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“母の顔色”で生きてきた私の生い立ち。それでも、母を嫌いになれなかった。

    ——自分が親になって気づけたこと
    母の厳しさは、本当に“愛”だったんだろうか——


    今回は自分嫌いとなってしまったもう1つの理由についてのお話です。

    前回記事もお読み頂けると今回の内容もよりご理解頂けると思いますので宜しければどうぞ。


    ■自分なりの結論: 自分嫌いの原因その2「家庭環境により培われた価値観」

    前回、自分嫌いの原因の一つは他人と比較するクセにあったと話しました。他人と比べ「自分にある・ない」「他人との優・劣」ばかりになった結果どうなるのか——

    更に、母との関係が“わたしの価値観”を決定づけることに。それは、どんな価値観だったのか——そこが問題です。


    今、親子関係に悩むお母さんにも、そして娘にも届いて欲しい話——


    ■母は毒親なのか?

    母は所謂キャリアウーマンで生命保険会社で管理職を務めるような人でした。

    その辺の男性よりお金を稼ぎ、負けん気も強い。
    私への躾も厳しく、子供の頃の私にとって母の記憶は"とにかく怖い"その一言に尽きます。

    私が中学1年の時、父と母が離婚し母子家庭に。
    歳の離れた弟はまだ小学生に上がる前で状況を理解できる年ではありませんでした。

    母に引き取られた私たち。離婚してからの母はますます厳しくなる一方で母の叱り方は私から見ると躾と言うより、感情任せに怒鳴っているとしか思えませんでした。
    それは、"叱る"ではなく"人格否定"のようでした——

    母の沸点が分からず逆鱗に触れぬよういつもビクビクし、兎に角言う通りにしなきゃと思うように——
    中学生と言えば、私が容姿のコンプレックスから他人との比較がクセとなり自分を見失っていた頃。母にもダメだしばかりをされ、"どうせ私なんて"——に拍車がかかっていきました。


    ■唯一愛情を感じられたもの

    母は仕事が忙しく深夜に帰ってくる事もしばしば。幼い弟と2人で過ごす夜が多くありました。
    そんな中でも欠かさずやってくれていた事——
    それは食事の準備。朝晩の食事はもちろんお昼のお弁当も冷食ではなく手作りのおかず。

    ほんっとーに心底美味しかった——
    当時の私が唯一母の愛情を感じられるものでした。

    私がお弁当やこの料理が美味しかったと言うと母は顔をクシャッと緩めてとても喜んでくれました。私もその喜ぶ顔が見たくて母に取り繕うようになっていきました。

    表現が間違っているかもしれませんが、DV彼氏に暴力を振るわれた後優しくされ沼っていく女性の感覚に近かったのかなと感じています。

    こうして私は常に母親の顔色を伺い自分が”どうしたいか”よりも”こうしなければいけない”という価値観に縛られるように。自分の存在そのものには価値を感じられず、人から「評価」された時もしくは「承認」された時にしか自分に価値を感じられない"他人軸"の生き方になっていくのです。

    あなたも誰かの顔色ばかりを伺って生きづらさを感じていませんか?——

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    ■母が嫌い、でも尊敬はしていると言う葛藤

    私が大人になり自立した後も母は私に会う度に小言や時には子供の様に叱る事もありました。
    私は段々と母を避ける様になり、連絡もほとんど取らなくなりました。

    "母が嫌い"
    "母のようになりたくない"


    そう思って距離を取ったのは、ようやく自分を守れるようになったからかもしれません。

    母と距離を置く事ができ、また社会人となり私の世界はとても広がりました。これまでたくさん傷つき、死にたい程に辛い事、悲しい事、挫折、恋愛、失恋…を経験し

    "生きていく事"
    "お金を稼ぐ事"

