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Photo byhipster_journey

軒先にオリーブを植えてる家は離婚する。

    全ての世帯ではありませんが、軒先にオリーブを植えてる家は離婚します。
    それは些細な事実の集積であり、連続した選択の結果だからです。
    不動産の売買をしていると、色々な人々の傾向や、傾向が行き着く先を目の当たりにします。偏見と勝手な決め付けを三人称視点から書いています。意地の悪い人におすすめです。

    あらすじ

    軒先にオリーブを植えている家は離婚します。そんな人、短絡的だからです。

    2026年5月8日午前10時。千代田区のオフィスに、インターネットの広告媒体を経由した、持ち家の売却相談があった。
    反響媒体、反応日時、問合人の名前・住所・電話番号・メールアドレス、査定してほしい不動産の概要、訪問査定を希望するか・否か、その他備考欄…灰野は一通り目を通した後、隣の席に座る谷岡にメールを転送する。

    「これ、売却動機わかる?」

    デスク上に置かれたガムのボトルから1粒つまんで口に放ると、灰野は聞いた。
    灰野は39歳、うっすらと白髪が混じる褐色の肌の男で、べっ甲フレームのメガネをかけている。谷岡は25歳、大学卒業後に2年ほど司法書士事務所で補助や事務をしていたが、上がらない給与を理由に退職。昨年から灰野と同じ不動産会社Aに勤めている小柄な女性だ。

    「東京都大田区〇〇、佐々木あすか、2022年築の木造一戸建、2SLDK、最寄駅からは21分はちょっと遠いですね。“4年前に5,880万円で購入した建売住宅です。本日午後1時から訪問査定を希望します。”…か。動機…さあ。転勤とか…ですかね」

    少し面倒臭そうに谷岡は答える。若い職員に自主性や自発的な思考を促したいのだろうが、細かな質問にまでクイズ形式を持ち込む姿勢には、いまいち感心できない。

    「違うよ、多分離婚。可能性は…そうだな60%くらいかも」

    「なんでですか?」

    「まず名前。あすかさんって男性でも稀にいるけど、ひらがな3字で表記されたこの方って多分、女性だよね?名前の感じからして、おそらく年齢は20代後半から30代後半ぐらいの比較的若年じゃないかな。この戸建が建てられた4年前は更に若いよね?そんな妙齢の女性が戸建なんか買うの?」

    「結婚して、お子さんでもできたんじゃないですか?それに問合せは奥さんだけど、所有者はご主人とか」

    「これから出産、って人生の一大イベントを控えた女性が単独で負債を抱えるなんてあまり健全には聞こえないよね。それに所有者の旦那が問合せて来ないのもひっかかるね。謄本取ってみてよ。多分、旦那とペアローンになってるんじゃないの?」

    謄本を取ると、佐々木大輔という、配偶者と思しき男性名と共有になっており、それぞれの名前で抵当権が設定されていた。

    「これで70%かな。抵当権設定金額は…たぶん6,200万円くらいじゃない?」

    登記簿謄本には『抵当権設定額』として、平たく言えば『住宅ローンを借りた額』が載っている。ディスプレイに表示されている謄本からは佐々木大輔が3,250万円、佐々木あすかが3,000万円、合計で6,250万円を借り入れていることがわかった。

    「オッケーこれで80%、あとは軒先に…」

    「すみません。追いつけてないんですが」

    灰野には共通理解、認識の共有、小まめなフィードバックといったものが微塵も無い。説明が不足していたことを少し詫びてから語り出した推測は、次のようなものだった。

    『駅から遠い築浅の戸建』は築後間もない4年前には『駅から遠い新築の戸建』だった。3室あるうちの1室(おそらく1階部分)は陽当たりが悪く、採光が取れないためであろう、間取表記は3LDKではなく2SLDK。これらをまとめると「新築という以外にあまり利点が見つからない戸建」だったことが類推される。

    より多くのローン控除を受けるためにペアローンを組むカップルも珍しくはない。低金利の昨今であれば、借りれるだけ借りておいて、現金は貯金や他の金融資産で管理するという考え方も当然ある。
    だが、それだけ資産形成に敏感な人が、そんな物件を購入するだろうか。売買価格全額に加えて、仲介手数料はおろか、登記費用も火災保険料まで諸費用ローンで借りてまで。
    おそらくは亭主の所得だけでは全額の融資が借りられなかったために、夫婦ペアで組まざるを得なかったのであろう。これも所得に不釣り合いな買い物、と云える。

