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ある日のチャン吉

    【あらすじ】
    幕末の尾張名古屋。下級武士のチャン吉は帳簿仕事と内職をそれなりにこなし、妻と幼子と共に慎ましく幸せな日々を過ごしていた。世間では尊王攘夷や薩長の台頭で幕府の先行きが怪しくなり、将来への不安をなんとなく感じるチャン吉。特別に賢くもなく、特別に強くもなく、ちょっと情けない下級武士、チャン吉の等身大の幕末記。




    ”う~ん、これはまずいぞ。いかん、いかんぞう。最近瓦版ではやれ攘夷だ、やれ異人が攻めてくるだ、やれ薩長だと騒がしいが、どの話を聞いても、結局は幕府の旗色が悪いということじゃないか・・・・。幕府がなくなると、この不肖チャン吉、おまんまの食い上げになってしまうではないか。ああ、剣術の稽古を怠けとるんじゃなかったのう。もし戦となればワシら下っ端侍も刀とか槍とか持たんといかんのかのう。にわかじこみの屁っ放り腰で刀を構えたところで、薩長の強い奴らの前には絶対にひとたまりもないだろうしのう。あと、剣術さえ真面目にやっとれば、もし我が尾張藩が無くなって仕事がのうなっても道場を細々とやって食い繋ぐ道もあったろうに。話によると薩長はえげれすから、どえりゃぁすんごい大砲やら軍艦やらを仕入れとるらしいのう。台所の食材の仕入の帳簿をつけたりする仕事しかしとらんから、薩長が天下とっても雇ってくれんと思うしのう。ああ、どうしよう。そういえばここ半年刀を磨いとらんからサビサビだろうなぁ。鞘から抜き出すのがおそがいわい。帰ったら刀磨かんといかんわい”



    「チャン吉殿!!チャン吉殿!!何をボ~ッとしておるのだ!!」と上司の佐々木慎之助殿がこの不肖チャン吉を一喝する。


    先々の心配で悶々としておって仕事など上の空だったこの不肖チャン吉。

    「あわわわ、はははい!!」と我にかえる。


    「チャン吉殿、お主最近弛んどるぞ。この間も秋刀魚の干物の数を間違えて帳簿につけておったし。武士ならば、間違いをした時は腹を切る覚悟でお勤めをせんかい!!」


    「はは~!!面目次第もございませぬ」とワシが言ったところで、午後3時を告げる太鼓が、ど~ん!!ど~ん!!ど~ん!!と鳴った。


    「それがし、ちと大事な所用があるのでこれにて御免」と言い残して、「まだ話は終わっとらん!!」とガミガミいう佐々木殿を後にして、家路につく。


    チャン吉の住む丸田町の隣にある矢場町には、我々のような小役人のような武士ではなく有事に戦で戦う武士たちが弓矢の訓練をする矢場がある。

    矢場の前を通ると「あた~り~!!」という叫び声が聞こえる。

    「ほうほう、騎兵隊の連中はまだ頑張っとるのか。感心感心」と思いながら家へと足を進める。

    青々とした葉を茂らせている桜の木々に留まっている蝉たちがみんみんみんみんと鳴いている。


    ”さあてと、今日から半月の休みが始まったか。でも、下っ端侍の甲斐性なしゆえ、お小遣いが少ないから、せいぜい釣りに行くくらいだな。あっ、そうだ。まだ内職の傘貼りの仕事が結構残ってたっけ。にしても暑いのう”と思いながら玄関を開けると、一粒種のチャン右衛門が「父上!!おかえりなたい!!」と舌ったらずな声をあげて走って抱きついてきよった。

    「おうおうただいま!!かわいいやつじゃのう!!かわいいやつじゃのう!!」と5つになるチャン右衛門の柔らかいほっぺたに、自分の顎やほっぺたを軽く擦り付けた。幼児の青い匂いが鼻腔をくすぐる。「父上、髭が痛い」とチャン右衛門が言う。

