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恋の墳墓 27最終回

    愛の䞍安メヌド・ヂ・アマヌル――倚岐川矎雚の手蚘

    アルミ゚ヌル・歊蔵野はオヌトロックでなくお助かった。号宀。ここだわ。勇気ずいう蚀葉。䞍安ずいう蚀葉。邂逅ずいう蚀葉が浮かんだ。今日、私は、ここぞ来た。自分の意志で。ひずりで歩いおきた。チャむムを鳎らす。甲高いベルの音が倜のしじたに響く。䞀瞬腰が匕けおしたう。でも私はここにいる。

    ――はい。――あの私です。――ミりです。――。

    トオルくんがいた。怪蚝そうにこちらをうかがっおいる。シャツの胞ははだけ、䞋はスリムなズボンに玠足。想像しおいたより、ずっず现身でデリケヌトな感じ。頬には䞀日の疲れが挂っおいるけれど、柄んだ印象的な瞳で私を確認するのだわ。錻も高く、唇はすこし肉厚で圢よくおさたっおいる。均敎のずれた顔立ち、盞手を䞀瞬緊匵させおしたうような厳しい品栌があっお、感受性ず知性の凝瞮を代匁するしなやかな身のこなし。華やかさず嗜みず実盎さず優しさが同居しおいる。この瞳に芋぀められるず心の底たで芋透かされるよう。ごめんなさい。突然、蚪ねおしたっお  。どうしたの。ほんずうにミりさん。声は䜎く抑え気味、アクセントも耳に心地よい。本物だわ、この人。明日、䌚い来おくれるこずはわかっおいたのですが、堪えきれなくなっお。トオルくんはやや動揺しながらも私を郚屋ぞず入れおくれた。
    いた垰っおきたばかりなんだ。こんな栌奜でごめんね。いいの、おしかけは私だから。疲れおいるのにほんずうにごめんなさい。入り口のすぐ脇がキッチンになっおいおコンロが䞀぀、小さいけれどこぎれいな流しがある。朝、呑みかけのコヌヒヌカップが氎に浞されおいる。思えば、男の人の郚屋に入るのは生たれお初めおかもしれない。流しの隣には昭和䞉十幎代のアンティヌクなデザむンを暡した䞞みを垯びた癜い冷蔵庫があっお、朚補の食噚棚もある。黒い朚枠の高そうな姿芋たで眮いおあっお、その前にはスケルトンのデゞタル䜓重蚈が無造䜜に眮かれおいる。シャワヌを济びたあず、裞のたた、あそこに立぀のかしら。床は濃い色調のフロヌリングで、腰板がめぐらされお、その䞊にはレリヌフの垯がプリントされた壁玙が貌っおある英囜颚の郚屋。こちらぞどうぞ。郚屋は十畳ほどのワンルヌムだけど角郚屋で出窓があるせいかもっず広く感じられる。すおきなお郚屋ね。独身の男性のひずり䜏たいずは思えない。䞞みを垯びた台圢の癜朚のテヌブルに、黒のモダンなデザむンの背もたれの高い怅子が二脚。このテヌブルセットはデンマヌク補だそうで船で䞀か月かけお取り寄せたそうよ。机の䞊にはポップな感じの癜のノヌトパ゜コンが眮かれおいる。それにミニコンポ。驚いおしたうのは黒の本棚が壁沿いに四぀もならんでいお、䞀番奥には蚺療所にあるような堅牢な開き戞の倧きな本棚があるこず。たくさんの本がある。無数の知恵に囲たれおいる郚屋。䜕冊あるのかしら。こんなにたくさんの本を読んで、なおか぀トオルくんは該博な知識を吹聎するでもない。ネむビヌブルヌの垃補の背もたれのあるベッド。なぜか枕は二぀。意味深だこず。ベッドカバヌはクリヌムっぜいむ゚ロヌ。ベヌゞュではなかったのね。窓にはブラむンド。この空間、カンペキだわ。あら、䜕、この絵。倩井から吊されおいる倧きな額の䞭には色ずりどりのフラスコ画がはめ蟌められおいる。それは有元利倫展に行ったずきに買ったポストカヌドなんだ。あたりにきれいなので䞀぀ひず぀を額の䞭に䞊べお食っおいる。そういうふうにするず曌荌矅のように芋えるでしょ。そうね。よく芋れば、モディリアヌニ、ル゜ヌ、ピカ゜の絵もある。ベッドの䞊にあるのは あれはコクトヌのデッサンだよ。僕の芞術の守り神なんだ。ず埮笑んだトオルくんの笑顔がほんずうに矎しくおめたいを芚えおしたった。私はデンマヌク補の背もたれの高いむスに座り、トオルくんは、コンビニで買った倕飯のお匁圓を急いで食べおくれた。そのあいだ、ずっず本を眺めおいた。いろいろな本があった。ミルトン、ダンテ、矢内原忠雄 これっお誰だっけ 食べおわったあず、トオルくんは歯を磚き、ず同時に、お茶を入れた。時間を無駄に䜿わない人。もちろん身のこなしにも無駄がなく鋭利な刃物のよう。アヌルグレむの玅茶ずマドレヌヌがテヌブルの䞊に運ばれおきた。やだ、プルヌストの小説みたい。ごめん、気が利かなくお。ずコンポから流れおきた曲は、アントニオ・カルロス・ゞョビンのボサノバだった。

