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■第3話「記録にない人間は、最初からそこにいない」


    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門

    朝の工場は、いつも通り動いていた。

    機械の音、ラインの流れ、無表情な作業員たち。

    何も変わっていないはずなのに、昨日よりも少しだけ空気が重い気がした。

    ⸻

    出勤カードを切る。

    ピッ。

    正常音。

    だが、その“正常”という感覚が、もう信用できなかった。

    ⸻

    休憩室に入る。

    昨日いなかったはずの場所に、昨日と同じ人数が座っている。

    違和感はもう驚きに変わらない。

    代わりに残っているのは、妙な“納得できなさ”だけだった。

    ⸻

    「おはようございます」

    隣の作業員に声をかける。

    「昨日の夜勤、例の人……」

    言いかけた瞬間、遮られた。

    「ずっと同じメンバーだって」

    それだけだった。

    会話はそれ以上広がらない。

    まるで“その話題自体が存在しない”ように。

    ⸻

    そのときだった。

    作業端末に通知が出た。

    ⸻

    「個人情報更新のお知らせ」

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    嫌な予感がした。

    画面を開く。

    そこに表示されたのは、自分の名前だった。

    ⸻

    だが、その下に書かれていた情報が、おかしかった。


    • 所属:夜勤ラインB

    • 勤務開始:未設定

    • 稼働履歴:なし

    ⸻

    「……は?」

    声が出た。

    すぐに確認する。

    昨日の勤務記録。

    今日の出勤ログ。

    全部あるはずだ。

    ⸻

    だが、どこにも“昨日までの自分”が存在していなかった。

    ⸻

    背中が冷たくなる。

    急いでリーダーのところへ向かう。

    「すみません、これ——」

    端末を見せる。

    リーダーは一度だけ画面を見て、すぐに言った。

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    「問題ない」

    ⸻

    「いや、勤務履歴が消えてます」

    「問題ないと言った」

    ⸻

    その言い方は説明ではなかった。

    “終了”の宣告に近かった。

    ⸻

    沈黙。

    その場の空気が固まる。

    周囲の作業員たちは、こちらを見ていない。

    見ていないというより、“見ているという行為がない”ようだった。

    ⸻

    その瞬間、理解してしまった。

    この場所では——

    記録にないものは、最初から存在しない。

    そして今、自分はその境界に立っている。

    ⸻

    休憩室に戻る。

    自分のロッカーを開ける。

    中には作業服と水筒。

    どちらも昨日と同じはずのもの。

    だが、違和感がある。

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    水筒の裏に貼られたラベル。

    そこに書かれた名前が、薄くなっていた。

    いや、違う。

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    消えかけている。

    ⸻

    手が止まる。

    そのとき、後ろから声がした。

    「そろそろだな」

    現場リーダーだった。

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    「何がですか」

    振り向く。

    リーダーは淡々と言った。

    ⸻

    「認識の更新だ」

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    「更新……?」

    ⸻

    「この現場ではな、存在は“記録で維持される”」

    「ズレが出たものは、修正される」

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    「修正……って、誰を?」

    ⸻

    その瞬間、リーダーは初めてこちらを見た。

    ⸻

    「お前だ」

    ⸻

    空気が止まった。

    ⸻

    「今、お前の記録は少しずつズレている」

    「だから調整が必要になる」

    ⸻

    その言葉は“脅し”ではなかった。

    事務的な処理の説明だった。

    ⸻

    そのとき気づく。

    周囲の作業員たちが、少しずつこちらに視線を向けている。

    さっきまで“見ていなかったはずの目”が、ゆっくりと焦点を合わせてくる。

    ⸻

    まるで確認しているように。

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    「まだ残っているかどうか」を。

    ⸻

    (第3話・終)

     
     

    ヒロ

     
     
    皆さん 初めましてヒロです。以前は公務員として働いてました。35歳の時に退職をして そこから個人事業主として働いてます。順風満帆に見えますが かなり失敗もしてきてます。失敗から学んだ事を皆さんと共有できたら嬉しいです。また、小説を書くのも好きで投稿させて頂いております。

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