    そして母になった今はいかに"子を育てる事"が大変か——
    身に染みて感じる様になりました。

    母が今の私ぐらいの年齢の頃、自己啓発系のセミナーや講演会などに頻繁に行き、時間があれば参考書の様な難しい本を読んでいたのを覚えています。「法の華三法行」って宗教団体覚えてますか?最高ですかー?最高です!のフレーズを聞くと思い出す方もいるかな?教祖の福永さんは2000年に霊感商法などの詐欺容疑で逮捕されています。当時そんなものにまでお金を注ぎ込んで、彼らが開催する"研修"と呼ばれていたものにも参加していました。(入信はしていないです。)

    あー、母も本当に葛藤していたんだ…
    と40歳になった私は少しづつ母を理解できる様になってきました。夫婦2人でも大変な子育てを女手一つでやらなければいけない重圧、将来への不安、迷い、葛藤——

    色々なものを母は1人で抱えていたのだと思います。その答えを求めてセミナーや研修にお金を注ぎ込んでいたのでしょうね。

    ■ねぇ、お母さん、お母さんもそうだったのかな

    私は今妻であり、母であり、フルタイムで働く会社員をしています。家事、育児、仕事にと目まぐるしい毎日を必死に、なんとか生きています。夫は仕事で帰りが遅く平日はほぼワンオペの日々。

    どんなに忙しくても私が絶対的に譲れないもの——それは、毎日の食事。
    なるべく手作りで、バランスの良い食事を夫にも息子にも食べさせたい——
    手抜きをしてしまう時もありますが、出来る限りスーパーのお惣菜には手を出さない様にしています。
    "美味しくて体にいいものを食べさせたいと言う愛情”が
    そうせているのだと思います。

    「ねぇお母さん、お母さんもそうだったのかな…?」

    不器用な愛情表現だったのかもしれない。
    母の躾が正しかったかどうか、今も正直わかりません。でも、あの台所には確かに、母なりの愛があったと気づけました。

    ■今現在の私と母の関係

    いずれにしても

    "他人と比べるクセ"
    "他人軸でしか生きられない価値観"


    が自分嫌いの根源であり、私の人生そのものはもちろん、恋愛や結婚観に大きく影響した事は間違いありません。(その辺の話はまた別の記事で書かせて下さい)

    ですが今、仕事を引退した母は孫を絵に描いたように可愛がってくれます。当時私に見せていた鬼の様な形相は微塵もありません。息子もまたとても懐いており、母の作ったご飯だと私のよりモリモリ食べてくれます。多々、助けられている部分があるのが事実。

    子供は親を選べないと言いますが、最近読んだ本には子供は親を選んで生まれてくると書いてありました。1つは「親を成長させる為」もう1つは「自分の人生の目的を達成する為」に。

    この言葉、今の私にはとてもしっくりきました。何故なら40年生きてきてやっと"お母さんのもとに生まれてこれて良かった"と思えているから。親子ってどうしたって縁は切れない。好きとか嫌いとかの次元ではなくやっぱり血で繋がっている。
    愛し方、育て方に正解はないのだと思います。
    母と娘の関係ってやっぱり特殊ですよね。

    実家に帰った時母の味噌汁の匂いがすると、
    私は今でも少し、心がざわつく——
    私にとって愛とは、美味しくて、苦いもの。

    あなたの“苦い思い出”にも、不器用な愛が混じっていたのかも——いつかその事に気づける日がきますように願いを込めて——

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    ■次回

    2回に渡り自分嫌いになった理由を書いてきました。それを踏まえ"どうしたら自分を好きになれるのか"が次回のテーマとして相応しいと思うのですが、今回あまりにセンシティブな内容を大真面目に書いてしまったので次回は息抜きに「晩婚の私の夫との出会いやこの人と結婚したいと思った瞬間」について書いていきたいと思います。


    本日もお付き合い頂き本当にありがとうございました!

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    2歳児育児、アラフォーワーママ! 先日40歳になり、やっぱり長く生きていると 色々な事があるんだなぁと何とも言えない 生きづらさを感じています。 人生の後半を楽しく自分らしく生きていく為に 働き方や自分のマインド改革に挑戦中! 【AI勉強中】【二人目妊活】【不育症】

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