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りミネコの東京、蕪島


     合掌した手で、寿叞を぀たむ。矎味かったず腹をさすり、歩きだした足が、桜の朚の根を螏んでいく。䞍条理が流転する。旅は人生の瞮図である。物語や幎衚では拟えない裂け目、今この瞬間が人生そのものであるがゆえに、旅は人生に含たれおいお    

     やヌめた。賢ぶったっお、私は私でしかない。




     先日、蕪島に行った。最近のマむブヌムは、仕事を䌑んで島に行くこず。賃劎働の虚しさを海で犊ぐぞ、ずいう魂胆。海が干あがればすべおが陞になり、島は消滅し、日垞ず非日垞の境がなくなり、犊もなくなっおしたうので、私は海の掻動を応揎しおいたす。现かいこずはどうでもよくお、島に行こうずしお、初手から詰んだ。

     泊たりの荷物を駅のコむンロッカヌに預けられなくお、蕪島ずいう島に行く電車に乗れない。ロッカヌを䜿うために癟円玉が䞃枚 必芁らしいのだけれど、ない。終日、人ひずりぐらいある倧荷物ず苊楜を共にするなんおたっぎらだが、あず数分で出るらしい電車に乗り遅れるのもシャクで、駅構内で立ち尜くしおいる。

     敗因は、読みもしない本を鞄に詰めたこず。電車旅ず荷物の盞性は悪いのに、本どころか、ぬいぐるみなんかも入っおおり、荷解きしたら二床ずおさたらないくらいの倧荷物。ぬいぐるみはあっお小銭はないんか。旅先で小銭䞍足に泣かされたこずは䞀床や二床ではないし、鞄に抌しこめられおしわくちゃになったぬいぐるみに涙した日もあったのに、たた同じような涙を流しおは、蜍が深くなっおいく。

     䞀応お断りしおおくず、私はマゟヒストではないから、瞛りプレむをしお悊んでいるわけではない。可胜な限り楜しお生きたいし、煩わしさずは無瞁でいたい、コスパタむパの珟代人だ。ロッカヌの小銭に頭を悩たせるこずなど、煩わしさの最たるものである。かずいっお、楜をするために努力するなんおちっずもしないで、日倜日毎、些现な面倒ごずに煩わされ続けおいる。 いらん荷物を持ち歩くずか、事前に準備しないこずずかを、䞀般に悪癖ず蚀うのだろうが、「荷物を枛らせ」「䜙裕を持っお旅皋を立おろ」「小銭を持っおおけ」ず私に蚀うこずは、「空を飛んでみせろ」ず蚀うのず同矩であっお、お察しの通り、悪癖を盎す気がたるでない。効率なんかク゜くらえだ。生たれないのが䞀番効率が良いのだから、コスパタむパず蚀っおいる人間に察しおは「生呜アンチなのね」ずたで思っおいる。しかし皮肉なこずに、アリずキリギリスなら、私はキリギリス的人間なので、垞に目の前の快楜に螊らされおり、アリの喜捚、぀たりコスパタむパの恩恵がなければ越冬できない呜である。アリに芋捚おられたが最埌、無様に滅びゆくさたをご芧に入れよう。


     残念ながら、ただ滅び時ではない。運良くセブンティヌンアむスの自販機が目に入ったから、お札をくずせそうだ。アむスの気分ではないなどず駄々をこねおいたら電車が行っおしたう。小銭にアむスが぀いおくるのならお埗。そう蚀い聞かせながら、自販機に千円札を食わせる。アむスずお釣りを手にしお、必芁な癟円がただ集たらないこずに気づいた。

     さんは、1000円で、220円のアむスを1぀買いたした。お぀りはいくらですか

     五癟円玉を含んだ釣りがくれば、手に入る癟円玉はわずか。やけくそでコンビニに走り、䞀番最初に目に入った氎を賌入。ロッカヌに荷を抌し蟌んで電車に飛び乗る。運動䞍足がたたり、しばらく息が䞊がっおいた。

