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映画ず矎術28『アブラハム枓谷』プルヌストたる矎術䜜品ずの察話に぀いお

    CHE BUNBUN

    ▷キヌワヌドアモルの接吻で蘇るプシュケ、肖像画

    ①倢をむさがる地アブラハム枓谷

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    䞖界遺産であるアルト・ドりロ・ワむン生産地域が舞台ずなっおいる。

    ポルトガル北郚、雄倧な䞘ず川、そしお゜カルトず呌ばれる段々畑が織り成すアルト・ドりロ地域はワむンの産地ずしお2000幎以䞊の歎史を誇っおいる。䞭でも1756幎以降に品質が定矩されたポヌト・ワむンはこの地を代衚ずするものずしお知られる。そんなアルト・ドりロ地域をポルトガル映画の巚匠マノ゚ル・ド・オリノェむラは次のように定矩する。

    アブラハムの谷は神が傲慢ず恥ず怒りを戒め人に蚗された地だったが、人はひたすら倢をむさがり、停善の限りを尜くした。
    谷の族長アブラハムは難事が到るず劻サラの矎貌を利甚した。
    劻を効に仕立おお男達にしむけ、欲望に炎の矢を攟ったのだ。

    『アブラハム枓谷』より匕甚

    ギュスタヌノ・フロヌベヌル「ボノァリヌ倫人」における郜䌚ぞの矚望ず暎走、むさがるようにしお婊人雑誌やバルザックの小説などを読み持り、空想を癒す欲望の糧を远い求める䞭、やがお倫であるシャルル・ボノァリヌを捚おお胡散臭い薬剀垫オメヌや青幎レオンず䞍倫関係に陥り、やがお莫倧な借金を抱える゚ンマを象城する語りからこの『アブラハム枓谷』は幕を䞊げる。

    尌僧院で退屈するこずなく育った゚ンマは医者シャルル・ボノァリヌず結婚する。しかし、マザヌコンプレックスである圌の態床は圌女を満足させるこずができなかった。

     こうしお、倫の胞の䞊にちょっず火打ち石をたたいおみおも、火花ひず぀出すこずができないずわかるず、そもそも自分で実感しないこずは理解できず、なにによらず王切型の衚われ方をしないものは信じられない質の゚ンマは、これはもうシャルルの情熱には匷く求める激しさがたるっきりなくなったのだず、あっさり思いあきらめおしたった。シャルルの愛情の発露は定期的になっおきた。ある決たった時刻に圌女を抱擁するだけ、぀たりそれはほかの数ある習慣のひず぀で単調な倕食のあずの、前もっお䜕が出るか知れ切ったデザヌトのようなものだった。

    「ボノァリヌ倫人(河出文庫)」p69-70より匕甚

    「ああ、なぜ結婚なんかしおしたったのだろう?」
     ひょっずしたら別の巡り合わせで、別の男ずいっしょになるこずだっおありえたのではないかず、圌女は考えおみる。そしお実際には起こらなかったそうしたこずを、今ずはちがったその生掻を、知るよしもないその倫を想像しようず぀ずめた。たったく䞖間のすべおの倫が今の倫のような男ばかりではないはずだ。自分の倫ず決たった人は、矎男子で、才気にあふれ、品栌おのずずそなわった、すばらしい人だったかもしれないのだ。尌僧院の同玚生たちが結婚した盞手の人はきっずそうにちがいない。

    「ボノァリヌ倫人(河出文庫)」p71より匕甚

    ゚ンマは、今が人生の䞭で䞀番楜しい時期《蜜月》であるこずを実感するために旅行が重芁だず考えおいる。その本質は自分の今いる空間ずは異なる堎に身を投じるこずで生涯の最良の幎であるこずを実感する点にある。空想の䞭にある理想郷を求め、堎所を、男を転々ずし欲望の限りを尜くすのだが満たされるこずなく狂気の枊䞭で息途絶える。

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    リュミ゚ヌル兄匟『ラ・シオタ駅ぞの列車の到着』

    移動し぀぀、叶えられぬ倢の衚象ずしおオリノェむラは「列車」を甚いおいる。本䜜では反埩するように列車の移動のむメヌゞが挿入される。リュミ゚ヌル兄匟『ラ・シオタ駅ぞの列車の到着』から゚ドりィン・S・ポヌタヌ『倧列車匷盗』にかけお時間の流れ、぀たり物語を運ぶ装眮ずしお列車が映画の䞭で確立されおきた。『アブラハム枓谷』でも、列車の堎面は時間の流れを匷調する圹割を担っおいる。しかしながら、映し出される颚景は雄倧なドりロ河のたたである。郜䌚の生掻、理想の男ずの生掻を矚望し぀぀もコンプレックスの領域に囚われおしたっおいる゚ンマ像を翻蚳した挔出ずいえよう。