    「すまぬすまぬ。そういやぁ、そろそろ髪結に行かんとのう」と顔を離した。


    少し離れたところで妻のお万は、ひじょ~に厳しい目つきで、この不肖チャン吉を睨んでおって、顎をクイッ、クイッと動かしてこちらに来るようにと促す。



    「チャン右衛門。母上と大事な話があるゆえ、居間の方に行ってなさい」と、お万の後についてゆく。


    「は~い!!」と無邪気に言って、チャン右衛門は小走りで居間に行った。


    「チャン吉殿、これはなんですか?」と冷たくきつい口調でお万は言い、懐から鮮やかな色のついた紙を取り出した。

    ”何かな?”と思ったら春画だった。

    ぎくりとした。

    恥ずかしくて体が少し熱った。


    「春画です」


    「そうです、春画です。チャン吉殿。このお万は小娘ではありません。殿方は幾つになってもこういうものに関心があるのは重々承知しております。特に、お小遣いが少なくて情事どころか遊郭にも行けない貴方にとっては、とても大切なお慰みだということも理解しております。夜の営みと同じように手淫も大切にしたい、というお望みも受け入れてお好きなようにさせております。ただ、ちゃぶ台の上に置きっぱなしというのは大変よろしくありません。もしチャン右衛門がこれを見たら大変なことになりますよ。これからは重々気をつけてください」とお万。


    「非常に面目ない。以後気をつける」と、この不肖チャン吉は謝った。

    思い起こせば、昨晩お万が寝た後、こっそりと寝床を抜け出して、居間で春画を見て手淫しておって、その後かわやに行って、春画の事はすっかり忘れてそのまま置きっぱなしにして寝床に戻ってしまったということだ。

    不覚であった。


    「お願いしますよ」とお万はニコリとし「でも、こんな大きなマラの人って本当にいるのですか?私は父上とチャン吉殿のモノしか見たことがないので・・・」と聞いてきた。娶った時のお万は処女であった。横道に逸れるが、チャン右衛門を産む前のお万は営みではただ痛がるばかりだったが、チャン右衛門を出産してしばらくすると「あ~~っ!!」と大きな声をあげて感じる様になり、いつの間にか毎晩のように求めてくるような淫乱な女になった。今では夜の営みの主導権のうち半分はお万が持っておる。この不肖チャン吉は、お万の注文に従って営みをすることが少なくない。

    「そうよのう。ワシも実際にたくさんのマラを見たことがあるが、こんな大きいマラは見たことがないのう。でも、もしかして慶喜様とか西郷どんとか新撰組の連中くらいになるとこれよりデカいマラ持っとるかもしれんのう。このくらいのを持っとらんと大役は果たせんだろうに。おっといけない、壁に耳あり障子に目ありかもしれん。服部半蔵殿にもしこの話を聞かれて、このような重大な秘密を知っておると知られたらワシらの命がないぞ」と、ワシはニッとして返した。

    2人して顔を見合わせて「いひひひひ」と笑った。


    笑い声を聞いて「なあに?」とチャン右衛門がこちらに来た。


    蔵の屋根裏の隅にある小さい行李に100枚以上の春画を隠していることにお万は気づいていないだろう。

    いや、気づいているけど気づいていないふりをしているのかな?


    「今日も高乃輪様の家に行くのですか?」とお万。


    「うん。いつもの様に豆腐2丁と味噌を用意してくれ」


    「はい」とお万は台所へと行き豆腐2丁と味噌を風呂敷に入れて用意してくれた。

    「これも高乃輪殿にお届けください。独り身ですから果物が足りているか心配です。それとたまにはこちらにも顔を出してくださいとお伝えください」とスイカを手渡すお万。


    「うむ」と言ってそれを受け取り「では行って参る」と家を後にした。


    「お気をつけて」とお万。


    この不肖チャン吉はいざ高乃輪の家へと向かった。


    高乃輪との付き合いは、この不肖チャン吉が25、丁度お万が腹にチャン右衛門を宿しておった頃なので、かれこれ5年ほどになるか。ある日の昼、お万に精をつけさせたいから夕食のおかずにうなぎをと思い、堀川の納屋橋のあたりで釣り糸を垂らしておったところ「ああ、釣り糸が切れちゃってもうないよ、チキショウめ」と声が聞こえたので「よろしければこれを使ってください」と奴に余っておった釣り糸をあげた。

    微妙に男前で、ヒョロリと背が高くて痩せた男だった。

    「ああ、ありがたや!!かたじけのうござる。おや、刀をお持ちになっておられるということは貴殿も武士でござるか?拙者上杉高乃輪と申します。勘定方の下っ端をやっております」

    「おお、勘定方とは優秀な。お見それいたしました。拙者中川チャン吉と申します。御台所に勤めております。もちろん下っ端です」とこの不肖チャン吉。


    うなぎを釣りながら世間話をしているうちにワシらはすっかり意気投合した。


    2人合わせてうなぎが5匹釣れたので、そのうちの2匹を一旦家に帰ってお万に渡し、残りの3匹を、高乃輪の家に行って白焼きにして酒の肴にして2人で飲もうということになった。


