たまにはいいんですよ
東北から大阪に来て、1年が経とうとしていたとき、東日本大震災が起こった。
目を覆いたくなるような映像が、毎日TVから流れて来た。
日に日に増えていく死者の数。
大学時代の友人たちは、避難所生活を余儀なくされた。
指導教官からは、「今日は水をもらうために2時間並んだよ。」と聞いた。
東北の人たちが毎日たいへんな目に遭っている。
なのに自分は、遠く離れた関西で、何一つ不自由のない生活を送っている。
何もできることがない自分がふがいなくて、歯がゆくて、耐えられなかった。
今にして思えば、一種のサバイバーズ・ギルトだったんだろう。
そんなとき、職場のSさんが私を飲みに誘ってくれた。
正直、いま飲みに行くなんて、とんでもないことのような気がした。
でも、ふだんは真面目なSさんが、特に親しいわけでもない私にわざわざ声をかけてくれた。
かなり心配してくれているみたいだった。
結局、連れ立って北新地のお店に出かけた。
Sさんが選んだお店は、ビルの2階にあった。
こじんまりとしていて、ほっとできる感じだった。
掘りごたつの席で、Sさんと向かいあっていろんなことを話していたら、だんだん世界に色がついて見えてきたような、そんな気がした。
「こんなふうに飲みに来ていいのか、迷ったけど、でも今日、来れてよかったです。」
そう伝えた私に、Sさんは言った。
「たまにはいいんですよ。私たちも、毎日がんばってるんですから。」
席を立ち、Sさんがロングブーツを履こうとしたら、お酒のせいで脚がむくんでしまったのか、ファスナーがなかなか上がらなかった。
Sさんがしばらくブーツと格闘していた姿を、今でもよく覚えている。