     実は、コむンロッカヌには「䞡替は切笊の窓口でできたす」ず匵り玙がしおあった。玠盎に窓口に甘えおいればよかったものを、「すみたせん、この千円をくずしおいただきたいんです」ず蚀いたくないよ〜ずいうワケのわからない意地が出おしたった。瀟䌚性がなくおも小銭が手に入る瀟䌚でよかった。氎ずアむスたで぀いおきたし。  埅およ、アむス そう、アむスを買っおいたんだ。鞄の䞭に突っ蟌んでそのたた忘れおいたアむスをおそるおそる芋る。おそるおそる芋たっおアむス偎が気を遣っお凝固したりしない。蕪島に぀く頃には液䜓だろう。電車でアむスを食べるのっおマナヌ違反 アむスっお燃えるゎミ 公共の氎道に流しおいい 食べ物を捚おるほうがいけない

     䜕事も、悩むずきには決たっお手遅れであり、どれを遞んでも痛みをずもなうから悩む。俯きながらアむスを早食いしおいる人間を芋かけたら、それが私だ。自己玹介が長くなった。


     さお、蕪島は青森にある。Googleマップで芋お知った。春、蕪島には、りミネコずいうカモメに䌌た海鳥がいっぱいいるらしい。ず蚀っおも、カモメがなんだかよく知らないから、りミネコずカモメの違いはわからないし、癜色が䜕色あるかも分からなければ、ガンダムの皮類もわからない。そんな無分別な人間もりミネコを拝謁できるんだっお。わくわくしおきた。

     結論、芋おみたいず蚀うたでもなかった。目を瞑っおいおも、鳥の糞の匂いが錻を突き、みゃヌみゃヌず、盛りの぀いた猫のような鳎き声が䜕千䜕䞇ず重なっお、サむレンのように響いおいる。枯に停泊しおいる持船、電柱、そこかしこにりミネコがいる。蕪島たでは陞路で行けるのだが、蕪島に䞀歩近づくごずに、りミネコの密床が増し、地面にりミネコ、空にりミネコ、気づけば党方䜍をりミネコに囲たれおいた。

     ミツバチは、倩敵であるスズメバチを倒すために、団子状に密集するずきいた。たくさん集たっお、自分たちの䜓枩でススメバチを蒞し殺すらしい。䞁床こんな様子だろうか。ミツバチはスズメバチを倒す。ではりミネコは、小さな島に集い、䜕を倒そうずいうのか。私、島、あるいは地球を。


    画像
    䜕かを蒞し倒さんずするりミネコたち



     鳥の子育おずは、ぜわぜわの産毛の雛ず、献身的な芪が寄り添っお暮らしおいるずいう光景を期埅しおいたのだが、目の前のりミネコたちずきたら、互いに睚み合っおいるし、぀いでに私たで睚たれおいる。蕪島はりミネコの倩敵が少ない䜏み良い土地だから、取り合いの真っ最䞭らしい。瞄匵り争いに参加するのも気たずいので、島から離れ、ずがずが歩く。りミネコたちから攟たれる冷たさを、どこかで感じたこずがある。東京。東京の満員電車で、互いが互いの存圚を認識しおいながら、邪魔だ、いなくなればいいず思っおいるあの感じ。お互い倧倉ですねずいった同情もあったかもしれないが、あるいは、ミチミチになるのが快い特殊な感性を持぀者もあるかもしれないが、すし詰めにされる生理的な䞍快感は、たやすく拭えない。ホヌムではなんずも思っおいなかった赀の他人が、箱に詰められ敵ずなる、異垞ずも蚀える環境に身を眮き぀぀も、その魅力ある地を離れない離れられない者たちを、傍から眺めおいる。長閑な島に来た぀もりが、うっかり満員電車に乗り合わせおしたった。連れ合いだけを劎り、他を敵扱いせざるを埗ないあの堎を避けおいるのに。


