
「深夜2時のエレベーター」制作日記 Day24|見えないもの
どうもサラリーマンAI絵本作家の本郷ジェイピーです。
今日は24ページ目。
物語は「体」と「魂」の関係について、さらに深く考えていきます。
■ 体はただの入れ物?

「じゃあ、体はただの入れ物なの?」
修一が尋ねると
祖父は少し考えてから答えました。
「ただの、という言い方は体に失礼かもしれんな。
体があるから、暑さも寒さも痛みも喜びも味わえる。」
祖父は
自分の胸にそっと手を当てます。
人生を生きるために
体はなくてはならない大切なもの。
決して必要のない入れ物ではありません。
■ 体がすべてではない
祖父は続けます。
「だが体が自分のすべてではない。
服を脱いでも、おまえがおまえであるようにな。」
修一はその言葉を黙って聞いていました。
そしてどうしても納得できないことを口にします。
「でも魂なんて見たことがない。」
すると祖父は修一に一つの質問をしました。
「目は自分自身を見ることができるか?」
修一は答えられませんでした。
■ 見えないもの
祖父は静かに続けます。
「見えないものが存在しないとは限らない。
愛も。記憶も。思いやりも。手では触れられないだろう。」
確かに愛そのものを見ることはできません。
記憶を手に取ることもできません。
思いやりに触れることもできません。
けれど私たちは
それらがあることを知っています。
祖父の言葉が
修一の心の奥へ
ゆっくりと沈んでいきました。
■ 自分とは何なのか
これまで修一は
見える体こそが
自分そのものだと思っていました。
だから
体が老いることが怖かった。
病気になることが怖かった。
そして体がなくなれば
自分も消えてしまうと思っていました。
でも今
その当たり前だった考えが
少しずつ揺らぎ始めています。
もし「見えるもの」だけが
自分ではないとしたら。
自分とは
いったい何なのでしょうか。
24ページ目は、「見えないものは存在しないのか」という問いを描いています。
私たちの身の回りには、「目には見えないけれど、大切だと感じているもの」がたくさんあります。
愛も、記憶も、思いやりもそうです。
だからこそ、この物語では「見えない=存在しない」と決めつけず、一つの可能性として考えてみたいと思っています。
次回もどうぞお楽しみに。