    武士の仕事は「南町」と「北町」が月交代でする。つまり1月に「南町」が仕事をすれば2月は「南町」は休暇で、その代わりに「北町」が同じ仕事をする。

    ワシらは同じ「南町」だったので、勤務月の末日の夜は、よほどのことがない限り、奴の家で2人で飲むことが当たり前になっておった。


    高乃輪は我が家にもたまに顔を出す様になった。流石にお万に色目を使う事はなかったが、奴とお万のやりとりを見ていると、高乃輪は相当に女慣れしていることがわかる。奴はお万の手料理には目がなかった。「あ~拙者もお万さんのような気立がよくて器量のよくて料理が上手な嫁さんが欲しいなぁ」と我が家に来たときに奴はたまに言うがお万は上手にあしらう。「高乃輪様は軽薄だけどとても憎めないお方ですね、性の根はとても良いし、妙に義理堅いところもあるし。でもあのお方と夫婦になる女子は苦労するでしょう。自由すぎるし口がうますぎるので信用できないところがあるわ。寂しい人妻なんかはホロリといきそう」とお万は評してはいが、同い年の高乃輪を実の弟のように可愛がって、時にはお裾分けするなどして世話を焼く。


    武士としては先輩という意味であろう。また3つ年下であるということもあるのだろう。いつしか奴はこの不肖チャン吉のことを先輩と呼ぶ様になった。


    高乃輪は尾張名古屋で呉服を手がける大豪商、桜坂家の次男坊として生まれた。つまり、奴は元々は武士ではなく町人ではあるが、奴の家は下手な藩主よりも遥かに金持ちだ。

    尾張藩の政局に影響を及ぼしたことが幾度かあったという噂もある。

    チャン右衛門出産の際に、高乃輪はまぁまぁな大金を親からせびり、それをご祝儀としてくれた。


    高乃輪は小さい頃から「忠臣蔵」が大好きで、武士に強く憧れておって、どうしても武士になりたくて親に泣きついて大枚を出してもらって武士の身分を買った。おそらく、ワシの俸禄の10年分くらいは尾張藩に払ったんだろう。

    もっとも、ワシの先祖はたまたま豊臣秀吉公の幼馴染の従兄弟で、秀吉公に泣きついて三河の徳川家の馬の世話役を渋々世話してもらって水呑百姓からようやっとこ武士の端くれになったので血筋については奴よりむしろ見劣りする。


    ただ、此奴はさすが大商人の息子。武士の身分を買ったその年に見事勘定方の試験に合格した。

    勘定方はすこぶる秀才でないと入れない。

    金とコネで入れるところはたくさんあるが、勘定方はそうはいかない。

    だからこそ、見栄っ張りの奴は勘定方を選んだのかもしれない。

    また、週に2日程度働けば良いワシらと違って、週に3日も働かねばならぬ激務である。勤務時間も一日4時間とワシらよりも1時間も多い。

    俸禄は、この不肖チャン吉の倍近くはもらっていると思う。


    高乃輪は身を固める気などさらさらなく、出会い茶屋「八比目入瑠」で知り合った人妻たちと情事を楽しんでおる。


    無責任で呑気な男に自由な金があると、こういうふうになるのは至極当然かもしれない。羨ましい限りだ。



    高乃輪には一度えらい目に遭わされたことがある。


    あれは3年くらい前か。例の如く月末に奴の家で2人飲んでおったところ背の高くがっしりとした浪人が「高乃輪!!高乃輪!!」と叫き散らしながら玄関を蹴破って押し入ってきてワシらの目の前で仁王立ちした。

    高乃輪は「高乃輪さん!!向こうへ逃げてください!!」とトンチンカンなことをこの不肖チャン吉に向かって叫んだ。呆気に取られて”どういうことだ?”と頭が混乱しておると、その浪人がギロリとワシを睨み刀に手をかけ「貴様が高乃輪か!!我こそは井上権左衛門なり!!よくも我が妻おしんと不義密通したな!!おのれ~許さ~ん!!」と叫んだ。

