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語用研究note📚2 | 🔑言葉のハイジャックを乗り越え、自由な世界を取り戻す鍵は”身体活動の最適化”①

    今回は、前回記事で述べた「言葉のハイジャック」にまつわる語用研究記事の第二弾となりますが、かなり広範囲の分析・考察事項となるため、前編・後編に分けて投稿したいと思います。

    このシリーズでは、カルト教団、もしくはカルト的環境に多く見られる「言葉のハイジャック」「語彙の汚染」「意味の再定義」といった専門用語が頻出しますが、これは言語の側面から見た「洗脳手法」であり、私がかつて所属した教団では具体的にどんな「言葉のハイジャック」が行われていたか、そこを前回記事で詳しく解説しています。

    まだご覧になっておらず、本テーマにご興味を寄せてくださる方は、以下のリンク先の記事も併せてお読みいただければ、理解が深まるかと存じます。
    👇


    1⃣ 私が常日頃意識していること 
     📝「身体性のある記事」を書く

    私はSNSやブログのみならず、執筆活動全般においてつねに心がけていることがある。
    それは、「身体性のある記事を書く」ということ。

    ここで言う”身体性”とは、以下のような事柄を指す。

    • 自分の手で実験・検証を行う

    • 研究を重ねて、自分の言葉で説明できるようにする

    • 分析を慎重に行う

    • 読書体験・学習体験・感動経験など、自分の体験・経験を盛り込む

    すなわち、リアルな身体活動を伴う思考プロセス を最重視している。

    この身体性を文章に落とし込むことが、私にとってはかつて(自動的に入会する形で)所属していたカルト教団から脳裏(偏桃体)に沁み込まされた ”言葉のハイジャック” ”意味の再定義” ”語彙の汚染”などを自然に解除してくれる、重要な基盤となっているからだ。



    2⃣ 疲弊した自分の心を癒すための身体活動(「言葉のハイジャック解除」に役立った活動)

    もちろん、ここで言う「身体活動」とは、閉鎖性・独善性の強いカルト的環境でのネガティブな意味記憶や、忌まわしい過去の経験などを忘れさせてくれるような活動のこと。

    したがって、そのようなトラウマケアをするにあたり、以下のような効果が実感できる身体活動を取り入れた。

    • 心が前向きになる

    • 自然と意欲が湧いて作業に取り組める(自発能動)

    • 自己効力感・自己肯定感が上がる(自分で自分の努力を認められる)

    • 適度な達成感・充実感・生きがいを感じられる(継続するためにはテンションを上げ過ぎないことが重要)


    具体的には、私の場合、

    • ハンドメイド作品や洋服づくり

    • 実家での家族との仕事(自然と触れ合う仕事)

    • 音楽研究

    • 日常の料理・家事研究

    • 物事を構造的に分析・考察し、それを言語化すること

    • 生物や自然環境を観察・記録し、未知の事柄を調べること

    このような身体活動が自分の心を「カルト的環境での忌まわしい記憶」から遠ざけ、救ってくれたという実感がある。

    こうした活動は自分を楽しませるだけでなく、ささやかな他者貢献・社会貢献として機能する側面があり、その中から後世に残せるような資産価値のある研究・考察も生まれる可能性がある。

    そのため、「他人からの期待に応える」のではなく、「自分の期待に応えてみよう」という、自己対話型の挑戦が始まるのだ。



    3⃣ 教団にいた頃の私は「自由な創作」ができなくなっていた

    私は元々幼い頃からものを書くことを続けてきたが、教団関係者から「将来、カリスマ指導者の右腕になるような創作・執筆を目指そう」などと圧をかけられていた時代が十数年続いた間、そうした期待には応えたくないという、自分の本心との間で大きな葛藤を抱えていた。

    しかもその葛藤を拗らせ、本来は子どもの頃から好きだったはずの執筆活動が、全く面白いと感じられなくなっていた。
    大学のレポートや試験以外のところではなにも文章を書きたくない、そんな心境になっていたのだ。

