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Photo byhoshino2580

イギリスから届いたSuica

    イギリスの父が亡くなったと知ったのは、10月末の月曜朝だった。
    二度寝するつもりだったベッドの中で、スマホの画面を見つめたまま、しばらく呼吸を忘れていた。

    たまたま日本に来ていた義弟が、帰国の当日、成田空港でその知らせを受け取った。

    イギリスには義母がひとり残されている。体調の悪い人なので、何がどうなっているのか、正確なことはわからなかった。

    私たちはただ、遠い国で起きているはずの出来事を、断片的な情報の中で想像するしかなかった。

    12月、夫はクリスマスに合わせてイギリスに帰った。
    義父は、すでに火葬を終えていた。
    骨壺はピアノの上にそっと置かれていたという。

    義父はチャーミングな人だった。
    本とクロスワードパズルとフットボールが好きで、共通の趣味を持つ夫とのおしゃべりが楽しそうだった。

    結婚以来の20年ほど、時折、我が家に長期滞在する機会があった。
    だから、遠くに住んでいる割には、一緒に過ごした時間は長かったと思う。
    パリ、メルボルン、沖縄にも、一緒に旅した。
    日本滞在中は毎日、私の好きな白ワインを冷やして、仕事の帰りを待っていてくれた。

    料理も上手だった。丁寧に作るビーフストロガノフは、私にとって、今でも“義父の味”だ。
    前年に来日したときは、パーキンソンが悪化して車椅子で現れた。

    ――それ以外は元気そうに見えたのに。

    時差も距離もあるせいで、現実感は薄いままだった。

    年が明けて、夫がいくつかの形見を実家から持ち帰ってきた。
    その中に、プラスチックのカードがあった。
    財布から出てきたらしい。
    角が少しめくれて、表面はうっすら曇っていた。
    そこに、私の名前があった。古いSuicaだった。

    なぜ持っていたのかはわからない。
    いつ、どこで渡したんだろう。
    けれど私はしばらく、何も言えずにそのカードを見つめていた。

    指先がSuicaに触れたまま、しばらく動けなかった。
    胸の奥に、小さな温もりが灯るようだった。  
    悲しさでも懐かしさでもない、ただ──言葉にならない何かが、喉の奥でつかえていた。

    一枚のSuicaから、義父との景色が立ち上がってきた。
    会えなかった距離も、交わせなかった言葉も、全部その中に詰まっている気がした。

    私の手を取った義父の分厚い手のひらと、水色の瞳。
    「My favorite girl.」という声を思い出していた。

    その声を、私はこの先何度も思い出そうとするだろう。



     
     
     
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