    ワシも浪人もまんまと高乃輪に嵌められたのである。

    浪人は刀を抜くと「キェ~イ!!」と気合を入れ上段に構えた。

    浪人はクワっと目を見開いた。

    腕前は相当なものと見た。

    自分を斬ろうとする刀を生まれてこの方初めて見た。

    上半身裸になった非常に大柄な浪人の筋骨隆々たる体からは、まるで闘気のような湯気が立っているように思われた。形相はまさに憎悪に満ち溢れた赤鬼のそれだった。こぼれ一つない手入れの行き届いた刃が、ほのかに揺れる行燈の明かりに照らされて血に飢えているかの如く鈍くヌメリと光っている。

    「ひっ!!」と声が漏れ小便を漏らした。腹が緩かったので水のような大も少しだけ漏れた。

    腰を抜かして慌てて腕を大きく振りながら「まっ、待ってくれ!!落ちつかれよ!!人違いじゃ!!ほれ、この家紋!!上杉とは違うじゃろ!!ほれ、玄関の家紋とも、そこにかかっておる紋付の家紋とも違うじゃろ!!」となんとか裏声を振り絞りながら、自分が着ておる羽織の家紋を必死になって浪人に見せた。

    気がついたら高乃輪はいつの間にやら消えておった。

    「くっそ~あいつか!!」と叫んで浪人は走って外に出て行った。

    まぁ、さすがは秀才。機転が効くというか悪知恵が働くというか。

    帰り道にお万に粗相がバレぬよう堀川で褌を洗った。

    袴はギリギリ無事であった。

    お万とチャン右衛門が寝静まる深夜まで大須観音の境内でボ~ッと座り込み長い時間を潰し、その後こっそり帰宅し、濡れた褌を締めたまま床に入った。

    怖くてガタガタと震えて眠れなかった。


    2日後、高乃輪は詫びを入れてきた。お万とチャン右衛門をお使いに出し、話だけは聞いてやった。

    この不肖チャン吉も流石に許す気にならず「もうお主とは絶交じゃ」と言ったが、高乃輪は床に額をこすりつけて土下座をして「あの時は死ぬほど怖くてついつい咄嗟にあんなことを言っちゃったんですよ~!!勘定所の奴らは皆拙者のことを『所詮商人上がりだ』と小馬鹿にするので本心より気心のしれた友は先輩しかいないんですよ!!先輩!!一生のお願いです!!許してください!!」とオイオイと泣きながら何度も言うので、可哀想になってきて仕方なく許してやった。この不肖チャン吉も友と呼べる友が他におらんしな。

    お万には死んでも言えぬ秘密ができてしまった。

    浪人の方は即日、例の如く親に泣きついて金で方をつけたらしい。

    そのことがあってワシらは剣術の道場に熱心に通う様になった、2人とも半年ともたなかったが。


    不義密通は建前では死罪となりうるし、不義密通された旦那が間男を殺すことを許されておったが、実際にはそのような問題があったときはほとんど全て双方の話し合いで折り合いをつける。少なくとも、この不肖チャン吉は不義密通絡みで死罪が行われたり旦那が間男を斬ったなんて話は一度も聞いたことがない。

    不義密通は結構多く行われており、それ対して世の常識は些か寛容すぎる部分もあるかもしれない。金がないので浮ついた遊びなどできぬこの不肖チャン吉の僻んだ心がそう思わせるかもしれぬが。

    高乃輪がなじみにしておる「八比目入瑠」のような出会い茶屋は全国どこにでも普通にたくさんあり、それなりに繁盛しておる。


    などといろんなことを思いだしておると、いつの間にか高乃輪の家に着いた。

    玄関先でドンドンドンと軽く戸を叩いて「高乃輪!!高乃輪!!」と少し大き声で言うと「合言葉は?・・・・山」と聞かれたので「川」と答えた。馬鹿馬鹿しい。


    玄関がガバッと開いて「先輩!!今宵も大いに飲み明かしましょうぞ!!」と間接的にワシを殺そうとした高乃輪はクシャクシャの笑顔で言い、歓迎してくれた。


    あのことを思い出したばかりなので錆びついたこの鈍刀でその首をギコギコと斬ってやりたい衝動に一瞬かられた。



    宴が始まった。


    「おい、これお万からだ。お万の奴、不摂生のことをしておるのではないかと

    お前のことを案じておるぞ。あと、最近こちらにきておらんから顔を見せろ、と言っておるぞ。チャン右衛門も喜ぶぞ」と言ってスイカを渡した。

    チャン右衛門の奴は高乃輪にいたく懐いておる。

    来るたびに、でんでん太鼓やら竹とんぼやらをくれてやるからだろう。


    「ああ、ちょうど近々お邪魔しようと思っていたのですよ。お万さんの料理食べたいなぁ。チャン右衛門殿の顔を見たいなぁ。拙者、嫁は欲しいと思わないのですが、かわいいかわいいチャン右衛門殿を見ておると、子供が無性に欲しくなっておるのですよ。でも人妻との情事に忙しいからなぁ」