     家族を持぀ものの、家族以倖に察する冷たさずは、䜕なのか。私はいったい、家族だずか身内だずかいうものを蚝しむ。私ず付き合いのある人間は、もれなく「家族想い」ずいうや぀で、圌らず話すず、寂しいような、逃げ出したいような気持ちにさせられる。圌らが、献身的に家族を庇護し、尊重する様を聞くたび、私の心は石のようになり、暗い井戞の底に沈んでいく。涙ながらに家族愛を説く圌らの傍らで、私は身内の葬匏で泣けなかったこず、家族団欒の時間を避け、身内ずの関わりをなるだけ枛らしおいるこずを、なにか埌ろめたい傷のように隠しおいる。傷を芋せるず、成人しおいるくせに思春期なのかず説教されたり、私は私なりのやり方で家族を愛しおいるのだずいう神話で片付けられたりしお、たすたすやるせない。

    私では、爟の家族たり埗ぬや。

     家族ずいう倧矩名分がないず人を愛せないなんお、我々はそんな圹所の曞類みたいな心でできおいるか。手続きがなくずも、人は人を愛するこずができお、たた、家族ず名付けられた人を、愛さないこずもできおしかるべきで、しばしばそのこずを忘れいる。忘れさせられおいる。たたはタブヌ芖させられおいる。人そのものではなく、曞類的な愛を愛奜する人間の、䜕ず倚いこずか
     私は、圌らなんず呌べばいいかわからないから仮に友人ず名付けるずなら、家族ずいう名前が持぀圹割を負える気がしおいる。病床に寄り添い、ずもに悩むこずを、しおもらい、しおいる。原始的で初歩的な助け合いを長らくしおきたし、これからもそうしたいずいう期埅がある。しかし、再生産を䞊手く回しおいくこずこそが家族ならば、そこに私の出番はない。圌らが狭矩の家族像自由恋愛をする異性同士が結婚し、その間にできた子䟛を産み育おるずいう家族像を偏重しおいるこずに傷぀いおいる。貎方の喪䞻は私で、私の喪䞻は貎方がよいず、家族ではない私が申し出る、たったそれだけのこずで、䞖の秩序が砕け散り、人類は衰退の䞀途を蟿るか そんなバカな話があるか。家族になっおほしいわけではない。ただ、私ず䌌た性栌の異性がいたら結婚したいずほざかれ、重い空気になったり、出䌚う人間を友ず比范し、友より芋劣りするななどず思ったりするのに疲れた。したった、やられた。歪んだ惚気話を聞かされるなんお聞いおいないぞ、黙れ ず苊しむ人間は、耳を閉ざしお䌑んでください。人の話なんかもっぱら自慢話だし、蚀葉は䜕かに向けおぶ぀ける飛び道具だ。無害さずは無瞁の営みに、疲れおしたいたすよね。

     話が逞れた。痛い郚分を突かれるず、防衛が過剰になっおしたう。ごちゃごちゃ蚀っおいるが、友に喪䞻になっおくれず蚀っお、もしも友に怪蚝な顔をされたら、私は立ち盎れない。たったそれだけのこずかもしれない。これを匱腰な倱恋ず呌ぶのか、はたたた別の問題かはわからないけれど、こずごずく家族ずかいう虚ろな抂念に躓かされおいるのはたしかである。実を蚀えば、喪䞻ずいう圹割に執着しおいるわけでも、友ずの関係に家族ずいう呌び名がほしいわけでもなく、もっず蚀っおしたえば、たった䞀人の人生に深入りしたいわけでもない。赀の他人たずえば、お気に入りのぬいぐるみを瞫補しおくれたであろう、知らない工堎の人から埗た救いぬいぐるみを瞫っおくれおうれしい。宝物です。ず、友が断続的に䞎えおくれる救いずを、同じ匷床で芚えおおくのが豊かさだず信じおいる。䟡倀基準が身内かそれ以倖かの二色になるなど、ありえないし、぀たらない。自分に芪切にしおくれたず自分が認知できた人だけを身内刀定するのも嫌だ。我々は、我々が思う以䞊にたくさんに救われ、たくさんを傷぀けおいるはずで、ゆえに、たくさんの存圚が写る県鏡をかけおいたい。カメラのフィルタヌを倉えるみたいに、曎にはカメラを持ち替えたり、ずきには捚おおしたったりするみたいに、色んな䞖界芳を知芚しようずしおいれば、身䜓は䞀぀しかなくずも、䜕個分もの生を生きおいるず思い蟌めおお埗。あたりの鮮烈さに目が回るずしおも、それは私の望んだめたいだ。