    自分でもそれはまずいと感じていた。
    しかし、なにかのテーマで書きたいと思うきっかけが訪れても、いざ書いてみると自分で納得のいく言語化ができなくて余計にイヤになる(おそらく鬱症状の一種だったのだと思う)。

    つまり書くことと向き合おうとすると、自己嫌悪や劣等感に苛まれることになるから向き合いたくなかった。



    4⃣ もう一つの大きな葛藤と、教団離脱後深まった「自己理解」

    さらにもう一点、自分の能力を教団組織やカリスマ指導者のために役立てよ、と幹部たちから期待をかけられ、「籠の中の鳥」みたいな状態だったかつての私は、「もう子どもの頃のように、自分の感性の赴くままにものを書き、世間の注目を集めるようなことをしてはいけない」という自己暗示をかけ続けていた。

    もし自分の執筆作品や創作物がどこかで高く評価されてしまったら、ますますこの組織の上位幹部たちから 「重要な人材」認定されてしまうことになり、逃げたくても逃げられない状況を作り出してしまうことが目に見えていた。

    だからなおさら、組織の人々との関わりをすべて断ち切れるようになるまでは、私はもう自分の個性とか感性を発揮してはいけない、と抑制をかけていたのだ(実際、私は幼少期にとんでもなく大きな賞を受賞し、それがきっかけで教団幹部たちから「将来の人材」としてロックオンされてしまった)。

    ただ、自分で自分を抑圧していた頃は「もう伸び伸びと創作活動していた当時の自分には戻れない」などと思い込んでいたが、じつは音楽に関してはとことん知識を深めたい、あらゆる音楽を聴きたい、という欲求を抑え込むことができず、それに関しては独自の路線を突っ走って研究に打ち込んでいた。
    ちなみに大学の卒論も、一人の歌手の作品群を考察したものだった(原稿用紙110枚以上書いた)。

    つまり、「本当の自分」は死んでいなかった。
    教団退会後は、宗教関連のことで見ず知らずの人からの来訪を受けたり、干渉されるおそれがなくなったので、しだいに心の平穏(=偏桃体の平穏)を取り戻せるようになり、だんだん元の自分(新規探索性の強い自分)がどんなだったかも思い出せるようになった。

    また、やたらと勘の強い私は、教団にいた頃はネガティブな予想ばかり当てていたが、退会後はポジティブな出来事を当てられるようになっていったのも、大きな変化の一つだった。



    5⃣ 偏桃体の過剰反応を弱め、前頭葉の働きを取り戻すための身体活動


    2⃣のキャプションで紹介したような身体活動は、私の中に以下のような流れを生み出した。

    自由な世界を再構築するための身体活動 → 情緒の安定(偏桃体・前頭葉の安定) → ポジティブな言葉の再定義→語彙が持つ本来の意味を落とし込む→心の回復

    すなわち、教団の中で植え付けられた「思想統制的な語彙の汚染・意味の再定義・言葉のハイジャック」も、自分が好きなこと・自分で決めた課題に打ち込むことで次第に無効化されていき、ふと思い出したとしてもそれを長く引きずって暗鬱な気分になったり、過去にタイムスリップしたような不安・疲労感に苛まれることはなくなっていった。



    🐥本日はここまで。次回に続きます🍀

    後編では、かつて所属したカルト教団内で見られた「健康法ハイジャック(私が命名)」や、ミルグラム実験に似た組織体質、特異な言語環境・教育環境・フレネミー化する原因……など、一般にほとんど解説されていない事柄について深堀りしていきます。
    引き続き、本シリーズをご愛読いただければ幸いです🙇‍♀️

    昨夜も関東で大きな地震があり、私の地域もかなり揺れました(大雨による災害もありました)。

    地震発生地域、ならびにその周辺にお住いの皆様は引き続き、余震に警戒してください⚠️














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