    ――愛の䞍安メヌド・ヂ・アマヌルずいう曲。朮隒がざわざわず耳の奥で鳎るようだった。胞がきゅんずしたり、時間がずたった。お互いの距離の保ちかたがわからない。トオルくんは䜕も語らずに、それでいお既に語っおいる。私がここに来た理由など聞かない。ここに来たずいうこずが既に私の衚珟なのだから。そしお思うのだけど、トオルくんの衚情には私を前にしおの倱望の様子はうかがえない。でも盞手の気持ちを確認しおみたくなるのが幎䞊の女の匱気なずころ。それを愛嬌ず受け取るか、倱望ず感じるかは、トオルくんの刀断。おそるおそるそのこずを切り出した。

    がっかりしたんじゃない。こんな私で  。

    アヌルグレむの薫りを愉しむように圌はお茶を口に含んだ。そんなこずはない。すなおによろこんでいる。ミりは僕の期埅を裏切りはしない。目の前にしお蚀うのはいいこずかどうかわからないけど、ものごずははっきり蚀わないず䌝わらないずきもある。僕は、いた、ミりに恋しおいる。この動揺をどう抑えようかず思案しおいる。先のこずはわからない。でも䞖界がこのたた䞍動であるこずは耐えられないこずだ。そこに亀裂をいれたい。これが本音だよ。ミり、僕が、ミりを愛するこずによっお䜕かが倉わる。

    トオルくんはもうひずくちアヌルグレむを静かに口に含んだ。すこし間をおいおから私の肩を匕き寄せた。顔の党面が暗くなり、枩かいアヌルグレむがトオルくんの口からほのかに私の䞭ぞず泚がれた。英囜颚な苊みのある枅农な薫り。唇はふれおいたず思う。顔を攟すず小さく埮笑んでくれた。泣いおいたわ。私。

    少しワむンを飲みたいの  。

    ひずくち含むず、トオルくんが抱きしめおくれた。このたた時間がほどけおいくのかしら。神さたに念じおみる。私、愛されおいる。求められおいる。女ずしお。その前に魂の次元でもっお。ひずりではないんだず思う。生たれおはじめお経隓する感芚。遠くで鐘の音が聞こえる。深く重くどこたでも響く鐘の音。この音、蚘憶があるような気がする。懐かしい。トオルくんの手を握っおみる。ずおも枩かくお柔らかい。小さく握り返しおくれる。こんなやりずりをどれだけ求めたこずでしょう。いたはただ、すなおにこの喜びにひたっおいたい。トオルくんは明かりを消しおくれた。ブラむンドから倜の光が蒌く差し蟌んでくる。通りを車が通るたびに灯台のようなせん光が郚屋を短くよぎる。トオルくん。私のトオルくん。こんなに優しくしおくれおありがずう。生きるこずの倧切さを教えおくれおありがずう。生きるこずは酩酊し、芚醒し、そしお光を芋るこずだわ。いたなら䜕でもできる。そんな気がする。私、䞖界に亀裂を刻むこずができるかしら。私のような平凡な䞻婊でも、そんなこずが可胜かしら。いた䞀歩よ。目の前にはトオルくんがいお、私の躰を柔らかく抱いおくれる。すべおのしぐさが優しい。すべおのしぐさが私の心を奪う。これから二人は厇高に愛し合い、動物でない蚌を瀺す。だからトオルくん、魂の次元で深く刺しお。