    要するに、短絡的なのだ。思慮が浅いからこうなる。

    俗に言う“人生で一番大きな買い物”にそんな物件を、そんな資金計画で購入する人は、総じて思慮が浅い。
    恋愛の始まりは楽しい。互いの理解を深めていく工程すら愛おしく感じ、相手の良いところばかり輝いて映る。新築の一戸建みたいに。
    ろくに避妊もせずにファックに明け暮れて、子供ができると当然のように結婚をする。
    《子供ができた→急いで結婚する→そうだ家買うか》という思考パターンも短絡的という以外に形容のしようが無い。
    そして2人は念願叶って“新築という以外にあまり利点が見当たらない一国一城の主”となる。
    2人を待つ未来は、残念ながら前途洋々でも、順風満帆でもなく、暗雲低迷だ。

    日々の寝食を共にしながら、ストレスの溜まる幼児の子育て。すでに魔法は解け、これ以上理解もしたくない互いのパーソナリティ。お金やキャリアを争点に、意見の相違や衝突も増えていき、相手の悪いところばかりが目に付く毎日。
    そんなストレスの捌け口として、旦那は不倫していたことが発覚。
    自身の不貞ゆえ発言権を無くし、イニシアチブを持った妻が、財産分与のために不動産会社へ査定相談、と至る。

    一通りの憶測を話し終えた上で、灰野は付け加える。

    「あとは軒先にオリーブがあるかどうか、なんだよ。花言葉は“平和”で、繁栄や豊穣の象徴。邪気払いとしても縁起が良いとされているんだ。
    歴史やゆかりも深く、旧約聖書にも登場している。乾燥や暑さにも強いので日本の気候にも順応しやすく、非の打ち所が無い。
    たださ、そんな思慮の浅い人がそこまで考えてオリーブを植えると思う?違うでしょ?
    きっと不動産会社の営業とか、外構工事を頼んだ業者とか、知人友人の何気ない勧めや、プレゼントで植えたんだよ。
    それも室内や庭でもなく、不特定多数の通行人の目に触れる軒先に。軒先という、これ以上ない自己開示の場に存するのは主張でも、哲学でもなく、ただただ怠惰な選択って訳だ。
    …13時だったね。謄本と近隣の成約事例だけ取ればいいや。三田で浅草線に乗り換えかな」

    相槌や同意も要せず、偏屈な決め付けを矢継ぎ早に並べると、灰野は満足したのか、話を終えて立ち上がり、紺色のリネンジャケットを羽織った。

    道中の灰野は、先ほどの饒舌が嘘のように黙り込み、スマートフォンを操作していた。
    摂氏24度、浅草線三崎口行の車内。連休明けの倦怠感に眉をしかめる東京都民に混じり、飴玉を並び替えたり、ロケット花火が配列を一掃するゲームに興じている。
    谷岡は、電車内でゲームに熱中する中高年が嫌いだ。揃いも揃って飴玉やら宝玉やらをスクロールしては引っ張る、放つ、バウンド、消失…と忙しない。そんなものに夢中になって目的駅を過ぎてしまう人間なんて、カンボジアで地雷撤去…は行き過ぎだとしても都庁前で炊き出し程度の社会貢献には従ずるべきだと考えている。
    目的駅の名を告げる車内アナウンスがあり、離れた座席にかけていた2人は互いの目線で確認をし、電車を降りた。

    開かずの踏切と、少しレトロな商店街以外にはこれといった特色の無い大田区の駅。
    低い高度を飛ぶ飛行機の音と、自転車マナーの悪さが気になるが、生活する分には不便の無さそうな住宅街だった。
    南中が近付き気温が上がる中、20分も歩くと、シャツの中で汗が背中を伝うのがわかる。
    町工場が点在する一画を曲がり、4m程度の小道の中腹に、その家はあった。

    白い外壁にベージュの屋根、車庫部分から奥にかけてはアクセントカラーのグレーが入った、一般的な建売住宅。築後4年なので当然、外観の劣化は少ない。
    電動アシスト付き自転車の傍らには“ストライダー”というらしい、ペダルの無い幼児向け自転車が横たわっている。

    「お、100%だ」

    歯を出してニヤつく灰野が指した先には、その植物の特徴である細い楕円の葉を携えた直立する樹木があった。

    #創作大賞2026
    #お仕事小説部門

     
     
    中年、独身、孤立無援。1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べる素人童貞。風俗とストゼロとソシャゲが生きる糧です。

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