メインコンテンツへスキップ
見出し画像

おゆうはん狂奏曲ーセイロニストになれなくて

    退勤後、自宅までダッシュ。 長女が塾へ出発する50分前に滑り込む。
    ある意味一日の本番。
    あと20分で夕飯を完成させなければ、長女の「食べる時間」がなくなってしまう。

    純粋に20分あればな。けれど現実は甘くない。 身支度もある。
    その間にも娘たちは「今日ね…」が始まる。

    その日練習した「前回り受け身」「hanaのダンス」。お絵描きの成果とかも見せてくる。
    今ですか

    相手をしながら冷蔵庫を開ける頃には、有効時間は無慈悲に削り取られている。
    話しかけてきた夫には「一日で一番忙しいから今無理」と後回しにしている。
    ごめんねと思いつつ、立ち位置そっちじゃないでしょう、とも思う。

    長女は、すごくよく噛んで食べる子だ。
    外食より家での食事を好む。
    口が大きくて、あまり噛まない夫とは食事にかける時間が違うので、ながれ解散にならない外食が煩わしいみたい。

    友達と外出先で食べるソフトクリーム、食べ歩き用から揚げなど、本人のペースで食べられないとき。
    あとから、二日酔いの栗まんじゅう先輩くらい、顔が青くなるのを何度となく実証してしまった。

    もう、急かさない。長女の食事と消化スピードは一致していて、なんだか一種の聖域なのだ。

    時間が十分に確保できず、食べきれなかった夕食は「帰ったら食べるね」と大切に扱ってくれる。

    このスケジュール、週に数回の日もあれば、1か月続くこともある。間に合わないなら、 「お餅でも焼いて食べて」と言えば済む話なのはわかっている。でも、私はどうしてもキッチンに立ってしまう。

    「カツオ」な彼女への、理屈じゃない愛おしさ

    うちの長女は、なかなかに手強い。 日々の食事には自然に感謝してくれる。けれど、「じゃあ、あんたが作ってみろよ」のカツオばりに手作りの筑前煮を愛している。

    チルドのハンバーグ、インスタント味噌汁、「これって手作り?」と聞いてくる。
    スーパーの総菜は、ガッカリしている。いや、成長して母を思うからこそ、言葉を飲む場面が見て取れたりする。
    せいろとかで野菜蒸したら喜ぶんだろうな。

    亀仙人の甲羅なみに重いリュックを背負って、毎日黙々と塾に向かう後ろ姿。 肌や髪、体型を気にして、食事の質にも妥協しないところ。それなのに辛ラーメンは食べる矛盾。

    その全部が、可愛くて、愛おしい。 
    完全に間に合わないなら諦める。自分の楽しみのために、夫に作り置きを託す日だってある。

    けれど、私の努力がギリギリ通用する、絶妙な時間の壁が私を追い詰める。

    正論という名の、喉に刺さる骨

    先日、妹にこのことを何気なく愚痴ってみた。 ワンオペ・フルタイムで育児をこなす彼女の回答は、バッサリと、潔いものだった。

    「理想が高すぎるよ。その辺にあるもの食べていけばいいんだから、頑張る必要ない」

    私が「でも、長女(カツオ)が食にうるさくて……」と反論しても、彼女の勢いは止まらない。 「そんなの、ただのわがままだよ!作ってあるだけで十分!」

    うっ…セイロニスト(正論を言う人)。 でも、感情がパンパンに詰まった私の相談は、正論では行き場を失ってしまう。

    喧嘩になりそうな空気を察して、「ねえ、あのドラマ見てた?竹内涼真がさあ……」と無理やり話を逸らした。

    私が手放せない、この「違和感」の正体

    妹に一蹴されてもなお、自問自答は続く。 私は過剰な対応をしているんだろうか。

    いや、結構妥協はしている。 メインや副菜はたいてい前日に仕込み、当日は味噌汁を仕上げるだけ。週一はパスタや焼きそばで手を抜く、冷凍餃子やどん兵衛という「伏兵」だってスタンバイさせている。

    それでも、心にはザラついた違和感が残る。

    「作り置きを勝手に出して食べてね」と突き放せないのはなぜか。 重い容器を出し、適切なお皿を選び、温めて食べる長女の姿を想像する。要領の良さとひきかえに、ひとつひとつ丁寧な彼女が、時間に合わせられるだろうか。

    何より、私が一番拒絶している光景。 それは、「自分で準備させたものを一人で食べる長女の横で、時間差で帰宅した私が、夫と次女の味噌汁を並べる」というシーンだ。
     夫の朝は早い。つまり、我が家の夜は短い。
    夕飯、入浴と後がつまっている。

    効率を考えれば、それが最適解かもしれない。 「やらせないと、できるようにならない」という教育的視点だってあるだろう。

    けれど、どうしてもそこに強い違和感がある。 これは私の、つまらないこだわりなのだろうか。 自分のためなんだろうか。

    ただ、私は、あの重い亀仙人の甲羅(リュック)を背負って出かける背中に、「(今日も食べさせてあげれた)いってらっしゃい」と言いたいだけなのだ。

    今日も時計の針を見る。あと20分。 私はきっと明日も、正論を横に置いて、ダッシュでエプロンを締めるのだろう。

    読んでくださってありがとうございました!
    スキやフォローはげみになります🥰


     
     
    “心が揺れたところ”を書いています。 再現レシピ、おいしくなるメモなど。 スキ / フォロー、いつも励みになっています。 大丈夫じゃない日も みとめて そのまま進む。

    あなたへのおすすめ