さのままで捉えてくれるのかもしれない。
    いや、捉えるという表現自体がデコヒーレンス状態にある気がする。

    生まれるとは果たしてどういうことか?

    占星術のアスペクトとは、惑星の配置における重力干渉の角度の変化、
    及びその影響範囲の変化を表しているのでは?と思う今日この頃。
    水星の逆行なんて、まさにそれなのではないかと。
    惑星や太陽は一つの振動子として捉えられ、占星術はそれ自体が「系」とみなされ、古代人は彼らなりに宇宙の相互作用や相関関係、同期や周期、
    位相(角度、アングル)による重力波の干渉や汐潮力等の度合いを考察したり
    分析していたのかもしれない。

    そもそも我々の脳波や心理というものは、
    地球圏の環境要因だけに左右されるのだろうか?
    宇宙を相互作用のネットワーク体系だとみなすのであれば、
    磁場が有ったとしても、磁場に及ぼす影響なども鑑みれば
    やはり宇宙の一部に過ぎないのだから、何かしら解明されていない要因で
    影響を受けていることも有り得るのではないか?

    生まれるとは果たしてどういうことか?

    なぜ、この時この場所、この瞬間に?

    素粒子の集積体が、人型の遺伝子に、細胞が、我々に。
    なぜ?

    因果というよりも果因。
    結果があるから原因を後付けで探る。
    しかし、その原因は、後々まで機能する。

    宇宙の中という環境に生存しておきながら
    その環境を考察することを愚かだと考えることこそが愚かしい。
    と、そんなことを誰宛でもないベクトルに乗せて矢を放ってみる。

    いつかは無に帰す。
    離散と集合を繰り返す。
    同期と非同期を繰り替えす。
    寄せては返す。波と砂の関係。

    このとりとめもない駄文の発露。
    0→1の微細な波紋と振動。

    遠くから、雷の音が聞こえる。
    再びミラーの実験が始まるのかもしれない。

    終わり


    ※「感覚文章」とは感覚で書いた文章のことです。感覚的な構文です。
    基本的に独り言と実験に近いので、コメント欄は設けておりません。

     
     
    運命は呼んでも来ず、呼ばずとも訪れる あなたがここを見ているのは きっと運命が働きかけてきたから 0 between 1 0 binary 1 あなたと私の間で起きる"ゆらぎ"を言葉にして 「読む芸術」として描いています 0と1の狭間でお会いしましょう

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