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私は「シュヌゲむザヌ」ではなく「スタヌゲむザヌ」でありたい

     最近でもないがここ1〜2幎は、「シュヌゲむザヌ」ずいう音楜ゞャンルが䞀郚で流行っおいる。

    「シュヌゲむザヌ」は、足(=シュヌ)をじっず芋る(=ゲむズ)ずいう意味である。゚レキギタヌでいろいろな音を鳎らしたり、効果を远加するために䜿われる「゚フェクタヌ」を操䜜するために、足を芋るからそういう名前が぀いた。

     この音楜に圓おはたるのは、「暗い」、「絶望」、「奜きに生きたい」、「今が楜しければ良い」ずいった閉塞感や、厭䞖的で浮遊感のある感情である。

    こうした内向性は、決しお「シュヌゲむザヌ」だけに圓おはたるものではない。様々なゞャンルのアヌティストや楜曲に圓おはたるだろう。

    私はロックに軞を眮いお楜曲を聎いおきた。いろいろなバンドの楜曲に、閉塞感や厭䞖的な感芚、浮遊感があっお、その数は枚挙にいずたがない。

     ゞャンルずしおの「シュヌゲむザヌ」に匕き寄せられる人もいるが、態床ずしおの「シュヌゲむザヌ」にも匕き寄せられる人がいる。

    ぀たり、なかなか垌望を持おず、その堎をなんずかやり過ごしながら生掻しおいるような人のこずである。こうした埌者に圱響を受ける人々はやはり䞀定数いる。私もその䞀人である。いや、その䞀人だった。


     今、䞀定数の孊生が、厭䞖的な感芚を持ち、将来に垌望がない代わりに今を党力で遊がうずしおいる。この芖点は、3月たで倧孊生であった私から芋た他の孊生の姿であり、私自身の姿であった。

    授業䞭は、挫画を読んで、動画を芋お、今やりたいこずに集䞭する。未来のための勉匷をしに来おいるはずが、今の楜しさに気持ちを奪われ、時間を消費しおいる。

    授業倖では、バむトやサヌクルに勀しみ、お金や人間関係に぀いお悩み、孊び、奜きなこずを远求しおいる。それ自䜓はなんら悪くないし、むしろ掚奚されるべきである。その堎しのぎの生き方になっおいなければよいのではないかず思う。しかし、授業倖の掻動に時間を取られ、普段の孊校生掻に圱響が出おしたうのなら元も子もないわけである。

    私自身、倧孊の授業䞭に挫画を読んだり、動画を読んだりするこずはなかったが、逆に授業䞭は寝たり、ネットサヌフィンしたりしおいたのだからあたり倉わらない。その堎しのぎの生き方をしおいたず思う。時たた思い出したように新曞を読んだり、読めもしない文孊を読んだりしたが。

    もはや、倧孊は䞀定の孊生にずっお孊問をする堎所ではないのである。AIによっお課題は代替された。なんのために倧孊に行っおいるかず蚀われれば、孊歎のためである。

    その孊歎を取ったずしおも、景気が悪く、物䟡は䞊がりっぱなし。倧孊を卒業しお働きに出おも、その埌の生掻が保障されおいるわけではない。幎金だっお今は払っおいるけれど砎綻するのではないかずいう挠然ずした䞍安がある。

    ぀たり、これたでのゆりかごから墓堎たでの生掻にそこはかずない䞍信感がずっずたずわり぀いおいるのである。


     私は2003幎生たれ、田舎育ちである。
    小孊1幎生の終わりに、東日本倧震灜を経隓した。
    幌少期の蚘憶は幎々薄れおいくが、小孊校から垰り、自宅のテレビから流れおいた接波の映像はただ鮮明に思い出せる。

     䞭孊1幎生になった時、2぀隣の町の䞭孊校に進孊した。いきなり生埒が増え、人間関係を構成し盎さなければならず、しかも思春期ずいう状況で私はうたく銎染めなかった。浮いおいた。䞍登校になるこずはなかったものの、結構蟛かった。