    奴は今3人の人妻と、取っ替え引っ替え情事を楽しんでおる。


    「楽しそうだのう。あのう・・・・・ワシも一度その『八比目入瑠』に連れて行ってくれんかのう。大広間で若いオナゴを引っ掛けて小部屋に連れ込んでしっぽりと行きたいものなのだ、一度で良いから。たったの一度だけでいいのじゃ。頼む、一生のお願いじゃ。この通りじゃ」と頭を下げた。


    「いくら先輩の頼みとはいえ、こればかりはダメでござる。一度きりと先輩は言いますが、あそこは一度知ったら抜け出せぬところがあります。拙者はお万さんを悲しませる様なことは絶対にしとうはございません」と高乃輪。

    此奴はお万の言うように、妙なところで義理堅い。


    ワシらは、湯豆腐を用意し、味噌を舐めて酒を酌み交わした。


    ツマミである豆腐と味噌はワシが用意し、酒は高乃輪が用意するのが長いこと続く暗黙の決まりだった。

    稼ぎに応じてというとこころか。


    「先輩。拙者、涼しくなったら鈴虫の養殖を始めようと思うのですよ。かなり儲かるらしいですよ」と高乃輪。

    ワシら下級武士はほぼ皆が副業を持ち、お勤めのない日はそれをちまちまとしておる。


    「養殖となるともとでもかかるし、鈴虫が何かの拍子で死んでしまうと元も子もなくなる気がするのでワシには無理じゃのう。お主のように頭が良ければ寺子屋か何かやれば良いではないか」

    「いやぁ、拙者は人に物を教えることが大の苦手ですし、時間に縛られるのが嫌なんですよ」


    奴ほど俸禄をもらっておれば内職などせずともそれなりに暮らして行けるはずだが、皆がするような内職をすることで”自分は一端の武士なんだ”という気分に浸りたいところがあるのではないかと思う。


    「ところで先輩。近々慶喜様が大政を奉還なさるらしいですぞ」と声を顰めて高乃輪は言った。


    「なぬ~!!そんなこと初耳じゃぞ!!」とワシはたまげた。

    さすがは勘定方、情報が早い。

    ちなみにこの不肖チャン吉にはその手の情報源は高乃輪以外では瓦版しかない。


    「時には尊王攘夷派に擦り寄り、時には佐幕派に良い顔をしたりしておりましたが、いよいよ腹を決めたらしいですね。ただ、拙者は結構妙案だと思います。西郷は、幕府が朝敵になることを期待している部分があり、大政の奉還を拒否すれば幕府を朝敵に仕立て上げて一気に戦に持ち込むつもりだったと思うのですが、これではそれができない。拍子抜けという奴です。また、大政を奉還したところで、朝廷に国を治める力などないから、実質的には幕府の体制が維持できるということです。慶喜様はさすがだと拙者は思います。ただ、幕府がもう青色吐息であることは変わりませんが・・・」と高乃輪。


    「ふんぬ~。ワシはどうすれば良いのかのう、困ったのう」とこの不肖チャン吉は言った。


    味噌をちびりと舐め、酒をちびりと飲んだ。


    真夏の夜の気だるく生暖かく湿った空気が憂鬱な気分にさせた。


    「先輩。ご心配には及びません。もし幕府がなくなったらチャン吉殿もお万さんもチャン右衛門殿もうちに身を寄せればいいではありませんか。拙者の両親は、チャン吉殿が拙者の命を救ったことにいたく恩を感じております。決して嫌とは言わない、いや恩を返せるととても喜ぶと思います」


    おお、正にこの言葉を待っておったのだ。

    実は、万が一の時を高乃輪に頼もう頼もうとは思っておったのだが、奴には事情があるかもしれないし、断られて気まずくなるのが怖くて、なかなか切りだせんでおった。

    例の一件があって高乃輪が詫びを入れてきたしばらく後に高乃輪の両親が改めてワシに詫びを入れてきたが、とても人格者そうで、あのお方たちの元でなら苦もなく生活できると思う。