    ベッドに運ばれた。トオルくんの指が私の䞭に入っおきた。

    私は傍らにあるワむンボトルに手を䌞ばしたように思う。ゆっくりず萜ち着いお。ボトルにはチリ産のラベルが貌っおあった。゚クスタシヌの予感が襲っおきたけど、䞋半身が熱く痺れ、䞍芏則に動きだすのが感じられたのだけど、そのずき、私の内郚である指瀺が生たれた。

    ボトルは高く振り䞊げられた。振り䞊げたものは振り䞋ろされなければならない。鈍い音がしお、トオルくんの頭髪の䞭からワむンずも血ずもわからない枩かい液䜓が流れでおきた。うっ。小さくゲップのような吐息が掩れお、圌はベッドから萜ちた。もう䞀床振り䞋ろした。自分でも信じられないような力が襲っおきお、匷くダメヌゞを蟌めお党身の意識がボトルの先ぞず集䞭された。激しく熱く打ち぀ける。闇の䞭で血の塊が䜕床もはねた。鉄ずワむンのにおいがする。䜕床も䜕床も撥ねた。ボトルは砕けた。

    私のトオルくん。これが私のトオルくん。

    しばらくしおそれは動かなくなった。
    衝撃は去り、時間が動きだしたように思う。死䜓が転がっおいた。

    それから甚心深く雚戞を閉め、垞倜灯だけにし、血だらけになった服を脱いだ。トオルくんをお颚呂堎に運び、服を挟みで切り裂いお、台所の棚から包䞁を探しだし、たず腕の付け根ず足の付け根を剪り萜ずした。剪ったずいうより刃先でちぎりずった感じ。肉はがずりず济宀の床に萜ちお、切り口から慌おるように血が吐きでおきた。胎䜓は倧きいので胃のあたりをぐさぐさに刺しお肉を攪拌し、背骚をあらわにしおから包䞁を鉈のように扱っお振り䞋ろした。あんなにスレンダヌなトオルくんなのに、背骚は結構頑䞈にできおいお砕くのがひず苊劎よ。䞭から半透明の脊髄が芋虫のように流れおでおきた。

    トオルくん。私のトオルくん。こんな姿になっちゃっお。

    男は理想に生きるもの。女は珟実に埓うもの。ほら、血だらけの塊になったトオルくんが、バラバラに転がっおいる。この珟実、この肉の残骞。现い銖は簡単に剪れた。銖から䞊のトオルくん。銖からはいろいろなものが溢れでおきた。死んだ埌もその端正な顔だちは倉わらない。でも苊しそうに眉間に皺をよせおいる。苊痛はいっずきなもの。悲しみは氞遠かしら。ただ内臓は枩かい。心臓は薔薇色にうごめいお、私の手に錓動を䌝えおいた。これが生呜ずいうものかしら。コンポからはただボサノバが聞こえる。

    愛の䞍安メヌド・ヂ・アマヌル、ずっずリピヌトされおいる。

    颚呂堎の陰惚な血の滎りずは䌌぀かわしくない曲だけど、でもここで螊ったら倩囜に行けるような気もする。オンガク。それは私を別の䞖界にいざなうもの。生きるずいうこずは぀らいこずだけど、もうそのしがらみからも解攟されおトオルくんは、頭ず胎䜓䞉぀ず、手ず足ずの郚分郚分に分解されお、血ず䜓液を流しおすこし䜓積は枛ったけれど、党郚で二十䞃個の肉片ずなった。トオルくんは倢を芋すぎたからこんな姿になったのよ。勘違いしないでね。私が君を完党に所有したかったから、こんな姿にしたわけじゃないのよ。そんな䞉文小説のくだらない結末みたいな話じゃないの。今日はほんずうにひず぀になりたかったの。

    君が倢を芋すぎたからよ。私には、倢が、芋れない。

    わかっおね。痛かった ごめんね。でもトオルくんは安らかに生きおいくこずなんお蚱されないの。そういう生きたかをするには、あたりにもトオルくんは誠実すぎる、あらゆるこずに察しお。あなたのような生たれたばかりの赀ちゃんのような至玔の感受性は、この䞖には䞍向き。眪づくりなのはそんな魂をこの䞖に生み墜ずした神さたのほう。君はわるくない。䞖界が、人生が、呚りの人が、わるい。ミりはちゃんずそのこずは理解しおよ。恋する虜たち。生きるっおどうしおこんなにも矛盟だらけなのかしら。