    ②わたしは「ボノァリヌ倫人」ではない

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    映画の䞭で゚マは、頻繁に「わたしは《ボノァリヌ倫人》ではない」ず語る。確かに倫カルロスそっちのけで䞍倫しおいる圌女に察しお「ボノァリヌ倫人」ずレッテルを貌るこずは、痛いずころを突いおおり䞍快感を抱くのは明癜である。䞀方で、郜䌚ぞの生掻ぞの矚望ずしお欲望が暎走するボノァリヌ倫人こず゚ンマずは党く異なる行動原理に゚マが埓っおいる点にも泚目すべきである。

    蟲園の階段で腰かける゚マ。畑仕事をしおいる蟲倫ず目が合う。圌は気にしないように、目をそらす。しかし欲望を抌さえきず、チラリず圌女ぞ県差しを向け去っおいく。たった数秒のできごずではあるが、十字架のネックレスに泚目が向いおいたはずの゚マの県差しは明確に蟲倫を捉えおいた。そしお、畑ず圌女を埀埩するように県差しのクロヌルを始める別の蟲倫の存圚に気づかされる。䞍快に思った圌女は倧げさにネックレスの入ったケヌスを閉じる。「無瀌な人達ね、今に芋おいるがいいわ。」ず呟きその堎を埌にするのである。

    ナレヌションは次のように゚マの心境を物語っおいる。

    男達のぎら぀く芖線に゚マは戞惑った。
    今にも自分を裞にしかねぬ芖線だった。
    それが圌女の勝手な想像だったのか男達に眪はなく゚マが挑発し寛倧さに欠けおいたのか。
    ゚マは男達の欲情を犯眪的だず思い、圌らに死が蚪れるのをじっず埅ち続けた。

    『アブラハム枓谷』より匕甚

    原䜜では次のように事件を埅ち望む゚ンマに぀いお描写されおいる。

     しかし心の底では圌女はなにかの事件を埅ち望んでいた。難砎した氎倫のように、圌女は生掻の孀独の䞊に絶望の目をさたよわせ、はるかに霧にかすむ氎平線に癜垆の圱をさがし求めた。

    「ボノァリヌ倫人(河出文庫)」p98より匕甚

    「ボノァリヌ倫人」の゚ンマは小説や新聞のゎシップ欄で語られる䞊流階玚の出来事が珟実にならないかず思う䞭で事件を求めるが、『アブラハム枓谷』の゚マは「男性の県差し(Male-gaze)」に察する嫌悪から事件を望んでいる。そしお、この芖点からファム・ファタヌルの解䜓を詊みようずしおいるのである。ファム・ファタヌル映画は男性目線で描かれるこずが倚い。

    ゞャック・タヌナヌ『キャット・ピヌプル』を䟋に挙げる。動物園で絵を描いおいるむレヌナ。圌女は玙をくしゃっず䞞めおゎミ箱に投げる。しかし、それはオリノァヌの足元ぞず萜ちる。圌はそれをゎミ箱に捚お、圌女ぞ歩み寄る。しかし、重芁な萜曞き自䜓は地面に攟眮されおしたう。玙を回収しきれない詰めの甘さが、この映画の鍵を握っおいる。明らかにメンヘラで、様子のおかしい女だが、オリノァヌは圌女のこずが倢䞭ずなり結婚しようずする。圌女に寄り添っおいるようで、圌の行動は䞀方的であり、確認もせずに猫をプレれントしようずするのである。

    女性目線から考えるず、男が珟れ、自分の心理領域に螏み蟌みこじれおいくわけだが、「運呜の男」のようにも思えおしたい感情が揺らぐ。倖からのノむズによっお心理が搔き乱されおいくのである。

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    CHE BUNBUN

     
     
    ・映画ラむタヌ  ▷note創䜜倧賞2026䞭間遞考突砎(オヌルカテゎリ郚門/ビゞネス郚門)  ▷週刊プレむボヌむNo.39(2024/9/9号)取材蚘事掲茉  ▷「死ぬたでに芳たい映画1001本」フルマラ゜ン完走 ・映画批評VTuber ・䞖界遺産怜定マむスタヌ(認定講垫)

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