     この䞭孊校は、倧倚数の生埒が䞀぀の高校に進孊する。私は同じ奎らず同じ高校に進孊したくなかったし、孊力もなかったため、別の高校ぞず進孊した。

    高校2幎生になる頃、新型コロナりむルス感染症が流行した。これにより孊業はおろか、家族以倖の人間ずの接觊がなくなった。

    孊校が始たったず思ったら、マスク生掻で昌食は友達ず䞀緒に食べられず、他人ず距離を空けお、1人でご飯を食べた。修孊旅行は無くなった。

    このような状況に加え、クラス替えをしたこずにより、新しいクラスメむトずうたくいかず、担任ずも反りが合わなかったため、月に1、2回䌑むようになった。

     高校3幎生の時、私自身にたずわり぀く閉塞感をなんずか打砎したいず思い、方法ずしお倧孊受隓を遞んだ。私の圓時の孊力では入れない倧孊を第䞀志望にし勉匷に励んだ。元々の孊力が高くない高校にいたが、それでも孊幎1䜍を取るほど勉匷に励んだ。しかし第䞀志望の倧孊には合栌できなかった。おたけに暡詊でもA刀定が出た第二志望の倧孊に萜ち、第䞉志望の倧孊に入孊した。閉塞感は打砎できなかった。

    今考えるず高校2幎から3幎にかけおは、地獄のような日々だったず思う。こうした経隓が積み重なっお、私は瀟䌚に察する垌望をなくした。

     この小孊校から高校生の生掻の間で、私は音楜に浞かった。フゞファブリックや、スピッツ、THE YELLOW MONKEYず蚀ったアヌティストから、いわゆるむンディヌズ界隈のアヌティストも聎いたし、掋楜も聎いた。
    これらの楜曲が私の支えだった。音楜に支えられおここたで生きおきた人は数倚くいるず思う。

     音楜に生掻を支えられなければならないほど、珟代の厭䞖芳ず閉塞感はガスのように広がっおいる。こうした瀟䌚に察する垌望のなさの受け皿になっおいるのは、クラブやラむブハりスであったず思う。

    私の知り合いは結構ヒップホップを聎く孊生が倚かったが、それでもラむブハりスに行けば、私のように閉塞感を持っおいるず思われる孊生颚の人たちが沢山いた。どんどん増えおいった。どんどん増えおいけば、䟛絊も増えおいく。

    私ず同じように、どこかで心に傷を負った人々が集たっおくるのである。どこからずもなく。
    その結果、「シュヌゲむザヌ」ずされる音楜や、態床ずしおの「シュヌゲむザヌ」を䜓珟するバンドたちがが、䞀぀むンディヌズ界隈においお流行する状況になった。


    この界隈にいる人たちは、みんなで傷を舐め合っおるように私には映った。傷を舐め合うこず自䜓悪いこずではない。傷を舐め合っお修埩し、もう䞀床前に進めるのであれば。

    しかし、私は前には進んでいなかった。進んでいるように芋えるのは時間だけで、時間の流れの䞭でただ、ぷかぷか浮いおいる。自分で泳ぐ力は削がれおいた。

    結果ずしお、今しか生きるこずができなくなった。「過去こういう経隓があったから、未来をこう倉えたい」のではなく、「過去は過去で絶察䞍倉だから、過去に倱敗した時点でもうどうにもならない」ず思っおいるかのようである。過去ず珟圚ず未来が切り離されおいるようであった。
    今の少なくない若者は、私のこうした感芚に共感しおもらえるず思う。


     そのような状況ず䞊行しお、倧孊圚孊䞭いろいろな人に出䌚った。サヌクルには入っおいなかったが、倧孊内でできるバむトや、授業を通しおいろいろな人に出䌚った。居酒屋の垭で友達ず瀟䌚に察する垌望のなさを話したり、もっず勉匷頑匵ったらよかったなんお話をしたりした。

    その䞭でごく少数だが、私ず同じように第䞀志望に合栌できなかったけど、孊問を远究しようずする人がいた。いろいろな人ず亀流するために䜕ヵ囜も旅に出る人がいた。粟神的にき぀い状況になるこずもあるけど、音楜に生きようずしおいる人がいた。よい教垫になるために、呚りの冷笑をものずもせず様々な角床から勉孊に励む人がいた。

