
私は認められたかったのではなく、安心したかった
私は人からわかってもらえないと感じると
とても苦しくなっていました。
でも最近、あることに気づきました。
本当に欲しかったのは、
評価ではありませんでした。
安心でした。
🌖 力のある人が怖かった理由
仕事では、結果を出して出世したい人がいます。
責任を負うこともいとわず
どんどん前へ進んでいく人がいます。
以前の私は、そういう人を見て、ただただ
「すごいな」
と思っていました。
私は出世にあまり興味がありません。
責任が増えることにも怖さがあります。
そこで立ち止まって考えてみたのです。
私が仕事で一番欲しかったものは何だろうと。
それは人からの評価や役職ではなく、
安心して働けること。
それが何より大切だったのです。
🌖 基準は「偉い人」ではなかった
これまで長い間、
「立場が上の人が怖いんだ」
と思っていました。
でも、よく思い返してみると
そうとも限りませんでした。
職場で、言い方については強くなる人がいます。
その時は体が固まります。
けれど、その方は私より立場が上でも、
違っていたら謝ってくださいます。
話を聞いてもらえた経験。
困った時に助けてもらえた経験。
人格まで否定されるわけではないという感覚。
だから、この人は全部が危険な人ではない
と感じられるのです。
逆に、年齢や立場に関係なく、
「責められるかもしれない」
そう感じる相手に対しては体が緊張します。
つまり、私が見ていたのは
肩書きではありませんでした。
安心できる瞬間があるかどうか
が私の人を見る基準だったのです。
🌖 人といると疲れる。でも一人は寂しい
私は昔から、緊張しやすいです。
さっき言ったことは適切だっただろうか。
相手の機嫌は悪くないだろうか。
だから一人で気持ちを整える時間が必要でした。
でも一人でいると今度は寂しくなります。
以前は、この矛盾がよく分かりませんでした。
そこでよくよく考えてみると、
私は安心できない人と一緒にいることが
とても消耗するだけだったのです。
そして、一人は安全だけれど、
安心とは少し違いました。
本当に欲しかったのは、
安心して誰かと一緒にいられる時間
だったのです。
🌖 「全身全霊で受け入れてほしい」の本当の意味
私は以前、
「全身全霊で私を受け入れてくれる人が欲しい」
と思っていました。
その願いを、
自分でも相手への重たい期待
だと感じていました。
そこで少し考えて思ったのは、
本当に欲しかったのは
「あなたはここにいて大丈夫」
そんな安心感だったのだということです。
責められない。
見捨てられない。
否定されない。
そんな場所が欲しかったと気づいたのでした。
🌖 私の人生のキーワードは「安心」だった
振り返ると、これまで書いてきたことは
全部つながっていました。
感情のこと。
境界線のこと。
自己受容のこと。
寂しさのこと。
どれも根っこには
「安心して生きたい」
という願いがありました。
私は本当は安心したかったのです。
そう気づいた時、
不思議なくらい心が静かになりました。
もしかすると自分を理解するということは
新しい自分になることではなく、
ずっと心の奥にあった願いに
気づくことなのかもしれません。