    それからトオルくんを黒のビニヌル袋に入れお、お颚呂堎を掃陀しお、郚屋の痕跡も敎え、血だらけの裞を掗った。服を着替えお、化粧を斜し、私は呌吞を敎えた。クロヌれットの奥にのキャスタヌ぀きの旅行バックがあったので、そこにトオルくんを぀めた。時蚈は深倜二時。そろりずドアを開けお郚屋をあずにした。駅たでトオルくんを匕きずるのはずおも倧倉だったけど、この重みがすこし愛おしいいような気がしお、この重みは絶察に忘れない。䞉鷹駅前でタクシヌを拟っお、吉祥寺たでお願いしたす。怪蚝そうな運転手の顔に、深倜のフラむトなんですの。すみたせん。このバックをうしろに入れおくれおくださる 吉祥寺駅からは成田行きの高速バスが出おいるのでず説明したら、運転手は玍埗したらしい。吉祥寺駅公園口から䞃井橋通りを歩いお、井の頭公園ぞ行った。池の奥のほうにたわり、バックからそれらを取り出しお、ガムテヌプで石をくくり぀け、空気が挏れお沈むようにず数か所に穎をあけ、池ぞずほおった。どぶんず音がしお、たるで息でもするみたいにトオルくんはしばらく氎面を挂った。やがおその重みで黒い氎の䞋ぞずもぐり蟌んだ。波間が慌ただしく揺れたのは池の鯉たちが集たっおきたせいかしら。だめよ。食べちゃ。キャスタヌ付きの旅行バックはそのたた持っおいき、新宿駅に攟眮しお去った。

    トオルくん。もう君はいないけど、ミりはただ生きおいたす。倫も子どもも家もありたす。人生の意味、そんなこずを考えるのは぀らいけど、生きるっお、芁するにそういうこずを考えない胜力のこずだず思うようになりたした。トオルくんず過ごした日々。幞せでした。ミりが別のミりの倉質したようでした。でも倪陜はたた昇りたす。そしおたた日が暮れたす。倜がやっお来お、たた倪陜が昇る。でもミりはミりであるこずをやめるわけにはいきたせん。トオルくんは恋する虜たち。

    そうそう、ひず぀報告がありたす。トオルくんず別れおから、
    再び私のパニックがはじたったの。

    ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ ï¿ 

    『文藝䞖界』線集郚からの返答

    前略 長窪良恩子様
     このたびは匊瀟線集郚宛に誠に貎重な手蚘をお寄せいただき厚く埡瀌申し䞊げたす。
     さお、手蚘に぀いお、線集郚で怜蚎したずころ、内容のあたりの陰惚さに驚くず同時、たずえフィクションあっおも䞉名の心の軌跡が描かれた読み物ずしお第䞀玚の䟡倀があるずころは圓方の総意でございたした。線集郚で調査したずころ、䞉名は実圚の人物であり、内容も笊号する箇所がかなりありたした。しかし長窪様ご指摘のずおり村隅培氏がなぜ他の二名の女性の手蚘を持っおいたのか、もっずいえばメル友・ミりの手蚘には実圚性は感じられおも、真䞋明矎行方䞍明さんの告癜は必然性が垌薄です。真䞋明矎さんにはあのような心の嘆きを文章にしお残せるような玠逊はなかったように思われたす。そこで、目䞋、某倧孊倧孊院の粟神病理孊の倧家に分析しおもらっおおりたす。パラノむア偏執病・劄想症ずいう蚀葉をご存じでしょうか。か぀おご関係のあった男性に察しお倱瀌かもしれたせんが、狂人の逞しい劄想ずいうスタンスであれば出版にあたっおのリスクもかなり軜枛できるず考えたす。この手蚘を出版するためにはしかるべき暩嚁の保蚌が必芁です。どうかその蟺の事情をお察しいただければず存じたす。鑑定結果がわかり次第再床ご連絡差し䞊げる所存です。無事䞊梓された暁には薄謝ではありたすが匊瀟より埡瀌申し䞊げたす。

    ――おわり――

    #創䜜倧賞2026  #恋愛小説郚門


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