    「おおそうか!!すまぬのう!!すまぬのう!!かたじけない!!」と頭を深く下げた。

    感極まって大粒の涙がポタリ、ポタリと拳の上に落ちた。


    「えだまめ~えだまめ!!えだまめはいらんかえ~」という、えだまめ売りの声が聞こえた。


    しばらくの沈黙を破って「ところで先輩。あれを見せてはもらえないでしょうか?」と、涙には気が付かぬふりをして高乃輪は言った。


    「なに?あれか?お安い御用じゃ。でも、お主これのどこがそんなに面白いのじゃ?」とワシが言うと、高乃輪は筆と硯を持ってきた。


    「いやぁ~、先輩の芸は大したものですよ。こんなに面白いハラ踊りは見たことございません。それこそこれで身を立てることができるのでは、と拙者は思う時があるくらいでございますよ」

    と高乃輪は言い、墨をつけた太い筆をワシに渡した。


    この不肖チャン吉、上半人裸になり筆をとって腹に眉と目と鼻と口を書いた。


    「あそ~れカッポレカッポレよいよいよいよい カッポレカッポレワッハッハ」と節をつけて大きな声で歌いながら、腹をグニグニさせた。


    「わははは!!面白いでござる!!面白いでござる!!」と高乃輪は涙を浮かべてゲラゲラと大笑いした。


    幕府の世が終わり明治となり、高乃輪は副番頭として、この不肖チャン吉は仕入れの帳簿係として桜坂屋に迎えられた。幕末の物騒な雰囲気をやり過ごして、ささやかな幸せに満ちたりた暮らしが再び始まった。


    それから1年後、この不肖チャン吉とお万とチャン右衛門が大通りを歩いておったところ、荷馬車の車輪が外れてワシらのところに突っ込んできて、この不肖チャン吉とお万は荷馬車の下敷きになってあっけなく死んでしまった。


    チャン右衛門は奇跡的に助かった。


    高乃輪はチャン右衛門を引き取った。


    高乃輪は、ワシらの葬儀で知り合ったお万の妹のお千と、お互いを慰め合っておるうちに恋仲になり、夫婦になり、チャン右衛門を立派に育て上げた。

    ワシらが死んだ日を境に奴は別人のようになって目の色を変えて仕事にいそしむようになり「八比目入瑠」通いをやめた。


    高乃輪がお万に密かに思いを寄せていたから、ということも考えらえなくもない。

    高乃輪のつけていた日記には、取りようによっては、お万への思いを匂わせるような記述が稀にあるからだ。

    勘繰りすぎかもしれぬが、妙なところで義理堅いやつのことだから、その可能性は全くなしではないと思う。

    ただ、お千のことは深く愛し、生涯とても大事にした。


    チャン右衛門は愚鈍なワシではなく賢いお万に似て、いやそれどころかトンビが鷹を生むではないが、とんでもなく秀才に育ったので高乃輪の両親に、創立まもない東京帝国大学経済学部に4年間通わせてもらい、卒業後、とてもお人よしで人好きがするがいささか出来の悪い4つ下の高乃輪の兄の長男とともに英吉利に渡って、倫敦にある二流大学に通う高乃輪の兄の長男のお目付け役兼家庭教師を務める傍ら、オックスフォード大学院へ留学をさせてもらい、その後名古屋に戻り若くして副番頭の高乃輪の懐刀となり、奴の唱えておった桜坂屋の百貨店化に大いに役立ち、高乃輪とその兄の死後、社長となった高乃輪の兄の息子を影になり支える副社長となった。

    チャン右衛門は優秀なだけではなくなかなかの人格者で、影では、この不肖チャン吉と似て小柄ではあったが、「大仏さん」というあだ名で呼ばれ多くの人たちから慕われていた。

    チャン右衛門は、幼馴染でお万のように賢く気立も器量も良い高乃輪の従姉妹の長女と結ばれ、7人の子宝に恵まれ、昭和12年に77歳の天寿を全うした。


    騎兵隊が訓練をしておった矢場町は名古屋随一の繁華街となり、チャン右衛門が死んだ昭和12年に鉄筋コンクリート8階建となった桜坂屋本店ビルが、今も堂々とそびえ立っている。



    終わり

     
     
    chunkではありません、chankです。50代独身男です。老若男女国籍問わず、いろんな人たちから愛されて甘やかされて贔屓目に見てもらって育ててもらいました。ゆるく自由に生きてます。特に強く主張したいことがある訳ではありません。

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