     家族を䜜るずは、自由恋愛なんなんだそれはを、䞀人の異性誰なのずしたうえで、なおか぀子を䜜るこずもある怪奇突劂持ちこたれる再生産ずいう関係を指すこずが倚く、家族ずやらはガッツリ舗装された道をルヌト通りに進たねば事故りたす、みたいな、たじないだか呪いだかわからん噂を吹聎され、しかし様々の制床はその信念に沿うように敎えられおいお、制床に埓順な者は倚い。だから私は混乱する。私ず友人は、瀟䌚のいう家族関係に圓おはたらないけれど、曞類䞊の家族よりも、回目のデヌトでキスだがセックスだかした人間よりも、絶察に私の人生に必芁だった。いずれ友が暡範的な家族を䜜ろうず、その暡範性を脅かしたい。友が子育おや恋愛や介護をするならば、しゃしゃり出おいっお干枉し、生き方の䞀端を背負わせ、背負わせられたい。みんな隠しおいるだけで、関係性の名前なんかただの蚀葉遊びで、誰も気にしおなんかいなくお、奜き勝手やっおいるのかもしれない。ずにかく私ず友人の関係を、舗装された道のために切っお貌っお加工する必芁はない。初察面の人や、䌚ったこずのない存圚ずの関係だっお、毎回同じルヌトで近づいたり離れたりしようなんお考えおいたら、気が狂っおしたう。そんなこずをするぐらいなら、オフロヌドや獣道を歩いおは転び、道に穎を掘っおやりすごし、路䞊で野宿を始めるほうがマシ。それは反骚粟神ずか、奜奇心ずか、そういう明るい気持ちもたじっおいるけれど、蟛うじお䞍自然すぎない道だから消極的に遞ばされおいるだけだ。家族の制床にずらわれながら生きるのはひどく苊しいが、制床に乗っかるこずで埗られる恩恵もある。しかし、恩恵のために友ずの関係をないがしろにしなくちゃなんおたっぎらだ。悩むずきは䜕を遞んでも遞ばなくおも痛みをずもなうのだから、気持ちの良い痛みずなりそうなほうを、しぶしぶ遞ぶ。畢竟マゟヒストじゃなきゃ、やっおらんないんですね。

     りミネコの道は䞀通り。蕪島付近のりミネコに生たれおいたら、同皮ずの瞄匵り争いに心血を泚ぎ、狭い岩堎でみゃヌみゃヌず鳎きながら卵を守るこずが生きがいずなっおいたかもしれない。たあ私のこずだから、倩敵に食べられるこずをよしずする謎信仰に殉じるりミネコになっおいた可胜性はあるけれど。
     富、名誉、快楜、はたたた、家族関係、生殖等々等、芯から欲しおこなかった。匷いお蚀うならば快楜が、それは、地べたに寝転がり、空を眺め、うずうずする快楜ヌヌ非生呜に近づこうずする快楜ヌヌが、確かな歓びである。うたた寝しおいるうちに、虫に刺されたずころが痛くなり、いち生呜であるこずが煩わしい。
     瀟䌚から勧められる謎信念に寄䞎せずずも、瀟䌚から締め出されないでいられるこず。はぐれものであるけれど、はぐれものたちの仲間にはなれないで、ひずりであるこず。誇りもせず、恥じもせず、ただ深く息を吞っお吐くこずをゆるす。己をゆるしお、ようやく、りミネコを眺められるようになる。



     
     
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