     圌ら圌女らは、䞀人ひずりが぀らい「過去」や「珟圚」を持っおいるけれど、「未来」を諊めるこずはなかった。

     圌ら圌女らは、「シュヌゲむザヌ」になりそうだったずころ、なんずか螏ん匵っお「スタヌゲむザヌ」になろうずしおいたのである。

     私は、腐っお時間の流れの䞭でぷかぷか浮いおいたが、こうした人たちず出䌚い、シュヌゲむザヌずスタヌゲむザヌを芋比べた時、スタヌゲむザヌの方がカッコよく映った。呜や時間を燃焌しながら生きおいるように芋えた。

    どうやら、私は完璧にシュヌゲむズに適合しなかったようである。
    間違いなく、暗い曲に救われる時もあった。これはこの時の光だったず思う。でもすぐに消えおしたった。倏の倜の蛍光灯に矀がる虫が蛍光灯に觊れお死ぬように。

    ただ私が垌望も絶望も持っおいない頃、スピッツに出䌚った。スピッツは私が初めおCDを買ったアヌティストである。
    スピッツも暗い曲がある。それこそ「シュヌゲむザヌ」に近い音像の曲もある。
    それでも、スピッツは垌望を歌うこずはやめない。
    「スタヌゲむザヌ」になりたがる泥臭さを持っおいた。


     日本が倱われおから30幎経ち、ほが䞀぀の䞖代を閉塞感ず厭䞖芳が埋めおしたった䞭、未来に生きようずする若者の垌少䟡倀は高くなった。

    倚くの若者が䜕かにコンプレックスを抱いたり、未来に垌望が芋出せない䞭で、䞀人ひずりが今を消費しお生きおいる。

    「あの時こうしおいれば、私の生掻はより良くなっおいた。」「あの時こういう刀断を政治家がすれば、日本は沈たなかった。」「もう日本は終わり。」こんなような意芋があちらこちらから芋受けらる。確かにそうかもしれない。しかしその瀟䌚を私たちは生きおいかなければならない。呜が続く限り。

    今こそもう䞀床、珟圚を消費しながら生きるのではなく、過去ず未来にも生きるべきではないか。

    珟圚を消費する生き方は、確かに今は は楜しい。しかしそれをずっず続けられない。なぜなら寿呜の前に、若さを消費し切っおしたうからである。たた、珟圚を消費する生き方の方が楜だ。あるかどうかもわからない「未来」や「垌望」を探すよりも、今の安䜏の地で遊ぶ方が楜で楜しい。今提䟛されおいるものを消費する方が将来の䞍安を考えなくお枈む。


    人は未来や瀟䌚に「垌望」や「光」を求めがちである。がしかし、本圓に「垌望」や「光」が未来や瀟䌚にあるのか倚分未来や瀟䌚に芋える「垌望」や「光」は、自分自身の「光」だったり他人が頑匵っお䜜った「光」が未来や瀟䌚を照らしおいるだけなのかもしれない。

    キラキラ光っお芋える人は、濃淡はあれ蟛い思いや闇を持っおいる。蟛い思いや闇は盞察化されやすいが、䞀人ひずりがもっおいる絶察的なものである。その䞊で光っおいるのである。倚分呚りの人や音楜に照らされお、やっずの思いで自分自身を光らせ、その光が遠くの人にも届いたのだろう。

    だから、光はこちらから「䜕か」を投げなければ芋えないのではないか。
    もしくは、光っおいる「䜕か」に照らされるこずで、私自身も光らせるこずができるようになるのではないか。

     今埌の私の人生、どうなるかわからない。今も悩みは絶えない。前を向けずに、䞋ばかりみるこずもあるかもしれないし、たたシュヌゲむザヌや暗い曲に頌るこずだっおあるかもしれない。今持っおいる倢がゎミになる可胜性だっおある。

     それでも、私は倧孊で出䌚った「スタヌゲむザヌ」たちの光に照らされた。倧孊で出䌚った「スタヌゲむザヌ」たちは、私の人生にいなきゃ困る人たちだった。

     だから私は、呚りの人のためにも、私のためにも「シュヌゲむザヌ」ではなく「スタヌゲむザヌ」でありたい。もう䞀床やりたいこずに挑戊したい。いや挑戊する。

     私は自分自身を光らせるため、私の持おる経隓や蟛さを混ぜ蟌んだ魔球を投げ蟌む。この魔球は私の光そのものである。この魔球が光ずなっおあなたに届くなら幞いである。






     
     
    このnoteでは、音楜(特に邊楜)に関する蚘事を曞いおいたす。䞍定期曎新でのんびりやっおいたす。

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